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■視点:西坂
「やあ、久しぶり」
「お久しぶりですね、先だっては大規模な戦いがあったそうですがお二人共元気そうで」
迎えに来てくれたのは笹木清一中尉、南宮千代少尉の両者だ。
他のかつての同期生達はいない。
仕方がないといえば仕方のない話で、こうして二人が共にわざわざ来てくれた方が大変な事なのだ。何せ、三年間宇宙で追加で学生を続けていた西坂と黒田の両者に対して、最初に軍学校に入学してからおよそ四年余りが過ぎ、かつての同級生達は既に卒業し任官していたからだ。
任官というのは言い換えるなら正式に就職したという事。
かつての同級生が久しぶりに地上に降りてきたから、といって全員がその日に空港に集まれる訳がない。というより、全国に散らばっている現状全員が集まれる事など今後もあるかどうか分からない。何時かは同期生同士で集まる事もあるかもしれないが、その時は間違いなく何人かは永久に欠けている事だろう。
ちなみに西坂の父も来ていない。というか来れなかった。問題なく生きているのだが、三年の間に出世したのはいいとして将官となった為に余計に仕事が増えた。お陰で今日も迎えに来れなかった。昨今では通信で話をする際に再婚を勧める話も多いとぼやいていた。俺に気にせず好きな人が出来たら結婚して、とは言っておいたが。何せこんな世界だから、多少年食っても子供作れる内は普通に求められる雰囲気だし、神々が手加減してくれてるんだろうと思っても戦死して女性に対して男性が減ってるのは事実。まだ四十前の将官なんて人間に再婚が勧められるのは当然の話と言えば当然の話だ。お見合いをするとなれば相手に困らないだろうし、母が死んで三年近く経っているのだ、そろそろ、という話が出てくるのは仕方ないだろう。
その挨拶を受けたこちらはといえば。
「……やあ、久しぶり」
「……二人も元気そうで何より」
妙に辛そうな様子を堪えて笑顔を浮かべて挨拶をしていた。というか実際辛い。
とはいえ、笹木と南宮もそれが分からない程鈍感ではない。いぶかしげ、というか心配そうな口調で南宮が語りかけてきた。
「……どうしたの?体調悪そうだけど…」
「……気にしないでくれ。単に体がえらい重く感じるだけだから……」
「……ああ、そういう事か」
納得した、という様子で笹木が呟き、南宮も成る程、と頷いた。
宇宙空間ではどうしても重力が弱い。
月基地もそれは同様だ。
もちろん、ある程度の人工重力の発生は行っている。というか、事前に用意されていたものを用いて作り出しているというべきか。
神々にとっては人工重力発生装置などたいしたものではないのだろう、ブラックボックスの欠片もなく精密な設計図と理論の記された書類、ご丁寧に必要な資材まで用意されていたという。初めて見つけた者達はさぞかし妙な顔になった事だろう。
それでも、拡張された月全域、太陽系の基地全てを覆い、更に新たに人類が建造した全ての艦艇に必要なだけのそれを取り付ける事は出来なかった。
なので、宇宙では地球より若干重力が軽い。
若干程度か、というなかれ。例え0.8Gだとしても二割方軽いのだ。例えば体重が80kgの男性がいたとしたら、地上に降りればいきなり16kgの荷物を背負わされたのと同じ事になる。単なる体重だけでなく骨格も必要な支える重量が下がっていた為に幾ら維持する為のトレーニングを行っていたとしても若干弱まっているし、内臓だって重さの負担軽減に慣れている。筋肉や骨格は鍛えられても内臓までは鍛えられない。結果として地上に降りると身体機能の全てに負担がかかり、体が軋みを上げる。
呼吸一つ取っても、肺が膨らもうとする際にかかる重さがこれまでと異なるのだ。息をするにも負担がかかる。
無論、笹木にせよ南宮にせよ教育課程で知ってはいたはずだ。だが、実感として体感した経験はなく、ただの知識として知っていただけだった。それが目の前で友人が辛そうになっている、それも激しい実戦を経て、おそらくは自分達以上に厳しい訓練を経てきたはずの友人達が辛そうになっているのを見て、やっと実感が湧いたという所か。
「まあ、数日中に慣れるだろ」
「……そうであって、欲しい」
っていうか、宇宙からの降下部隊がちょくちょく地上に降りてたり、戦闘が終わったらさっさと宇宙へ戻るというのがよく分かる話だ。
早く体が慣れて欲しいよ、本当に。
今回地上に降りたのはこうした慣れの問題もある。
宇宙戦というのは地球の上とは異なる独特な戦いだ。
強いて言うならば空中戦が近いが空間領域が狭い。
宇宙戦ではあっという間に数十キロを移動してしまう。秒速が圧倒的に早いのだ。例えばスペースデブリと呼ばれる宇宙のゴミがあるが、静止衛星軌道上では秒速3km程度、低軌道上では秒速は7から8kmにも及ぶ。長年の戦闘の為に破片はどうしても増加する。悪魔達の破片も【オーガニック】の破片もご丁寧に宇宙のゴミは神々が回収してくれているようなのだが、人類産のシャトルまではそうはいかない。空間戦闘で破壊された人類が作ったシャトルや衛星が破壊された結果としてどうしても地球近辺のデブリは増え続けている。
まあ、それは今更だが、普段そんな速度での戦闘を体験しているのだ。
ところが、空中戦の場合、そんな速度での戦闘はない。
第二次世界大戦時、戦闘機による戦闘は高度1万に達しない程度だった。爆撃機の中には1万を超える高度を飛行したものもいたし、そういう相手を迎撃するにはその高度まで上がる必要があったが、戦闘機同士の戦闘は精々が高度の幅で言えば数km程度のものだった。宇宙の感覚で動けばえらい事になってしまう。まあ、実際には空気抵抗があるからそんな速度で普通は移動したりはしないんだが……。
今はないが、将来的には地上の援護といった戦闘だってあるだろう。
その為にも地球上での戦闘も偶にはやっておいた方がいい、らしい。
最もここら辺は各国との兼ね合いもあるのだろう。
幾ら関係改善を双方が図っているとはいえ、今後学校が本格的に運営されるとしてもそこに送られるのは宇宙で生きる人々がもっと増えない限り地上の各国から派遣される人員となる。一期生は厳選に厳選を重ねられたが、二期生以後は学生数が一気に増える事もあり、トラブルも増えるだろうというのは誰もが予想している事だ。 その中で宇宙軍と各国との間で衝突も起きる可能性がある。
それだけに今後宇宙軍としては将来的に重職に就く可能性のある人間、各国としては宇宙軍に送った自国の人間とのパイプを維持しておきたいと願うのは当然の話。
実際、西坂と黒田の二人も宇宙軍少尉の階級が与えられてはいるが(正式任官後は一期生全員が即時中尉に昇進予定だったりする)、この地上にいる間は暫定的に日本防衛軍大尉相当の臨時階級が与えられて部隊を率いたり、参謀本部の佐官級、将来防衛軍の将官となって西坂や黒田が上に進んだ時に付き合っていかねばならないであろう人材との交流まで予定されている。
一期生一同似たり寄ったり。
国によっては王族との面会まで予定され、場合によっては結婚の話まで出るかもしれないとぼやいていた人間までいた事を思い出す。
体は慣れてもこの後まだまだ精神的にはきつい状況は続くのだった、地上にいる限り。
((早く戻りたい……))
何時しかそんな事を考えている、宇宙を帰る場所と考えている二人だった。
地上編に
少し謀略とかがまた絡んできます
戦闘も多々ありますけれど




