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「ふん、何とかお情けで合格はもらえたみたいだな」
帰投した西坂を迎えるように口を開いたのはカルロ・ペルダン。
欧州連合からの白人で、何かと西坂に絡んでくる人物……なのだが、原因が非常にはっきりしている為に西坂も諦めている人物でもある。どうやら、今試験を受けている者の次が彼で待機していたのだろう。教官ももう少しその辺に気を配ってくれれば、とも思わないでもないが、気にしていても仕方ない事も分かっている。
「ああ。お前も落ちないように気をつけろよ」
とはいえ、気持ちがいい訳ではない。
だから自然と口調が棘棘しくなる。
睨み合いに発展し掛けた二人の空気を溶かしたのは横から掛けられた声だった。
「……ヒロ君。お疲れ」
「あ、うん、ありがとう」
宙を舞ってタオルを持ってきてくれた少女、黒田清美の登場でギスギスした空気は霧散した。
というか、カルロのまとう雰囲気が変わった。どこかでれっとした雰囲気を纏っている。
……まあ、分かった方もいるだろうが、この男、彼女に惚れているのだ。ところが、当の彼女は西坂とずっと一緒にいる。好きになった女の子が別の男と一緒にいるとなれば、そりゃあ相手の男には良い反応が出来る訳がない。西坂もそれは分かっているから怒ったりはしない訳だ。それに彼という人間がいた事で、他の国の面子を賭けて厳選して送り込まれてきた人間とは少々異なる立場にあった自分が「あいつにだけは負けるか」と発奮して、結果として今の一期生でも一、二を争う位置にあるのだ。……いい加減に諦めろ!という苛立ちはるが、文句を言わないのはそこら辺もある。
とはいえ腹が立つのは事実なので彼女からタオルを受け取りがてら、黒田からは見えないように勝者の余裕ある笑みをカルロに向けてやる。
当り前だが、びきっとカルロの顔がひきつりかけたが、さすがに場所が場所だ。引きつりかけながら、笑みを崩さないのはさすがと言っておこう。
……正直、最初は女の数が少ないから一番良さそうだと彼女に目つけたんじゃねえのか?とか思っていたけど、本気で惚れてるみたいだし、ライバルとして認めてはいるのだ。
この一期生の総人数は僅かに十四名。
日本は西坂と黒田の二名。アメリカから三名、欧州連合から三名、ソ連から二名、シベリアとインド、アラブにオーストラリアから一名という割合だ。東南アジアとアフリカは見送りになった。要は内部でどこが送るか揉めて、期限までに決まらなかったとも言う。もう少し増やしてくれ、と増員を求めてきた国もあったのだが、今度はどこが増員するかでまた揉めかけた為に結局済し崩しにこの人数となった。
送れなかった国も、あくまで試験的な第一期の生徒であり、今後は確実に増員があるという事で矛を収めた。
問題は男女の比率だ。
アメリカが一名、ソ連が一名が女性だったが、他は全員男。むさ苦しい事この上ない。
おまけにソ連の女性は「本当に女性か?」って外見のごっつい女性だったし、アメリカのはふわふわの金髪美少女だったのだが国に婚約者がいるという見事な売約済み。後者は単なる幼馴染というだけならばまだ手を出そうと、少なくとも口説こうとした者もいたかもしれないが、ややこしい家の問題、それも金持ちの関係も絡んでいるとなると下手に手を出す事が厄介な事になりかねない事は嫌でも分かった。最悪の結果として、アメリカから「苦情」を伝えられて母国帰りとなるのは避けたい、絶対避けたい。
『女性問題で面倒ごとを起こした挙句、強制送還!』
なんて事になろうものなら、今日までのエリートから明日は落ちこぼれ、で済めば御の字だ。少なくともろくな未来が待っていないであろう事を予測出来るぐらいには彼らは頭が良かった。
となれば、フリーの黒田に目が行くのは当然の話。
物好き一名はソ連の彼女に一目惚れして離脱。
残る男十名の内、女性に興味を持つ余裕のない男や、逆に家の定めた女性がいる者などを削ると残りは七名。
そんな中で彼女を確保し続けるのがどれだけ大変な事か。
へたれな姿を見せる訳にはいかない。これで彼女が嫌な女性になっていったのならまだしも、古き良き日本、という時代を知る人物に育てられたのだろう。彼女は実に真面目に自分を磨き続けた。
そんな中で一人、また一人と脱落してゆき、最後に残ったのは西坂含めて三名……カルロと……現在同期生中二位に位置する、現在訓練中の人物。
「そろそろ準備しておいた方がいいんじゃ?」
「……そうだ、ね。じゃあ、また後で」
少しはにかむような笑顔を見せ、食事が変わったからなのかそれとも生来の要因なのか急速に女性らしい体型となりつつある彼女を見送る。
彼女も強くなった。
現在の彼女の機体の外見は相変わらず兎だ。結果として、可愛いもの好きの……ソ連の彼女もとは予想外だったが二人と仲良くなるきっかけとなっている。
宇宙での戦闘も体験し、今の彼女の機体は偵察・索敵機として各個たる地位を築いている。
外見に関しては宇宙軍というかエースたる教官達は笑って許してくれた。当人達曰く「きっちり役目を果たすなら見た目がどうだろうと文句はない」だそうだ。そして、宇宙軍の基本理念もそうだ。きちんと役割を果たし、最低限の礼儀と必要な仕事を為す事の二点を嫌いな相手にも行えるなら外見がどうだろうが、他人に迷惑をかけない限り趣味が何だろうが文句はつけない。それが宇宙軍だ。
お陰で、宇宙軍内部は相当自由だ。
生真面目な人間や統制社会から来た人間、或いは厳格な宗教の下にある人間などはかなり戸惑っていたが、彼らのやり方が迷惑をかけない限り宇宙軍も彼らのやり方に干渉しないと通達された時点で宗教の方の人間はきっちり自分の干渉して欲しくない部分を分けた。具体的にはきちんと書類に簡潔にまとめて「自分はこれこれこういう制約のある宗教を信じているから、こういう時は放っておいて欲しい、或いはしないで欲しい」と伝えた訳だ。
他の者も悩みはしたようだが、それぞれに解答を見つけている。
それにそんな世界だからだろう、誘惑も多い。さすがに麻薬だの何だのといった代物は論外。煙草も駄目だ。
後者に関してはこれはもう限定環境の宿命だと言っていいだろう。
如何に強力なエアクリーナーがあるとはいえ、空気も全て作り出さねばならないのが宇宙だ。どうしても吸いたいのなら宇宙空間に出て自分の【オーガニック】内部で吸え!という事になる。結果として休憩時や非番時に外に出る許可を求める「漂流族」なんて呼ばれる言葉まで生まれたりしている。
趣味にしてもそれこそ逆に言えば迷惑もかけないなら薔薇や百合な世界まで当人達さえ納得しているならば誰も問わない。まあ、それが行き過ぎて性犯罪を犯せばそれこそ一発銃殺確定なのだが。
とりあえずはレポートの内容を頭で考えながら西坂も動き出した。
最も、まだ授業は続いている訳だが……。
現在の様子…
実戦参加模様、次回では少し書けるといいのですが




