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「……嘘、だろう?親父」
西坂は思わず呆然といった様子で口にした。
さすがにその様子を咎めるような事は父とてしない。
「……本当の事だ」
母の死。それは戦い終わり、更に三日余りが過ぎてようやっと父親から西坂に伝えられた。
最も別に嫌がらせでそうした訳ではなく、単純に父親に伝えられてその際に……。
「それで息子さんには……」
「……私から伝えます」
となっただけだし、父は父で単純に師団長である為に後片付けの業務に追われて、こうして伝える時間を取るのに思ったより時間がかかったというだけの話だ。
……何より、遺体はない。
これは【オーガニック】がまるで共に逝くようだ、とも言われる事なのだが、何せ【オーガニック】搭乗時に命が尽きると【オーガニック】は爆散してしまう。まるで欠片も乗り手がいなくなって遠慮なく分解なり解体なり出来る【オーガニック】を神々が与えないようにしているように……というか実際そうなのだろう。
そして、如何に制御された爆発とはいえ、10mを越す巨体を持つ【オーガニック】が粉々に吹き飛ぶような爆発の真っ只中にいて人体が持つはずがない。さすがに正規の航空部隊は西坂のような重力・慣性制御を具えていない機体が多い為に現代でいう所の耐Gスーツを着込んでいるのだが、そもそもそれらは結果的にある程度の耐衝撃機能を備えていても、あくまでその本質は耐Gであり、死亡時の【オーガニック】の爆発から身を守る為ではない。
一度、日本のみならず死体を損傷なしは無理でも多少保護出来ないかと研究された事があったのだが、結果はそれをやるとまともに身動き出来ないような装甲服を着込む羽目に陥る上、金額もとても兵士全員に行き渡るような調達額にはなりえないと判明しただけだった。なので、現在では髪や爪などが事前に一定期間ごとに更新しつつ保管されており、葬儀の際にはそれらを棺に納めるのが現在の軍人の一般的なものであり、民間人もまたシェルモードが破壊された場合は同じ事になる為に火葬がめっきり減ったのも現代の特徴と言えよう。
「何で……何で母さんが」
戦死というのは理解しているつもりだった。
軍人という職業の両親がいるのだ。当然ながら両親の部下や同僚、上司に死者が出て、それが西坂当人にとっても関係のある人物の場合、両親は葬儀に彼を連れて行った。特に彼が軍人を志してからはその頻度が上がった事を考えると軍人とはそういうものなのだとある程度覚悟を決めさせようと考えていたのかもしれない。
軍人である以上、命を何時落とすかは分からない。
互いにどちらかが、或いは双方が命を落とす覚悟は二人は決めていた。
けれども、小さな子供にその覚悟を求める程、二人は親をやめていた訳でもない。だから、父とて西坂の今の状況を責める気は一切なかった。
「……こういう言い方は卑怯かもしれないが、それでも……それが戦場だと言うしかないな」
そうして父親は息子の顔をしっかりと見て告げた。
「お前が覚悟が出来ないというなら学校を辞めろ。いや……」
まだ時間はある。
三年経って、学校を卒業してから軍務に就かないならば授業料を返還しなければならないが、そのぐらいの貯えはある、と告げた。
(尚、こうした所は現在の防衛大学や航空保安大学校、海上保安大学校などいずれも学校に入った時点で給与が出るようになるが、さすがに大勢を育成しなければならない為に給与が出るまでには至っていない)
その言葉に西坂は沈黙せざるをえなかった。
さすがに、今の彼でも父がそんな事を言う理由ぐらいは理解出来るし、実際気持ちがぐちゃぐちゃになっている為、落ち着いて考える余裕もない。
そんな息子に父はポン、と頭に手を置いて一転してさびしそうな声で告げた。
「けれどまあ……まずは母さんをきちんと送ってやろう」
「……うん」
葬儀は合同葬だった。
さすがに戦死した全員ではないが、部隊ごとの、だ。ぶっちゃけた話をしてしまえば、大量の死者が出た場合坊さんや神父の数も足りない。
それに……この方が結果的に生き残った部隊の人間にとってもありがたい。別に横着とかそういう事ではなく、別々の場所にて葬儀を行えば、例えば五件の葬儀だとしても移動だけで結構な時間がかかるのは避けられないし、時間の問題で出れない葬儀だってどうしても出てくる。現実の葬儀を体験した人物なら分かるだろうが、通夜とてただ挨拶だけして「はい、さよなら」というのは無理だ。本当に仕事上のお義理で顔を見せた単なる顔見知り程度ならばそれでもいいかもしれないが、相手は同じ部隊の同じ釜の飯を食い、命を賭けて空を駆けた面々だ。そんな浅い付き合いでは断じてない。
葬儀ともなればもっと時間がかかる。参列に坊さんの読経などどうしたってきちんとした葬儀を行えば一時間やそこらはかかる(最後のお別れ、遺体の出棺や火葬がない為にその分の時間は省略出来るが)。
なので結果的に現在の軍人の葬儀は大体こんなものだ。
それでも……遺体がない為だろう、西坂にはどうしても母が亡くなったという実感は得られなかった。
幾人かの母の部下だった人の子供とも話す機会があったが、きちんと理解している様子はなかった。
後はただ……時間が解決するだけしかない。
私も昨年父を亡くしました
急な話だったので、どうにも実感が湧かなかったですね……
父の遺体を見ても、もうあの声も聞こえないのかというのがどうにも実感出来ませんでした
父が亡くなったんだ、って実感が得られたのは火葬が終わって、骨を拾う段になって、顎の骨を拾った時、そこに残っている歯や銀歯の溶けた後を見て、でした
ようやっとこれが人の骨であり、父の遺骨なんだという実感が湧いたのを覚えています
それだけに、遺体がないと……実感湧きにくいだろうなとも思います




