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日本へと迫り来る群の規模は大きい。
ここしばらくは日本もそうだが、いずれの一定規模以上の力を持つ国は「悪魔」の襲撃に対して多少の余裕を持って対処していた。
結果として、損害も減り、一般の人々がシェルに篭る事も減っていた。何時しか人はその状況に慣れつつあった、が。今回の襲撃は果たしてそう上手く迎撃出来るか疑問符がつけられていた。
無論、国の上は「何が何でも海岸線で食い止めろ!」と喚いていたが……それがそうやすやすと出来るなら誰も苦労しない。
実際には軍の毎度の水際防御は現状、「悪魔」が決まりきったルーチンワークしか行っていないからだ、とどこの軍部でも真っ当な頭を持っている者は認識していた。
それが遂に破られた……。
しかも、まるで今回の件が引き金のように、カリブ海から、地中海から、北海から、黒海から、或いはインド洋や大西洋。世界各地で一斉に「悪魔」の発生と襲撃が起きていた。そう、別に今回の事件は日本海でのみ起きた話ではない。世界同時多発の襲撃事件だった。しかも、アメリカは警報を発したものの、既に食い破られた後であった所はどうにもならない。原因が判明した事で迎撃は開始されていたが、それとて【オーガニック】は間接的に情報を得ている状態だ。
……皮肉な事に、【オーガニック】に頼りきりだった悪い部分がここで出ていた。
【オーガニック】の性能は極めて高い。それこそ人類が構築してきた兵器が陳腐に思える程。
しかし、その性能は全て「ポイント」と引き換えの成長によってもたらされるものだ。……探知能力を成長させればある程度分かるようになる、とはいえそれに必要なだけのポイントがなければ成長が出来ない。出来ないという事は分からないまま、という事だ。
結果として、人類がこれまで構築してきたシステムに新しいプログラムを噛ませる事で何とかアメンボのおおまかな位置を把握しているという状態だった。無論、近づいてくればある程度鮮明に位置が把握出来る訳だが……。
極力リアルタイムで受け取っているとはいえ、どうしても一歩遅れがちな上、位置も時折乱れる。
一番確実なアメンボ迎撃方法が砲撃の大量投射という時点でまだまだ問題ありまくりな迎撃だという事が分かるだろう。懸命に解析が続けられてはいたが……完璧な方法は決して見つからないであろう事も予測されていた。アメンボがステルス機として設定された以上、神々はアメンボを一定以上のステルス能力を保ったままにするであろうからだ。
「……試練、試練と言ってるけど、本当に神々って奴は何がしたいんだか」
顔をしかめながら飛ぶ【オーガニック】の内部で西坂京子少佐は苦い溜息をついた。
名前から推測出来るかもしれないが、彼女は西坂の母である。
彼女は現在一個中隊規模の直接指揮下の部隊を連れて飛んでいた。この後、連続して配下の一個大隊の部隊を回転させての地上攻撃支援によって少しでも損害を減らす。それしかないと判断していた。
何しろ、これ程の大規模攻撃など久方ぶりだ。
一般市民や政府は混乱していたが、それは軍とて同じ事。
急ぎ、休暇中だった部隊に緊急召集をかけ、準備が整った部隊から出撃させる。最低限、ある程度まとまってから部隊として送り込まないと個々バラバラに送り込んだ所で各個撃破の対象になるだけだと理解していたが、それでも師団規模の召集まで待っていられるような状況ではなかった。
それ故に、先発した部隊に求められているのは足止めだ。
きっと、夫の指揮する師団も今頃はてんやわんやの大騒ぎだろう。
それまでは動ける部隊が何とか最前線に張り付いている部隊を支援してもちこたえなければならない。
彼女の部隊は対地攻撃専門の部隊だ。
飛行能力は低めだが、低空での安定性、装甲厚、火力の強化を図り、上空から「悪魔」をなぎ払う。砲撃よりも高速で飛びまわれる分、担当可能な範囲は広い。
「もうじき前線に到着します。各自」
そろそろか、と通信を入れた瞬間だった。
自分の隊の【オーガニック】二機がいきなり爆発したのは――。
「……えっ?」
さすがに歴戦の彼女とて予想外の事態がいきなり起きればそんな声も出る。
そもそも【オーガニック】とは極めて落ちにくい機体だ。というよりも爆発などという現象は【オーガニック】においては基本発生しない。あのような瞬時の爆発が起きる例はたった一つのみ。搭乗者の死亡だ。すなわち、たった今爆発を起こした二機は搭乗者が死んだ、という事になる。
だが、何故?悲鳴すら聞こえなかったのに……。
彼女が混乱したのは一瞬だ。だが、その一瞬で更に二機が爆発する。
「ッ!各機散開!!敵だ!!」
叫ぶなり、自身もまた【オーガニック】を一気に降下させる。
低空ギリギリまで降下させ、おそらくは地上からの攻撃をかわす……。そんな判断からだった。
……彼女らは知らない。
識別名称アメンボと名づけられた新種の「悪魔」。アメンボという固有名称をつけたのは正に他に当てはめる言葉がないぐらい正しい事だった。
そして――アメンボとは水の上を移動するだけではなく――飛ぶのだ。
「……え?」
だから……地上からの攻撃と思い、低空へと降下すれば……それは必然と上位を与える事になり、更に言うならば地上攻撃機というのは基本的に戦闘機と空中戦をやりあうようには出来ていない。
結果として……彼女は何故自分の体が半分に千切れているのか訳が分からないという状況に陥った。
一瞬の後、激痛と共に浮かんだのは……。
「あなた……弘智……」
そして次の瞬間、彼女の機体もまた爆発した。
アメンボってカメムシの仲間で、ちゃんと羽持ってて飛べるんですよね……
まあ、カメムシと違って匂いはそこまで臭くありませんが……
【オーガニック】も無敵ではありません
そして【オーガニック】には【オーガニック】の弱点が存在するのです




