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プロローグ

うつ病と診断されたのは3ヶ月前。会社の帰り道にある心療内科で、そう告げられた。

定期的に来る様に言われ、薬も処方されたが、飲んでも特に効果はなかった。それどころか、薬の副作用で便秘になり、切れ痔が悪化した。もう、泣きっ面に蜂だった。


振り返って考えてみても、何がきっかけだったかは分からない。いや、もはや自分がどうしてこんなに落ち込んでいるのかも分からない。

嫌なことはたくさんあった。でも決め手はなかった。少しずつ蝕まれていき、気がついた時には、今まで当たり前に出来ていたことが出来なくなっていた。


仕事はそれなりに出来るほうだと思う。上司のうけも悪くない。会社では辛いときにも無理して笑い、周りに体調を崩した人がいても、みんな「森山くんは大丈夫」と冗談交じりに笑って流す。その一言が、また僕に作り笑いさせることになるのだが、そのことに気づく人は誰もいない。


嫌いな上司の年齢確認し、あと何年で定年になるのか、僕がいつ開放されるのかを考えながらやり過ごす毎日だったが、それより僕が定年まであと31年会社勤務することの方が圧倒的に辛いという事実に気付いてからは考えるのをやめた。


この安定を手放す勇気も持てないし、いや、そんなことよりも、それを言ったら親や上司に何言われるか分からないし(まあ、容易に想像できるんだが)説明するのもめんどくさい。

考えるのもめんどうになってきたころから、僕は死ぬことばかりを考えていた。


ちょうどそんな時、文字通り世界に衝撃が走った。太平洋沖の無人島に直径50mほどの隕石が落ちてきたのだ。地震や津波の影響で多少の被害はあったものの、死者は出なかった。

すぐに世界中の調査団が無人島へ上陸し、調査を開始した。日本でもその話題で持ちきりになり、バライティー番組で隕石のかけらを探しにいくというコーナーまで作られた。

若手芸人が島に乗り込み、生放送の時間内に隕石を探すというものだったが、それが悲劇の始まりだった。


僕はその時、習慣になっていた自殺サイトめぐりをしながら、見もしないTVをつけていた。

「リストカットとかなら高確率だよなぁ。僕の場合・・・」

なんてことを考えながらボーっとしていると、やたらTVが騒がしくなっていた。なんとなくTVに目を向けると、若手芸人が何かを発見したと騒いでいた。

どうせやらせだろうと思いながらTVをみていると、確かに画面にはまるでCGのような、生放送ではありえないであろう、人型の発光体が遠くに映っていた。


「なんだあれ!?」

「マジかよ!?」

「なんか光ってない!?」

「もっと近くでリポートして!」

「危なくないですか!?」


スタジオでは司会者やゲストが映像を観ながら大騒ぎしていた。

中継先の若手芸人は、その声に押されるように、光の指す方へ走りながら実況していた。


「ハァ、、、少しずつですが、、、光が近くなってきました、、、!」


カメラマンも走っているため、映像はブレながらではあるが、確かにそれは近づいていた。ただ、近づいて来たにも関わらず、その正体は一向に分からない。


僕はすっかりサイトを見るのを忘れてテレビに夢中になっていた。


いよいよあと、数メートルで光に到着すると誰もが思っ た瞬間、その映像を観ていたもの全員が目を覆いたくなるような光景に遭遇することとなった。


確かあれは子供の頃だ。あるクイズ番組でこんな問題が出された。『日本で初めてテレビに流された映像はどんな映像か?』その答えを知らなかった僕は、番組を釘付けになって観ていた。単純な興味だった。しかし、答えの映像を観た僕は数日間、それが頭から離れなかった。


ふと、そんなことを思い出した。フラッシュバックという奴だろうか?頭の中に心臓があるのではないかと思える位、大きな鼓動を感じていた。

複数の悲鳴が聞こえた数秒後から、テレビは映らなくなった。


その映像は瞬く間に世界中に伝わった。他の局でも専門家が何人も集まり、映像を吟味するという番組が相次いだ。


未知の生物の可能性、心霊現象の可能性、テロの可能性。

様々な可能性が考えられたが、そのいずれも答えには辿り着かなかった。


・・・当然だろう。それまで元気にリポートしていた若手芸人の頭が、粉々に弾け飛ぶ姿なんか誰が想像しただろうか?

そう。まるでリンカーンの暗殺映像のようなその光景を。


世間では一週間が過ぎた今でもその話題で持ちきりだった。

僕はというと、興味が無いと言えば嘘になるが、積極的に特番を観るわけでもなく、いつも通り、自殺サイトを観ながら何となくテレビをつける程度だった。

ふと、テレビに目を向けると、あの衝撃的な映像を流した局で、警察が事件に関する記者会見を行っていた。内容はこうだ。


①本事件は国際的テロ組織の犯行である可能性が極めて高い。

②殺害に使用された武器は、その破壊力から大型の銃によるものと推察される。

③被害者は、直近で大きなトラブルもなく、恨みを買われるようなこともなかった。

④警察は全力を持って捜査に当たる。


・・・何だこれは?全て推論じゃないか。武器が大型の銃?銃なら弾が残っているだろうに。そこからいくらでも特定出来ように。国際的なテロ組織が関与した理由も証拠も何もない。

それより何より、あの光は何だったのだ?これではいくらなんでも、誰も納得しないだろう。

そう思っていた。しかし、マスコミやコメンテーターの意見は違っていた。


「恐らく警察は今頃、武器や犯人の特定に全力を挙げているのでしょう」

「警察は反抗組織の目星がついているのでしょうか?」

「恐らくはそうでしょう。今回の会見で具体的な話かが出来なかったのは、具体的な話を出すことで捜査の妨げにならないよう配慮してのことでしょう」


違和感。自分の考えは間違っているのか?あれだけ不思議な事件の記者会見が、こんなにもふわっとしたもので良いのだろうか?

全く理解出来ない僕をよそに、マスコミはその日から、まるで事件に対して興味がなくなったかのようだった。

また、ここ数日でマスコミが喜びそうな大物芸能人の自殺、暴力団との関わりが相次いで発覚し世間を賑わせた事もあり、次第に例の事件について話をする人は少なくなっていった。



「森山くん、私この仕事よく分からないから代わりにやっといてよ」


会社では相変わらず、うんざりするような仕事の振られ方をしていた。

よく分からないなら、よく考えればいいだろうが。そんな反論を頭の中でしたが、それは余計に僕を苛立たせるだけで何の解決にもならなかった。

こんな些細な事にすら、一回一回我慢が出来なくなるほどにイライラし、そしてその後、信じられないほどに落ち込んだ。



僕は我慢の限界だった。


もう、今日、終わらせよう。



全ての事に悲観し、終わらせる覚悟が出来た。方法は色々考えたが、首を吊ることにした。これなら家で出来るし、誰にも邪魔されないだろう。


覚悟を決めた後は、心がスッと軽くなったような気がした。

それから、自分でも驚くほどに淡々と自殺の計画、準備を始めた。

まずはロープだ。ある程度太い奴でないと、体重を支えられずに切れてしまうかもしれない。

遺書を書くにも道具がいる。当然そんなものなど持っていないので、これも合わせて買わなくてはいけない。ホームセンターがいいだろう。そうだ、自殺した後、多くの人が部屋を訪れるだろう。残された母が恥ずかしい思いをしないよう、最低限の掃除はしておかなくては。


仕事を定時で上がり、ホームセンターで予定の物を購入した後、僕はゆっくりと家まで歩いて行った。


この道を歩くのも最後になるのか。ずっと、ずっと辛い思いをして歩いていたこの道。外灯も少ない、住宅街の坂道をホームセンターの袋を片手にトボトボ歩きながら見上げた空には、綺麗な満月が浮かんでいた。


知らぬ間に、僕は泣いていた。何で泣いているかは分からない。ただただ、涙が止まらなかった。悲しかった。

もっと、違った生き方が出来なかったのか?回りに恵まれていれば、僕は幸せになれたのだろうか?いや、無理だろう。僕は社会の不適合者なのだ。

社会に適応出来ない僕は、社会に必要とされないし、僕も社会をもはや必要としない。


もう、考えるのをやめよう。考えなくて良いのだ。終わるんだ、終わらせるんだ。これ以上、辛い思いをしないために。


覚悟が決まり、アパートが見えてきた時、玄関の前に人がいることに気づいた。


誰だ?セールスか何かだろうか?アパートに向かいながら、うかがっていると、どうやらこちらの視線に気づいたらしく、遠くから会釈をしてきた。


「森山幸司さんで、いらっしゃいますね?」

「・・・はあ」


黒いスーツにシルバーのネクタイを絞めた、背の低い、20代後半位の男だった。

落ち着いた雰囲気、自信に満ちた声、まっすぐ伸びた背筋、キチンと整えられた髪、朗らかな表情をしながらも、目の奥に感じる、強い意思。

社会の不適合者の僕でも一目で分かる、いわゆるデキる人間と呼ばれる奴だ。


しかし、いくら考えてもこんな人間を僕は知らない。取引先の人間や、学友を思い返しても、該当する者はいなかった。


不思議そうな顔をしているのを悟ったのか、男はニコッと笑い、自己紹介をした。


「申し遅れました。私、国際病理学研究所の佐久間と申します」

「・・・はあ」


国際病理学研究所?そんな組織聞いたことない。仮にそのような組織があったとして、自分に思い当たる節はない。


「あの・・・僕に何か御用でしょうか?」


そう尋ねると佐久間はまたニコッと笑い、そして今度はすぐに真剣な表情になり、信じれられないような事を僕に告げた。



「森山さん、世界を救う勇者になって頂けませんか?」


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