一時間目
突然だが、皆さんの知り合いの中に
ヘタレ・ビビリ・弱気
この三重苦を持った
「こいつこの先自分で生きていけるのか?」とかを無意識のうちに思ってしまうような人間は居るだろうか。
僕はほとんどの人が『居ない』と答えると思っている。実際この世にそんな人間は少ないと思っているし、知り合いどころか町中ですらほとんど見かけない。
だがしかし、一概にまったく居ないとも言えない。なぜなら、僕は少なくとも一日に数回それを見る。
メガネをかけていて、特に整った顔立ちでもなく、髪もぼさぼさで、校則の鏡であるかのような制服および私服の着方、それでいて全く知的でないという奇跡。
こんな残念なやつを僕は知っているし、結構気に入っていたりもする。我ながら恥ずかしいセリフだ。
しかし、どれほど残念な奴でも良い所は一つぐらいあったりする。 こいつの場合は、とりあえず優しい所だ、それも究極に優しい。
しかしこの長所には欠陥がある。それは、優しくする相手は、ある一定の条件をクリアした人間だけという所である。その条件というのが
条件そのⅠ まず大前提として親しい人であること。
条件そのⅡ 気が強く傲慢な人間でないこと。
条件そのⅢ 絶対に犯罪を犯さない人であること etc...
と、この後も永遠と続くわけである、しかしこれだけでも十分この蛇川 雅代がヘタレでビビリで弱気かが分っていただけると思う。
そして、そんな彼の今現在のあだ名が『ヘビヨ』である。蛇川 雅代、略してヘビヨ。でわなく、もっと単純な
ヘタレ・ビビリ・弱気
この3つの頭文字をつなげただけである。誰がつけたのかわからないまま、中学1年の終わりからずっとこれで呼ばれ続けた。
とまぁ話がそれてしまったが、とにかく彼はとてつもないヘビヨなのだ。
最後に彼の友人関係について語っておこう。とは言っても、彼におおよそ友人と呼べる人間はこの世に1人しかいないと思う。
その1人とは、夢野 美代(通称ミヨ)という可愛らしい、小学3年生からつるんでいる女の子だ。
じゃあお前誰だよ!と思っている君!
この真っ黒な携帯の画面に反射して見える、1人だと嫌味でも何でも言えるが、人前だと何も言えないこいつこそが蛇川 雅代(通称ヘビヨ)なのだ。
ピンポーン
響きのいい音がした。それに続いて
「マヨ起きてるー?」
という可愛らしい声がした。
僕の家(とは言ってもただの学生寮)に来る人は、基本何かの押し売りか、ミヨだけなので、僕はすかさず
「起きてるよー」
と、言いたかった。
だが言えなかった。
なにせ、ここでその言葉を発すれば学校に行かされてしまう、入学式に連れて行かされてしまう。
ちなみにマヨとは僕のことだ、どうやら『雅代』を略したらしいが、僕にはあの有名な調味料に聞こえるのであまり好いてない。
とか考えているうちにミヨがキレたらしい
「聞いとんかい」
バターンと何か金属の扉らしき物が倒れるいやな音がした。
あーあ、この私立勇帝総合学園武帝学部(しりつゆうていそうごうがくえんぶていがくぶ)の男子寮に引越しして来てから約2日、いきなり寮長指導か。とかのんきに思っていた。
そして、いつか人殺しでもしそうな顔でミヨが入ってきた。
部屋の角を曲がり短いショートヘアーに、大きな可愛らしい目を持った、まるで天使のような鬼が近づいてくる。
そして鬼は言った。
「起きてんなら返事しなさいよ」
彼女の第一声がそれだった。「ごめん」でも「やりすぎた」でもなく、それだった。こんなやつにはガツンと言ってやらなくてはと思い、言った僕の言葉は。
「ご、ご、ごめん。きき、聞こえなかったんだ」
やっぱり俺はビビリだと再確認した。
思うことは出来ても言葉に出来ない。俺はそんなやつだと、超が付くぐらいビビリなやつだと朝一から思わされた。
「ふーん、まぁいいわ。ドア直しといてね」
とミヨは悪気も無く言った。
当然怒れない僕は、
「う、うん、帰ってきたら頑張っとくよ」
とだけ言っておいた。
「さ、早く顔洗って学校行くわよ、入学式から遅刻なんてありえないからね」
と何も無かったかのように続けた。
そこまで言われて僕は慌てて時計を見た。
集合時間、は共同区域内にある校庭に08:15。
学生寮から学校まで歩いて15分。
朝の支度に必要な時間、約20分。
かんじんなのは現在の時刻だが、
現在の時刻06:10。
〈なんでやねん〉、と心の中で大阪っぽいツッコミをいれた。
そして落ち着いてから
「あ、あのー、少し早くないですか?」
と一言。
それに対するミヨの答えは
「そんなことないわよ。先輩方は皆、私達新入生のために朝の7時から学校にいるのよ。先輩より遅くに学校なんて行けないわよ」
らしい。
まったく迷惑な人だ。いい加減にしてほしい。と、内心では思いながらも、口は
「ですよね、ははは・・・」
と、なってしまうわけだ。まったく情けないかぎりだ。こんな自分にも、もうなれたが。
そこから制服に着替え、顔を洗い、朝食を食べて、早めの登校となる。
正直まだ眠いし、入学式の日にこんな早くから登校している生徒はどれも、赤か青の校章、つまり2年生か、3年生だけだ。そのほとんどの人が僕たち2人の、緑の校章を見て不思議そうな顔をしている。
「行きたくない」
ミヨに聞こえないように言ったつもりだったのに、こういう時だけ耳がいい。
「え、何か言ったかな」
ニッコリした顔の目だけが笑っておらず、究極に怖い。
『そんなに行きたくないのならなぜその学校に出願したんだ?』とか思っている君!
教えてあげよう。
ミヨは小学3年からの付き合いだ、当然僕がヘビヨであることは理解している。そんな彼女は、この性格を通常にするためとか言って、この私立勇帝総合学園武帝学部を受けさせたのだ。本当は自分1人だと怖いだけのくせに。
とか思っていると奇跡的に緑の校章を付けてキョロキョロしている男子がいた。
「お!緑の校章つけた生徒さんやないですか」
その男はかなり気さくに声をかけてきた。
その時に僕は初めて彼を前から見て驚いた。
昨夜僕が見ていた『入学の心得』にも服装はきちんとしなさいと何度も書いてあった。なのに彼は
いちようブレザーは着ているしカッターシャツも着ていたが、中の真っ赤な、鮮血のような色をしたシャツを見せびらかすかのように全てのボタンが開いていた。勿論ネクタイはしていない。
「あ、あの、その」
頑張って声は出せるが言葉は出ない。
するとミヨがフォローに入ってくれた。
「ごめんなさいね、このこ初対面の人と話すの苦手で」
「全然えーですよ。気にしませんし」
相手は服装に似合わずなかなか優しいようだ。
もう一度勇気を出そうかなとしたその時。
「もうこんな時間やないですか、急がなあきまへんねやった」
と時計を見ながら言った。
次こそはと思い
「な、何か用事が、あ、あるんですか?」
と聞くと、その生徒は、ちょっとね、とだけ答えた。
「向こうから来はったってことは第2武学寮なんですね」
と言ってきたので、僕は自分が住んでいる寮の名前を思い出し、それを何度も頭の中で巡らせた結果、確かに第2武帝学部学生寮なので軽くうなずいた。すると
「俺は蛇岸 火音言うんや、以後お見知りおきを」
とだけ言い残し僕たちの名前も聞かず走り去ってしまった。
「何なんだろうね、あの人」
とミヨがボソッとつぶやいたのが微かに聞こえた気がした。
その後すぐに
「私たちも走ろうよ」
とだけ言い、急に走り出したのを数秒遅れで追いかけた。