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季節外れの桜には

作者: かむ

 高校生である俺はここ数カ月猛勉強をしてきた。

学校から帰れば食事や風呂以外は机に向かい、休日はといえばやはり勉強ばかりしてきた。

来週の今日は、とうとうセンター試験だと思うと、やはりペンを握る手にも力が入るというものだ。

とはいえ、あまり力み過ぎて本番に調子を崩してもよくはないだろうと思い、今日くらいは少し気晴らしに散歩にでも出かける事にした。


 夕方ごろまで集中して勉強を終え、久しぶりに街へ繰り出した。

部活を終えて帰ってくる学生、仕事帰りのサラリーマンが行き交う街並みの夕景を見て、心がほんのりと落ち着くのを感じた。

川辺を吹き抜ける冷たい空気が肺を清らかにし、頭の働きもより良くなりそうな気さえした。試験前の散歩が精神を休ませる。夕日に沈む街の雰囲気を、俺は楽しんだ。


 そろそろ戻らなくちゃな、と目の前の橋に目を向けると

「季節外れの桜が咲いています。見ると一年寿命が延びるとされています。どうぞご覧下さい」

と書かれた古い看板があった。乾燥してなお風雨にさらされ、完全に色褪せたような木の板である。それに白いペンキを塗りつけて黒いインクで文字が書かれている。

こんなのあったか、と思いつつも、試験前にサクラサクとは縁起がいい、一目見て帰ろうと足を向けた。

 

 暗い路地を歩いて行くと、そこには確かに桜の木があった。ずっと昔からそこにあったような、立派な根と枝ぶりを持つ見事な桜だった。

桜の下に着いた頃には辺りはすっかり暗くなっていた。街の喧噪も嘘のように消え、月と季節外れの桜と俺だけが世界に存在しているかのようだった。

満月のせいかほの明るい夜空の紺色と桜の淡い桃色のコントラストに、水面に映える月の煌めきがアクセントを加えてみせていた。

辺りの冷たい空気、静寂、満月、季節を間違えたかのような、淡い桃色。それらにすっかり心を奪われた。


 狂い桜―――


 冷たい風が頬を撫で、俺ははっと我に返った。確かに立派な桜ではあるが、見て寿命が一年延びるというのは、少し大げさな気もする。

こういったものにはありがちな話だ、と俺は納得した。寿命なんか別にどうだっていいが、できることならあと一年、余分に勉強したかったなぁと思い、橋を渡って家に帰った。


 高校生である俺はここ数カ月猛勉強をしている。

学校から帰れば食事や風呂以外は机に向かい、休日はといえばやはり勉強ばかりしている。

来年の今頃は、とうとうセンター試験だと思うと、やはりペンを握る手にも力が入るというものだ。

一年後の自分が、後悔したりしないように。

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