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・ほんわり和みの桜餅

桜舞うこの季節にぴったりの和菓子はいかがでしょう。

春色のお餅にはたっぷりと桜の香が練りこんであります。

はさみこんだ甘ーい餡とともに、ゆったりかわいらしい恋愛小説をどうぞ。

 空が青い。

 この頃曇天続きだった分を取り返そうとでもするようだ。遠くまで爽やかに澄み渡っている。

 久美子は背をそらし、ぐぐっと大きく伸びをした。同時にふわりとあくびがこぼれる。

 本当に今日はいい天気だ。さんさんと降り注いでいる陽光は、太い幹にどっさりとついた桜の花にさえぎられてもなおまぶしい。久美子はぱちぱちと目を瞬かせた。

 まだ、何もかもが新しい生活には慣れない。高校の校舎の中もまだ把握なんて出来ていないし、一人の知り合いもいないクラスにもまだなじめない。みんな声はかけてくれて、なんとなく一緒にいて楽しいような子もいる。だから、なんとなく落ち着かないのは久美子の気質のせいだろう。

 気が張り詰めたままの学校生活は、どうしたって疲れるもので、泥のように眠りこけた土日明けの登校はひどく面倒だった。

「ま、すぐに慣れるよねっ」

 朝から疲れている場合ではないのだ。今日も七時間分の授業をこなさなければいけないし、そのあとには友達と部活の見学に行く約束をしている。

「わ………」

 気合を入れて上を向くと、真っ白な桜が陽光を浴びて輝いていた。その後ろの青空を華麗に切り抜いて、風が吹くたびに花びらが舞い落ちる。

 その光景は、いつの間にか余裕をなくしていた久美子の心を和ませ、疲れを忘れさせてくれた。そうだ、せっかく努力して入った学校なのだ。どうせなら楽しく過ごしたい。


「おはようっ」

「あ、久美ちゃん、おはよう」

「おはよー」

 久美子は近くの席に固まっていた子たちに声をかけつつ席に着いた。糸井久美子は出席番号7番。『あ』に数人が固まったので、『糸井』にしては遅い番号といえる。

 荷物を下ろして、新品の、切れそうな教科書類を机に移し替えた。

「ん?」

 しかし、奥に差し入れる前に何かにぶつかり、つっかえる。腕を入れて確かめると、緑の表紙の日誌が見つかった。それを取出し黒板を見れば、確かに週番は『糸井 奥田』となっていた。

 一緒の当番の奥田 陸君は後ろの席だ。もう回ってきたのか、と久美子は驚いた。一週間交代で回ってくるわけなので、大体一か月が過ぎてしまったことになる。早い、と思う。実感の湧かないなりに過ぎた日々を思っていると、一限目の開始を告げるチャイムが鳴った。


 ノートを取り、先生の説明を聞き、思っていたよりは授業は早くなく、それでもあっぷあっぷしながらようやくきたる放課後。

 だんだん教室にもざわめきが戻ってきて、みんなは帰り支度を始めた。久美子も明日の予定と、この後することを考えながら鞄に荷物を詰める。

「久美ちゃーん、部活見学いこー」

「うん! ちょっと待って、すぐ用意しちゃうから」

「はーい」

 急いで残りを詰め込み席を立つ。ロッカーにお弁当箱を取りに行こうとして――久美子は後ろから声をかけられた。

「糸井」

「はーいっ……奥田君? 何か……?」

「いや、今週は俺たち週番だろ」

「あっ、日誌!」

 久美子はまとめてしまっていた中から日誌を取り出した。当然、すっかり忘れていたので何も書いていない。

 あまり待たせるのも忍びないので、約束していた友達には先に行ってもらうことにした。

 ページを開いて書き始めたが、久美子は内心、奥田君が書いてくれればいいのに、と思っていた。久美子はこういう書き物があまり得意ではない。一日の記録を書くだけの割には感想欄なんてものがあるし、その日の休みの人の人数なんて今みたいに人がいなくなってしまえば分からない。

「ねえ、奥田君、」

 自分では埋められなかった項目を聞いてみようとして、久美子は後ろを振り返った。だが……。

「奥田君……?」

 別段することもないだろうに、律義に待っていてくれたはずの陸は、頬杖をついて居眠りしていた。その寝つきのいいことにも呆れたが、人に仕事をさせたまま寝てしまうなんて! と、久美子はいきどおった。

 そもそも、黒板だって私が掃除していることが多いし、もう少し手伝ってくれればいいのに……久美子はため息をついたが、寝ている陸はそんな久美子の心情も知らず夢の中、だ。

 狭量なことだとは分かっていたが、まったくもう! と思いながらのモーニングコールはいささか乱暴すぎたかもしれなかった。

「奥田君! 私は日誌、出してきちゃうからね!」

「ん……、俺も行く」

 眠たげながらも覚醒したらしい陸はその長躯を起こし、窓側に向かった。陸は手早く窓を閉めていく。

 窓の戸締りも週番の仕事を思い出し、せめてと廊下だけは久美子も手伝う。が、背の高い陸のほうが数段仕事が早い。久美子が最後に閉めようとしていた鍵まで横から腕を伸ばし閉めてしまった。

「あ、ありがと」

「いや」

 なぜだろう、さっきまでは頼りないなと思っていたのに形勢逆転だ。よく気が付くし、しっかりしていて、久美子が思っていたよりも、濃やかで……かっこいい、のかもしれない。

「んじゃ、行こうか」

「う、うん」

 陸はいつも間にか支度も終えていたらしい。その上大量のノートまで持っていた。今週分の週末課題のようだ。

「あ、それ、ごめんね……! 私にも半分貸して?」

「いや、いいよ」

 久美子は手を出したが、陸は軽くあしらって歩き出してしまう。久美子は自分の腕の中に日誌しかないのを見てため息が出た。しっかりしなければいけないのはどうやら久美子のようだ。


 職員室への道すがら、並んで歩きながらぽつぽつと話題を振る。

「奥田君、部活、何にするの……?」

「剣道部。 中学のころからやってたから」

「そうなんだ。 強いの?」

「そこそこかな」

「……結構自信家なんだ」

「気合で勝つっていうだろ」

「ふふっ……意外だな。 よく寝てたし無口だから、もっと神経質っぽいと思ってたのに」

「俺には程遠いな」

「うん、全然だ」

「……少しくらい、否定しないか?」

「私は自分に正直だからね」

「糸井も結構ふてぶてしいな」

「女の子にしつれーですよ」



 結果的に、久美子は陸との当番をすごく楽しんだ。第一印象とのギャップで驚いているうちになじんでしまったので、気づかず懐を許してしまっていた。

 陸が休み時間や放課後に寝ていることが多かったのは、朝練の前に日誌を取りにいかなければいけない分、早起きしていたのだという。

 

 新しい生活はもう久美子になじんだ。知らない校舎も見慣れてきて、クラスメイトと話すのも、もう緊張しない。

 一つ、気にかかるとすれば、久美子の視線が、陸のそれとよくぶつかること。

 けれどまだ、久美子も自分がそれだけ陸を視線で追っていることには気づいていないのだった。

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