婚約者の不倫で公開処刑された私ですが、隣国の皇太子に拾われて溺愛されながら全部ぶっ壊してみせます
その日、私は処刑台のような壇上に立たされていた。
いや、比喩ではなく、本当に処刑に近いものだったのだろう。
「エリシア・フォン・ルヴァリエ! 貴様との婚約は、ここに破棄する!」
王宮の大広間に響く声。
私の婚約者だった男――アルベルト王子は、誇らしげにそう言い放った。
……誇らしげに、だ。
その隣には、彼の腕にしなだれかかる女。
薄桃色のドレス。
わざとらしく震える肩。
けれどその瞳の奥には、隠しきれない愉悦が滲んでいる。
「エリシア様は……その、殿下を蔑ろにして……ひどい方で……っ」
よくもまあ、そこまで白々しい演技ができるものだ。
名前はリリアナ。
男の心を掴むことに特化した、ある意味で天才的な女。
そして――
「彼女との関係を認めるのか、アルベルト」
私は静かに問いかけた。
彼は一瞬だけ目を逸らし、それからすぐに顔を上げる。
「ああ、そうだ! 私はリリアナを愛している! 冷酷で感情のないお前とは違う!」
……なるほど。
不倫した上で、それを正当化するために私を悪役に仕立てる、と。
随分と安っぽい筋書きだ。
「そう」
私は短く答えた。
周囲の貴族たちはざわめく。
誰もが私の反応を期待しているのだろう。泣き崩れるか、怒り狂うか。
だが――
「ならば、どうぞご自由に」
私は微笑んだ。
それだけだった。
静寂が落ちる。
アルベルトの顔が引きつる。
リリアナの目が細くなる。
「……強がるな! お前はこれで全てを失うのだぞ!」
「ええ、知っています」
名誉も、地位も、家の後ろ盾も。
全部、ここで終わる。
けれど――
「失うだけで済むなら、安いものです」
「なに……?」
意味を理解できなかったのか、アルベルトは眉をひそめる。
私はもう一度、微笑んだ。
「それでは、ごきげんよう」
踵を返す。
誰も止めなかった。
止められなかった、のかもしれない。
この瞬間から、私は“何者でもない女”になったのだから。
――そう思っていた。
「……随分と、あっさりしているな」
王宮の外。
夜風が頬を撫でる中で、低い声が響いた。
振り返る。
そこにいたのは――黒い外套を纏った男。
鋭い金の瞳。
整いすぎた顔立ち。
ただ立っているだけで、周囲の空気を支配する存在感。
「……どなたですか?」
「名乗るほどでもないが――」
男はゆっくりと歩み寄る。
「隣国、ヴァルディア帝国の皇太子だ」
……は?
一瞬、思考が止まった。
「……冗談、ですよね」
「そう見えるか?」
見えない。
むしろ、どう考えても本物だ。
なぜこんなところにいるのかは置いておくとして。
「それで、その皇太子様が、私に何の用で?」
「お前を拾いに来た」
「……は?」
今日二度目の「は?」である。
「家も地位も失ったのだろう? なら、ちょうどいい」
男は当然のように言い放つ。
「私のもとに来い」
「お断りします」
即答した。
間髪入れずに。
「ほう」
面白そうに目を細める皇太子。
「理由は?」
「怪しすぎます」
そりゃそうだ。
婚約破棄された直後に、隣国の皇太子がスカウトしてくるとか、どう考えても裏がある。
「それに――」
私は一歩引く。
「私は、誰かに拾われるつもりはありません」
自分のことは、自分で決める。
それが私の矜持だ。
だが。
「そうか」
皇太子はあっさりと頷いた。
「ならば――交渉だ」
「……交渉?」
「お前に力を貸す」
低く、確信に満ちた声。
「復讐したいのだろう?」
その一言で、空気が変わった。
胸の奥で、何かがざわつく。
「……何を根拠に」
「目を見れば分かる」
即答だった。
「全部失った人間の目ではない。あれは――奪い返す者の目だ」
図星だった。
私は少しだけ笑う。
「……ええ、その通りです」
否定はしない。
する必要もない。
「アルベルトも、リリアナも……全部、叩き潰すつもりです」
「いいな」
皇太子は楽しげに笑った。
「やはり、お前は面白い」
「それで?」
「代わりに、お前は私の側に立て」
取引だ。
単純明快な。
「私が欲しいのは“従順な女”ではない。“牙を持つ女”だ」
その言葉に、私は目を細める。
「……変わった趣味ですね」
「よく言われる」
肩をすくめる皇太子。
しばしの沈黙。
風が吹く。
私は考える。
――一人でやるか。
――力を借りるか。
答えは、すぐに出た。
「……条件があります」
「言ってみろ」
「私の復讐には、絶対に口出ししないこと」
「いいだろう」
「それと――」
私はまっすぐ彼を見た。
「最後まで、見届けてください」
途中で飽きるような男なら、最初からいらない。
皇太子は一瞬だけ驚いたように目を見開き、それから――
「当然だ」
静かに、しかし力強く頷いた。
「お前の結末は、私が最後まで見届ける」
その言葉で、全てが決まった。
「……契約成立、ですね」
「ああ」
彼は手を差し出す。
私はそれを取った。
冷たいはずの手は、不思議と温かかった。
「ようこそ、エリシア」
低く囁く声。
「私の世界へ」
その瞬間から――
私の復讐劇は、ただの復讐ではなくなった。
隣国の皇太子の溺愛付きという、厄介なオプションが付いたのだから。
――そして数ヶ月後。
私は再び、あの王宮に立っていた。
ただし、今度は――
「な、なんでお前がここに……!」
蒼白になるアルベルトを見下ろす立場で。
「ごきげんよう、元婚約者様」
私は優雅に微笑む。
「今日は“断罪”に来ましたの」
隣で、皇太子が楽しそうに笑っていた。
――復讐の幕は、今まさに上がったばかりだった。




