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婚約者の不倫で公開処刑された私ですが、隣国の皇太子に拾われて溺愛されながら全部ぶっ壊してみせます

作者: 結城斎太郎
掲載日:2026/05/05

 その日、私は処刑台のような壇上に立たされていた。

 いや、比喩ではなく、本当に処刑に近いものだったのだろう。

「エリシア・フォン・ルヴァリエ! 貴様との婚約は、ここに破棄する!」

 王宮の大広間に響く声。

 私の婚約者だった男――アルベルト王子は、誇らしげにそう言い放った。

 ……誇らしげに、だ。

 その隣には、彼の腕にしなだれかかる女。

 薄桃色のドレス。

 わざとらしく震える肩。

 けれどその瞳の奥には、隠しきれない愉悦が滲んでいる。

「エリシア様は……その、殿下を蔑ろにして……ひどい方で……っ」

 よくもまあ、そこまで白々しい演技ができるものだ。

 名前はリリアナ。

 男の心を掴むことに特化した、ある意味で天才的な女。

 そして――

「彼女との関係を認めるのか、アルベルト」

 私は静かに問いかけた。

 彼は一瞬だけ目を逸らし、それからすぐに顔を上げる。

「ああ、そうだ! 私はリリアナを愛している! 冷酷で感情のないお前とは違う!」

 ……なるほど。

 不倫した上で、それを正当化するために私を悪役に仕立てる、と。

 随分と安っぽい筋書きだ。

「そう」

 私は短く答えた。

 周囲の貴族たちはざわめく。

 誰もが私の反応を期待しているのだろう。泣き崩れるか、怒り狂うか。

 だが――

「ならば、どうぞご自由に」

 私は微笑んだ。

 それだけだった。

 静寂が落ちる。

 アルベルトの顔が引きつる。

 リリアナの目が細くなる。

「……強がるな! お前はこれで全てを失うのだぞ!」

「ええ、知っています」

 名誉も、地位も、家の後ろ盾も。

 全部、ここで終わる。

 けれど――

「失うだけで済むなら、安いものです」

「なに……?」

 意味を理解できなかったのか、アルベルトは眉をひそめる。

 私はもう一度、微笑んだ。

「それでは、ごきげんよう」

 踵を返す。

 誰も止めなかった。

 止められなかった、のかもしれない。

 この瞬間から、私は“何者でもない女”になったのだから。

 ――そう思っていた。

「……随分と、あっさりしているな」

 王宮の外。

 夜風が頬を撫でる中で、低い声が響いた。

 振り返る。

 そこにいたのは――黒い外套を纏った男。

 鋭い金の瞳。

 整いすぎた顔立ち。

 ただ立っているだけで、周囲の空気を支配する存在感。

「……どなたですか?」

「名乗るほどでもないが――」

 男はゆっくりと歩み寄る。

「隣国、ヴァルディア帝国の皇太子だ」

 ……は?

 一瞬、思考が止まった。

「……冗談、ですよね」

「そう見えるか?」

 見えない。

 むしろ、どう考えても本物だ。

 なぜこんなところにいるのかは置いておくとして。

「それで、その皇太子様が、私に何の用で?」

「お前を拾いに来た」

「……は?」

 今日二度目の「は?」である。

「家も地位も失ったのだろう? なら、ちょうどいい」

 男は当然のように言い放つ。

「私のもとに来い」

「お断りします」

 即答した。

 間髪入れずに。

「ほう」

 面白そうに目を細める皇太子。

「理由は?」

「怪しすぎます」

 そりゃそうだ。

 婚約破棄された直後に、隣国の皇太子がスカウトしてくるとか、どう考えても裏がある。

「それに――」

 私は一歩引く。

「私は、誰かに拾われるつもりはありません」

 自分のことは、自分で決める。

 それが私の矜持だ。

 だが。

「そうか」

 皇太子はあっさりと頷いた。

「ならば――交渉だ」

「……交渉?」

「お前に力を貸す」

 低く、確信に満ちた声。

「復讐したいのだろう?」

 その一言で、空気が変わった。

 胸の奥で、何かがざわつく。

「……何を根拠に」

「目を見れば分かる」

 即答だった。

「全部失った人間の目ではない。あれは――奪い返す者の目だ」

 図星だった。

 私は少しだけ笑う。

「……ええ、その通りです」

 否定はしない。

 する必要もない。

「アルベルトも、リリアナも……全部、叩き潰すつもりです」

「いいな」

 皇太子は楽しげに笑った。

「やはり、お前は面白い」

「それで?」

「代わりに、お前は私の側に立て」

 取引だ。

 単純明快な。

「私が欲しいのは“従順な女”ではない。“牙を持つ女”だ」

 その言葉に、私は目を細める。

「……変わった趣味ですね」

「よく言われる」

 肩をすくめる皇太子。

 しばしの沈黙。

 風が吹く。

 私は考える。

 ――一人でやるか。

 ――力を借りるか。

 答えは、すぐに出た。

「……条件があります」

「言ってみろ」

「私の復讐には、絶対に口出ししないこと」

「いいだろう」

「それと――」

 私はまっすぐ彼を見た。

「最後まで、見届けてください」

 途中で飽きるような男なら、最初からいらない。

 皇太子は一瞬だけ驚いたように目を見開き、それから――

「当然だ」

 静かに、しかし力強く頷いた。

「お前の結末は、私が最後まで見届ける」

 その言葉で、全てが決まった。

「……契約成立、ですね」

「ああ」

 彼は手を差し出す。

 私はそれを取った。

 冷たいはずの手は、不思議と温かかった。

「ようこそ、エリシア」

 低く囁く声。

「私の世界へ」

 その瞬間から――

 私の復讐劇は、ただの復讐ではなくなった。

 隣国の皇太子の溺愛付きという、厄介なオプションが付いたのだから。

 ――そして数ヶ月後。

 私は再び、あの王宮に立っていた。

 ただし、今度は――

「な、なんでお前がここに……!」

 蒼白になるアルベルトを見下ろす立場で。

「ごきげんよう、元婚約者様」

 私は優雅に微笑む。

「今日は“断罪”に来ましたの」

 隣で、皇太子が楽しそうに笑っていた。

 ――復讐の幕は、今まさに上がったばかりだった。

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