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ザエッダの弓手 〜 黒と空の物語 〜

自由解散 ─ 披露宴の二次会が地下迷宮になった話

作者: 無為(MUi)
掲載日:2026/04/18

 

  ─ めでたい席は、たいてい少し羽目を外す

この連中の場合、その“少し”がまるで当てにならない

 笑っているうちに、気づけば収拾がつかなくなる

     たぶん、そういう節目の話。 ─

 

 

 

 

 最初の数十秒はまともな剣舞だったと思う。


(剣舞奉納は、新郎新婦自身がやるのか)


 と呑気に眺めていたら、軽く打ち合わせていたはずの長槍が音を立てて交差し始め、ヤバいと思ったときには、もはや舞でも何でもない文字通りの真剣勝負と化していた。


 満員の信徒席からは歓声が上がり、居並ぶ神官たちは顔色を無くし、俺はと言えば、


(マティルダ、メイス以外も使えたんだ)


 などと甚だ無礼な事を考えていた。

 

 

 

 ──杯の触れ合う音と喧騒が、重なり合いながら響いている。人が多い場所は苦手だ。

そんな中、イーヴォは気にした様子もなくタダ酒を飲み干している。


「ザエッダから遠路はるばるやって来たってのに俺たちは一体何を見せられたんだ?」

「結婚式だろ」

「はぁ?あれが結婚式ならコカトリスの求愛行動だって結婚式になるわ」

「誰がコカトリスですって?」


 真後ろにマティルダが立っていた。式のときの雄々しい戦巫女の装束ではなく、薄絹を重ねた純白のドレスに身を包んでいる。さっきまで暴れていたのが嘘みたいだ。


「二人ともここまで来るの苦労したでしょ」

「そりゃもう筆舌に尽くしがたい程に」

「断嶺越えは過酷だものねぇ」


 多分イーヴォが言ってる過酷さは別のものだと思うが、黙っていることにする。


 「ジュード、また背が伸びたんじゃない?」

「二十歳から変わってないよ」

「あらやだ。じゃあ、イーヴォが縮んだのかしら」

「俺だって二十歳から変わってねーよ」


 毎度の弄りなのでイーヴォも腹を立てたりはしない。


 実家の相続問題とかでマティルダが中央諸国に戻ってからしばらく音沙汰がなく、残されたメンバーは気をもんでいた。


 戻ってきたマティルダが、


「私たち結婚するから」


 と宣言したときも、アルフ以外は誰も驚かなかった。

 

「えっ!? その話は引退してからってことじゃ……」

「当たり前でしょ。婚約者として紹介するから一緒に来て」


 壁役を連れ去られた俺達がその後一年近くもの間、難儀したのは言うまでもない。

 

 あれから六年。

気がつけば、同じ顔ぶれでこうして酒を飲んでいる。


「ジーンはどうしたのよ?」

「あそこにいる」

「……囲まれてるわね」

「こういう場所にエルフが現れるのは滅多にないから、珍しいんだろ」


 無論それだけではなかった。エルフの伝統衣装をまとったジーンは美男子度が七割は増している。


 「何で先に宿に戻っちゃったんだろうな、デニス」

「デニスなら外で会ったわよ。ほら、これ彼に貰ったの」


 掲げた手首には細身の翡翠の腕輪が嵌められている。


「デニスって装飾品選びの才能まであるんだな」

「なんか腹立つよな」

「立たないだろ。マティルダ、それよりアルフは?」


 先ほどから気になって何度か見渡したが彼の姿は見えなかった。


「アルフなら神殿関係者に謝りに行ったまま戻って来てないわ」

「なんで?盛り上がってたじゃん?」

「……盛り上げ方の方向がまずかったんじゃないか」


 『パーティメンバーの失敗は俺が責任を取る。リーダーだからな』


 その言葉通り、戦闘以外でもいつもアルフは盾となって俺たちを守ってくれた。


(でもこれは違うだろう)


 今回のアレは間違いなくマティルダの暴走なのに、新婚早々先が思いやられる。

 

 

 

『──二次会のお知らせ。場所:中央噴水広場。平服、武器持参のこと。自由解散』



 指定された集合場所に、幅広のクソ重そうな両手剣を背負って現れたアルフジールに、全員が目的を悟った。

大盾をこよなく愛する彼がこんな出で立ちで来るとはただ事ではない。

 

 

「さぁ行こうか。ダンジョン攻略の時間だ」


 いつも通りの爽やかな笑顔でアルフは告げた。

 

 


 ──地下迷宮十五階層、いわゆるボス部屋。


 突如イーヴォの詠唱が止まった。反射的に振り向くと、空をなぞっていた手が腰へ伸び、そのまま杖を引き抜いていた。


「アルフっ!!」


 事態を把握していない前衛に呼びかける。慣れたもので、全員が即座に射線上から退避する。


「『『結合解除、応力分散、形状保持放棄』」


 良かった。まだ理性が残ってる方のやつだ。痺れを切らしただけだったか。


「『─構造を破壊する。粒子に還れ』」

「『──崩壊コラプス!』」


 ゴーレムの駆動音が消える。

アルフを薙ぎ払おうとした鉄の腕は動きを止め、次の瞬間、全身がざらりと崩れ落ちた。鈍色の粉塵が、遅れて立ち上る。


 「鉄粉を吸うなよ、肺をやられるぞ」


 振り向いたアルフも布切れで口と鼻を塞いでいた。


 「大丈夫、想定内」


 イーヴォの『構造破壊』は物体を粉々にしてしまう魔術師の呪文だ。魔導ではない。何度も暴走に遭遇するうちに対処方法は身についている。


 お互い用意がいいものだと後ろを振り返ると、ジーンは涼しい顔をして淡い草染めの絹布で口元を覆っている。流石エルフ、上品さが違う。


 デニスはというと、面倒そうに自分と倒れたイーヴォの口に布を当てていた。


「デニス、イーヴォは?」

「魔力切れじゃない、ただの酔っ払いだ」


 (大して強くもないのに飲み過ぎるから…)



 全十五階層の地下迷宮、正式名は《輪廻機構の迷宮》。名前の重々しさとは裏腹に、結婚式の二次会で最下層まで来れるくらいお手軽なダンジョンだ。

大昔の魔導士が実験だか趣味だかで作ったのだろうと推察されている。


「──ここまで分解しちゃっても再生するのかな?」

「どうだろうな。迷宮初心者のいい修練場だったから、知られたら恨まれるかもしれん」

「…撤退しよう」


 ダンジョンボスが復活しないとなったら問題になる。出来れば面倒事は避けたい。


 へべれけなイーヴォを担ぎ、軽い足取りで、階段へ向かうアルフ。背中からご機嫌オーラが溢れている。


「ノリで最下層まで来ちゃったから、帰りが面倒だよね」

「まったくだ。付き合わされる方の身になれってんだ」

「すまんすまん。ここ一ヶ月、やれ式の打ち合わせだ、あいさつ回りだ会食だのと大忙しでな」

「鬱憤をぶつける相手が無機生物で良かったよね」

「まぁ、痛みを感じる相手にアレやる程非情な人じゃないでしょ」


 無機物系に斬撃はほとんど通じない。重さで叩き切るのが有効だ。だが、木こり宜しく大剣の平面で敵を振り抜いて壁に叩きつけるのは流石に予想していなかった。骸骨戦士スケルトンウォーリアが次々に吹っ飛んでいく光景は中々にシュールだった。

 

「あ、悪い、矢じり回収させてくれ」


 地下十階の大広間に差しかかり、皆に声をかける。高かったのだアレは。炎属性が永続付与された魔法の品で、滅多に手に入るものではない。


「使ったのは七本で間違いないねぇな?」

「ああ」

「それじゃこれで全部だね」


 皆が協力してくれたので回収はすぐに終わった。


「俺たちに任せてくれても良かったんだぞ」


 正直、無機物系に弓は相性最悪だ。普通の矢では関節を狙って動きを鈍らせるくらいしか出来ない。


「数が多かったからね。それに」

「それに?」


 誰も松明を持って来てないと知ったときのジーンの悲しそうな顔を思い出す。



 ──初めて炎の精霊(サラマンダー)の魔法を見たときは本当にびっくりした。頼まれて買ってきた安物のランタンが砕け散ったのだ。

そういう仕様なのだと後から聞かされたが、そのせいかジーンは滅多に炎魔法を使わない。


「ランタン、使わずに済んで良かったな」


 無機生物には炎以外の属性魔法は一切効果がない。

念のためにと彼が荷物から取り出したそれは、白樺の枝を模した銀の枠に水晶が嵌め込まれた繊細な品だった。


「たまには見学もいいものだね。後ろで見てると色々分かるし」

「怖いなぁ、それ」

「ジュードは本当に連携が良くなったよね」

「そうそれ。いい感じに動き止めてくれて助かったぞ」

「アルフ、今日は軽装だったからさ。マティルダもいないし、無茶して怪我でもしたら怒られるだろ」


 地元に知り合いが多いマティルダは今頃友人と飲み歩いているに違いない。


「…あいつには内緒にしとかないとな」

「無理無理、女の勘を舐めてんじゃねぇぞ」

「だってあいつが来たらさぁ…」


 言いたいことは分かる。マティルダがメイスを振り回したら一瞬で終わってしまう。アルフのストレスは発散されるどころか余計鬱憤が溜まっただろう。

 

 

 

 

「そこに座りなさい」

「……はい」


 玄関前で仁王立ちで待ち構えているマティルダに近づける猛者は一行には存在しなかった。アルフを生贄に捧げて早々に立ち去る。


「新婚なのに可哀想だな」

「そうでもねぇさ、見てみろ」


 デニスの視線の先を辿ると、仲良く扉の向こうに消えていく姿が見えた。

 

 

 

 

 ──翌朝、目を覚ますと、ジーンの姿が見えなかった。この近くにエルフの森があると言ってたから多分そこに向かったのだろう。


 彼はこんな風に時々姿を消す。大陸各地に点在するというエルフの森は隠されていて俺たちには場所さえ知れない。


「必要なら、向こうから見つけて来んだろうさ」

「──そう言えばデニスの店って何処に出すんだ?」


 手早く旅支度をしながら尋ねる。


「まだ決めてねぇよ。酒が飲める店にする予定だ。ザエッダの酒も置く」

「自分で仕入れるつもり?」

「当たり前だ。運び屋に頼むと高くつく」

「……俺は帰り道考えるだけで既に死にそうなのに」

 

 昨夜のうちに荷造りを済ませたイーヴォがベッドに突っ伏したまま弱音を吐く。


 ザエッダへの帰路は少なく見積もって五ヶ月、天候次第では半年以上かかることもある。それも断嶺路で荷物を運ぶヤギが上手く手配出来ればの話だ。

  

 

 

 

 乗合馬車を待つ間にデニスは餞別だと言って使い込まれた小さなガラス瓶を渡してきた。栓を蝋で固めてある。


「取っとけ、ザエッダの火酒だ。凍えた時に一口だ。それ以上は飲むなよ。逆に危ねぇ」

「分かった。使う羽目にならないよう気をつける」

「俺らがそんなヘマするかよ」

 「まぁ、元気でやれや。俺は商談があるからもう行く。お前らは墜落都市に向かうんだよな」

「そのつもり」

「あそこの魔導帝国時代の遺物は高く売れる。店に置いてもいいかもしれねぇ」

「じゃあそのうち会えるかもな」




 デニスは軽く手を上げて、そのまま人混みに消えた。

 

 

 

 

 

 

 ─ End ─

 

 


【次回予告】

 異国の旅が続く中、ジュードは違和感を覚え始めていた。

言葉は通じず、習慣も噛み合わない。


 言葉も習慣も異なる中で、判断の基準は微妙にズレていく。

通訳に頼る会話、すれ違う常識。


 揺らぎはまだ小さい――だが確かにそこにある。

 

  

 ※次回は、『ザエッダの弓手 09:揺れる基準』の予定です。

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