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第二話 水汲みで戦えとか意味わからん

転生して十日が経った。


 俺の日課はこうだ。朝起きる。ギルドに行く。理論書を読む。スキルを作る。アリシャに振り回される。寝る。


 最後のやつがなければ完璧な修行生活なんだが。


 「詩! 詩!! 聞いて!!」


 朝からアリシャが走ってきた。ギルドの制服のボタンが今日は全部外れていた。どういうことだ。


 「聞く前にボタン留めろ」


 「あっ」


 「あっじゃない」


 アリシャはあわあわと制服のボタンを留め始めた。三回やり直してようやく全部合った。なんで三回かかるんだ。ボタンの数は五個だぞ。


 「で、何があった」


 「スキルカードが十枚になったじゃん!」


 「なった」


 転生から十日。一日三枚ペースで積み上げてきた。今の俺の手元には【水汲みLv.1】が十枚ある。一話の火事で三枚使ったから正確には回復分も含めてだが、まあそうだ。


 「十枚同時に発動したらどうなるの!?」


 「試してない」


 「試そうよ!!!」


 「どこで試すんだ」


 「ギルドの裏!!」


 「また倉庫燃やす気か」


 「燃やさない!! 水だし!!」


 ……まあ、確かに気になってはいた。三枚で火事を止めた。十枚ならどうなる。理論上は桶十杯分の水が同時に出現する。発動点を分散させれば広範囲に、集中させれば——


 「……一回だけな」


 「やった!!!」


 アリシャが両手を上げた。うるさい。



 ギルドの裏手、井戸のそばで俺はカードを十枚並べた。


 アリシャが隣でわくわくした顔をしている。ギルドのスタッフが何人か野次馬に来ていた。いつの間に広まったんだ。


 「何するんですか?」とスタッフの一人が聞いた。


 「水汲みを十枚同時発動する」


 「……水汲みを」


 「水汲みを」


 スタッフが微妙な顔をした。わかってる。でもやる。


 俺はカードを十枚、全部同時に発動した。


 発動点——井戸の真上、半径三メートルに分散。


 ごぼごぼごぼごぼ、と音がした。


 「うわ」


 「うわ!!!」


 「うわ!!!!!!」


 俺と周囲の全員が「うわ」を言った。


 井戸の上空三メートルに、桶十杯分の水が同時に出現した。そのまま全部ざぶんと落下した。井戸の中に。水が溢れた。周囲が水浸しになった。俺も濡れた。アリシャも濡れた。


 「……」


 「……」


 「……詩」


 「なんだ」


 「すごくない?」


 「濡れただろうが!!!」


 「でもすごくない!?」


 「すごいかどうかより濡れたことを問題にしてくれ!!!」


 「だって! 桶十杯って! 普通に強くない!?」


 「強い弱い以前に全部自分にかかった!!!」


 アリシャが「あははは!!」と笑い始めた。笑い事じゃない。俺は今びしょ濡れだ。


 「次は発動点を調整しよう」と俺は言った。


 「怒ってないの?」


 「怒ってる。でも次やるなら調整する」


 「さすが詩!!」


 何がさすがなんだ。



 問題はそのあとに起きた。


 俺がギルドの入り口で服を絞っていると——


 「おい、お前」


 声をかけてきたのは、でかい男だった。


 身長は二メートル近い。肩幅は俺の倍。腰に大剣をぶら下げていて、鎧は傷だらけだ。顔に縦に一本、古い傷跡がある。


 冒険者だろうか。Aランクとかそういうやつが醸し出す空気だ。


 「なんですか」


 「今のを見ていた」男が顎でギルドの裏手を示した。「お前が使ったスキル、何だ」


 「水汲みです」


 「……水汲みで、あれをやったのか」


 「やりました」


 男がじっと俺を見た。値踏みするような目だ。


 「水汲みを十枚同時発動して、制御して、特定の点に集中させた」


 「まあそうですね」


 「普通できないぞ、それ」


 「そうなんですか?」


 「スキルの多重発動は熟練の冒険者でも三枚が限界だ。制御しながら十枚同時となると——」


 男が少し目を細めた。


 「お前、本当に水汲みスキルなのか」


 「本当に水汲みスキルです。Lv.1です」


 「……Lv.1で、今のをやったのか」


 「やりました」


 男が腕を組んだ。


 まずいな、と俺は思った。こういう展開、ラノベで見たことがある。強者が絡んできて、勝負を売ってくるやつだ。


 「一つ聞いていいか」


 「どうぞ」


 「お前の本当のスキルは何だ」


 「水汲みです」


 「隠すな」


 「隠してないです」


 「水汲みであれができるわけがない」


 「できました」


 「——つまり、お前は水汲みと見せかけて別の何かを持っている」


 「持ってないです!!!」


 「謙遜するな」


 「謙遜してないです!!!」


 こいつ聞く気がない。


 「詩!!!」


 タイミングよくアリシャが走ってきた。着替えてきたのか服が変わっていた。でもボタンがまたずれていた。


 「アリシャ、こいつに説明してくれ。俺のスキルは本当に水汲みだって」


 「水汲みだよ!!」とアリシャが元気よく言った。「Lv.1! 地味!」


 「……お前はこいつの知り合いか」


 「友達!!」


 いつの間に友達になったんだ。


 「この男のスキルが水汲みだと本当に思っているのか」


 「思ってるよ!! 三日かけて一個作るやつ! 一日三回しか作れないやつ! でもすごいよ! 火事を止めたし今は十枚同時発動して井戸を溢れさせた!」


 「……井戸を溢れさせた」


 「溢れた!! 詩も濡れた!!」


 男が俺を見た。


 「お前は自分も濡れながら水汲みを十枚発動したのか」


 「……結果的に」


 「なぜ」


 「こいつが試そうって言ったから」


 男がアリシャを見た。アリシャが「えへ!!」と笑った。


 なんか空気が変わった。


 「……名前を聞いていいか」


 「大隅詩です」


 「俺はガデルだ。Aランク冒険者」


 やっぱりAランクだった。


 「ガデルさん、用件はなんですか」


 「勝負を売りに来た」


 「そうですよね!!!! わかってました!!!!」


 「なぜそんなに叫ぶ」


 「ラノベの展開すぎて!!!!」


 ガデルが眉をひそめた。ラノベが通じなかった。当然か。


 「勝負の内容は」


 「模擬戦だ。明後日の朝、ギルドの訓練場を借りる。お前が水汲みスキルだけで俺に一撃入れられたら、俺の負けだ」


 「一撃でいいんですか」


 「それだけで十分だ。俺に一撃入れられる人間が何人いると思う」


 ……Aランク冒険者に、水汲みスキルで一撃。


 普通に考えて無理だ。


 でも——桶十杯の水を一点に集中させたら? 圧を最大にしたら? ガデルが予測できない角度から?


 「……わかりました。受けます」


 「詩!!!」


 アリシャが目をきらきらさせた。


 「やばい展開!!!」


 「やばいのはお前がこういう状況を作ったからだ!!!」



 翌日——模擬戦の前日。


 俺はギルドの裏手で、朝から【水汲みLv.1】の発動実験を続けていた。今日作れる三枚を含めて、今の所持枚数は十三枚だ。


 「詩! 詩!! 練習してる!!?」


 アリシャが走ってきた。今日は制服じゃなくてエプロンをつけていた。なんで。


 「してる。なんでエプロンなんだ」


 「さっきまで調理の手伝いしてた!! 忘れてた!!」


 「脱いでこい」


 「あ、そっか!!」


 走って戻っていった。


 俺は実験を続けた。発動点を二点に分けて、交差させる。水と水がぶつかる点に圧が集中する。理論上、その点の水圧は一枚発動の倍以上になるはずだ。


 試す。


 ごぼっ。


 「……」


 できた。二点から出現した水が交差して、その中心点に強い水流が生まれた。当たったら痛い。普通に。


 「詩!! 戻った!!!」


 エプロンを外したアリシャが走ってきた。ついでに帽子をかぶってきた。なんで帽子をかぶってきたんだ。


 「なんで帽子なんだ」


 「外だから!!」


 「ギルドの裏手だぞ」


 「外じゃん!!!」


 こいつと話していると脳が疲れる。


 「何してたの?」


 「水を交差させる実験」


 「どういうこと!?」


 「二点から水を出して、交差させると圧が集中する。ガデルに当てるならこれが一番効く」


 アリシャが目を丸くした。


 「……頭いい」


 「当たり前だ」


 「水汲みで戦略を考える人間が他にいる!?」


 「いないと思うけど誰も試さないだけだと思う」


 「なんで詩はそういうこと考えられるの」


 「チュートリアルをちゃんと読む男だから」


 「チュートリアル!!! また言ってる!!!」


 「俺の座右の銘だ」


 アリシャがケラケラ笑った。


 「ガデルさんに勝てると思う?」


 「正直わからん。でもやるしかない」


 「詩って強気だよね」


 「強気じゃない。水汲みしか持ってないから選択肢がないだけだ」


 「それって強気じゃん!!!」


 「そうか?」


 「そうだよ!!!」


 アリシャが俺の隣に腰を下ろした。珍しく静かな顔をしていた。


 「……私さ」


 「なんだ」


 「詩のスキル、最初に聞いた時は正直やばいと思った」


 「俺もやばいと思ってた」


 「でも今は全然やばくないと思ってる」


 「水汲みがか?」


 「詩が使う水汲みが」


 俺はしばらく黙った。


 「……それは誉め言葉として受け取っておく」


 「誉めてる!!!」


 「わかってる」



 翌朝。


 ギルドの訓練場に、人が集まっていた。


 「なんでこんな人がいるんだ」


 「私が言いふらした!!!」


 「言いふらすな!!!!!!」


 「だって面白そうだったから!!!!!!!!」


 訓練場の周囲に冒険者が二十人以上いた。全員がこちらを見ている。水汲みスキルの転生者がAランク冒険者に挑むというのが広まったらしい。


 「どうせ負けるのにな」という声が聞こえた。


 「水汲みって」という声も聞こえた。


 「一撃でも入れたらすごいけど」という声も聞こえた。


 うるさい。


 ガデルが訓練場の中央に立っていた。大剣は腰に残したまま、素手だ。


 「来たか、大隅詩」


 「来ました」


 「スキルカードは何枚持ってきた」


 「今日作れる三枚を含めて十三枚です」


 「十三枚の水汲みで、俺に一撃入れろ」


 「入れます」


 ガデルが少し笑った。


 「——いい目をしている」


 「そういうセリフ、ラノベでよく見ました」


 「ラノベとは何だ」


 「俺の世界の本です。強者がよく言うやつです」


 「……俺は強者のテンプレらしいな」


 「テンプレ中のテンプレです」


 ガデルが苦笑した。


 「では始めよう」



 最初の五枚はガデルの足元を狙った。


 発動点をガデルの足下半径一メートルに集中させて、水を噴出させる。足を取られれば隙が生まれる。


 ごぼっ。


 「——む」


 ガデルが一歩後ろに跳んだ。避けた。でも反応した、ということは予測の外だったということだ。


 次の三枚。今度は上から。


 ガデルが上を見た。水が降ってくると思ったのだろう。


 俺は発動点をガデルの右側面に集中させた。


 ごぼぼっ。


 「っ!」


 横から水流がガデルの右腕を叩いた。


 訓練場がどよめいた。


 当たった。でも全然足りない。Aランク冒険者の腕に水をかけた程度だ。一撃とは言えない。


 残り五枚。


 「なるほど」ガデルが濡れた右腕を見ながら言った。「上を見せておいて横から来るか」


 「上からも来ますよ」


 「……どういう意味だ」


 俺は残りの五枚を全部同時に発動した。


 発動点——ガデルの上方二点、左右二点、正面一点。五方向から同時に水流が収束する。交差点はガデルの中心部。


 ごぼごぼごぼごぼごぼっ。


 「——っ!?」


 五方向から来る水流をガデルが全部避けた。さすがAランク。でも避けた先——


 「最後の一枚です」


 俺はずっと温存していた一枚を発動した。


 ガデルが退いた先、その足元に。


 ごぼっ。


 「——!」


 足元を水に取られたガデルが、一瞬だけ体勢を崩した。


 俺はその瞬間に走った。水汲みスキルじゃない。ただの全力疾走だ。


 ガデルの懐に飛び込んで——


 「っ、当たった!!!」


 アリシャが叫んだ。


 俺の手のひらがガデルの胸に触れていた。


 訓練場が静まり返った。


 ガデルが下を見た。俺の手を見た。それから、ゆっくりと笑った。


 「……やられたな」


 「水汲みに」


 「水汲みに」


 静まり返っていた訓練場が、一気にざわめいた。


 「当てた!?」


 「水汲みで!?」


 「Aランクのガデルに!?」


 うるさい。でも気持ちはわかる。俺もびっくりしてる。内心めちゃくちゃ震えてた。


 「詩!!!!!!!!!!!!!」


 アリシャが訓練場に飛び込んできた。


 「すごい!!!!!! やった!!!!!! 水汲みで!!!!!!」


 「うるさい」


 「やった!!!!!!」


 「うるさい!!!」


 「やったじゃん!!!!!!!」


 「わかってる!!!!!!!」


 俺もちょっとうれしい。めちゃくちゃうれしい。でもアリシャがうるさすぎてうれしさが半分持っていかれている。


 ガデルが俺を見た。


 「大隅詩、今日の枚数を全部使ったか」


 「全部使いました」


 「なるほど」ガデルが腕を組んだ。「水汲みスキルが十三枚で俺から一撃を取った。これがLv.5になり、Lv.10になり、Lv.50になったとき——」


 「洪水になります」


 「洪水」


 「十三枚で井戸が溢れるんで、計算すると」


 ガデルが少しの間黙った。


 「……お前、本当に水汲みしか持っていないのか」


 「今は水汲みしか持っていません」


 「今は」


 「今は」


 ガデルがまた苦笑した。


 「一つだけ教えてくれ。なぜ水汲みを選んだ」


 「選んでないです。Lv.1で作れるのが水汲みしかなかっただけです」


 「……本当のスキルは何だ」


 「【スキル作成】です。あらゆるスキルを自分で作れる能力です。今はLv.1なので水汲みしか作れません。Lv.5になれば火球が、Lv.50になれば——」


 「〇・一秒でどんなスキルでも無限に作れます!!!」


 アリシャが割り込んだ。


 「お前が言うな」


 「でも合ってるじゃん!!」


 「合ってるけど!!!」


 ガデルがアリシャを見た。アリシャを見てから俺を見た。


 「……お前たち、仲がいいな」


 「良くない」


 「良いじゃん!!!」


 「良くない!!!」


 「絶対良い!!!」


 「振り回されてるだけだ!!!!!!!」



 その夜。


 俺はベッドに寝転がって、天井を見上げていた。


 【水汲みLv.1】、全十三枚使用。残り〇枚。明日の〇:〇〇に三枚回復。


 今日、Aランク冒険者から一撃を取った。


 水汲みで。


 「……」


 笑えてきた。自分でも。


 こんなはずじゃなかった。転生したら爆炎魔法をぶっぱなして、強いモンスターを倒して、かっこよく無双するはずだった。


 でも現実は水汲みを十三枚ため込んで、足元に水を出して、Aランク冒険者の懐に生身で飛び込む、だった。


 全然かっこよくない。


 でも——勝った。


 「詩!!!」


 ドアがノックもなしに開いた。アリシャだ。


 「鍵をかけろと何度言えばわかるんだ」


 「開いてたから!!!」


 「開いてたら入っていいのか!!!」


 「だって詩の部屋だから!!!」


 「意味がわからない!!!!!!!」


 アリシャがベッドの端に飛び乗った。今日は何も持ってきていない。ただ座っている。


 「すごかったね、今日」


 「まあな」


 「水汲みでAランク」


 「まあな」


 「照れてる?」


 「照れてない」


 「顔赤いけど」


 「暑いんだ!!!」


 アリシャがくすくす笑った。


 「ねえ、Lv.2になったらどんなスキルが作れるようになるの」


 「……まだ調べ中だ」


 「早く調べて!!!」


 「うるさい」


 「楽しみすぎて!!!」


 俺は天井を見上げたまま言った。


 「Lv.2になるまであと何個だったっけ」


 「今日三枚使ったから……残り十七個!!」


 「十七個を三日に一個ずつ」


 「五十一日!!」


 「長いな」


 「長い!!!でも私は待てる!!!」


 「なんでお前が待つんだ」


 「楽しみだから!!!」


 こいつのテンションは今日の戦いより疲れる。でも——まあ、悪くはない。


 「……おやすみ」


 「うん!! おやすみ!!! また明日ね!!!!!!」


 ドアが閉まった。


 うるさかった。なんか元気が出た。


 俺はステータスカードをしまった。


 【残り制作回数 0/3】【次回復まで 22:17:44】


 カウントダウンは、止まらない。


 Lv.2まで、あと十七個。


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