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チートのはずが水汲みだった件

 俺の名前は大隅詩。享年十七歳。


 死因は——絶対に言えない。棺桶に入る直前まで「違う、これは事故だ」と主張し続けたが、親に泣かれたので黙った。とにかく死んだ。それだけは確かだ。墓場まで持っていく。


 生前の俺はどんな人間だったかというと、特に何もない。成績は中の中。運動は中の下。部活はゲーム部。友達はそこそこ。特技は「ゲームのチュートリアルをちゃんと読む」こと——これだけは自信があった。説明文は読む。仕様は把握する。準備はする。そういう男だ。


 あとは——異世界転生モノのラノベを人並みに読んでいた。


 だから知っていた。死んだら女神に会えて、チート能力をもらえることを。


 「絶対に【スキル作成】を選ぶ」


 それだけは、中学の頃から決めていた。


 あらゆるスキルを自分で作り出せる能力。攻撃も防御も補助も、全部自分でデザインできる。上限がない。伸びしろが無限だ。これ以上のチートがあるか? ない。答えはとっくに出ていた。


 俺は準備万端だった。


 ——何も知らないまま。



 目が覚めたら、真っ白な空間にいた。


 足元に何もないのに落ちない。空気が妙に甘い。雰囲気だけは一人前だ。


 そして——いた。


 「おめでとうございます。大隅詩さん」


 銀色の長い髪。紫色の瞳。整いすぎた顔立ち。白い衣を纏い、背中には半透明の翼。


 絵に描いたような女神様だった。


 やばい。本当にいた。ラノベ通りだ。ということはつまり——


 「異世界に転生する権利を得ました。何か一つ、特別な能力を持っていくことができますよ。剣の才能でも、魔法の適性でも——」


 「【スキル作成】で」


 即答した。


 女神様が、ぴたりと止まった。


 一瞬——本当に一瞬だけ、その表情に何かが過ぎった。驚き、とも。困惑、とも。あるいは——哀れみ、とも取れるような何かが。


 「……本当によろしいんですか」


 「はい」


 「確認ですが、【スキル作成】で」


 「【スキル作成】です。中学から決めてました」


 「中学から」


 「中学から」


 女神様は少しの間、俺の顔をじっと見ていた。何か言いたそうだった。何か、言いかけた。口が、微かに開いた。


 でも——結局、静かに微笑んだ。


 「……わかりました」


 それだけだった。説明も、警告も、ヒントも何もなかった。ただ白い光が手のひらに宿って、スキルが付与された感覚があった。


 「どうかご武運を、大隅詩さん。あなたの旅が、実り多きものになりますように」


 「ありがとうございます! あと一個だけいいですか」


 「なんでしょう」


 「転生先に可愛い女の子はいますか」


 「……います」


 「完璧です!! 行ってきます!!」


 俺は白い光の中に消えた。


 ——女神様が最後にどんな顔をしていたか、振り返らなかった。振り返ればよかったと後で死ぬほど後悔することになるのだが、この時の俺はまだ知らない。



 目が覚めたら、見知らぬ路地裏にいた。


 石畳。石造りの建物。中世ヨーロッパ風の街並み。馬車が走り、鎧を着た男が歩いている。


 「——来た!!!」


 思わず叫んだ。きた!!本当にきた!!異世界だ転生だ夢じゃない!!十七年間積み上げてきた妄想が今ついに現実になったぞ!!!


 よし。落ち着け。まず状況確認だ。俺はチュートリアルをちゃんと読む男だ。


 ポケットを探ると——なぜか入っていた。ステータスカード。


 大隅詩。年齢17。人間。固有スキル:【スキル作成 Lv.1】。所持スキル:なし。所持金:銀貨3枚。


 「銀貨3枚……多いのか少ないのか」


 わからんが今は関係ない。まずスキルだ。俺はすぐさま冒険者ギルドを探して街を歩いた。中心部に、でかい看板の建物があった。中に入ると、カウンターには受付の人がいて、冒険者らしき男たちがベンチで談笑している。


 よし。完璧に絵に描いたような冒険者ギルドだ。最高か。


 俺はベンチの端に腰を下ろし、ステータスカードを握って目を閉じた。まずは【爆炎魔法】。転生したら真っ先にこれだと決めていた。炎の塊が敵に直撃する映像が脳裏に浮かぶ。最高だ。


 制作を試みる。


 『スキルレベルが不足しています。【爆炎魔法】の制作にはLv.20以上が必要です』


 「……Lv.20か。まあそうだよな」


 いきなり爆炎魔法は欲張りすぎた。じゃあシンプルに【火球】でいい。


 『Lv.5以上が必要です』


 「5か。じゃあ【短剣術】」


 『Lv.3以上が必要です』


 「【体力強化】」


 『Lv.3以上が必要です』


 「【気配察知】」


 『Lv.2以上が必要です』


 「【料理】」


 『Lv.2以上が必要です』


 「……料理も無理なのか」


 ちなみに弾かれた試みは回数を消費しない。だから今日の七時間、ひたすら試し続けた。全部弾かれた。百回以上弾かれた。そろそろ心が折れそうだ。


 俺はゆっくりと深呼吸してカードの裏面を読んだ。説明文はちゃんと読む。最後まで読む。それが俺のポリシーだ。


 『※Lv.1で制作可能なスキル例:【水汲み】【薪割り】【荷運び】【靴磨き】【挨拶】など』


 「おい!!!」


 ギルド中の視線が、一斉に俺に集まった。


 剣に手をかけた冒険者もいた。わかってる。でも怒鳴らずにいられるか!!チュートリアルちゃんと読んだのに詰んでるぞ!!水汲みって何!?靴磨きって何!?これがチートか!?これが俺の選んだチートか!?


 誰に向けての「おい」かって——女神に向けてだ。何か言いかけてやめただろあの時。言えよ一言言えよ!!!


 「……大丈夫?」


 隣から声がした。


 振り向いた瞬間、俺は少し固まった。


 金髪がばらばらと乱れ、ギルドの制服はなぜかボタンが一個ずれていて、手元には食べかけのパンが握られている。エルフの耳。明るい緑の目。顔は整っているのに全体的に慌ただしい印象を受ける。嵐の目撃者みたいな顔をしている。


 「大丈夫じゃない。詐欺だ」


 「誰に!?」


 声がでかい。


 「女神に」


 「えっ女神ってあの女神!? すごい! 本物!?」


 「本物だと思うが」


 「どんな人だった!? 怖かった!? きれいだった!?」


 「き、きれいだったけど今そこじゃなくて——」


 「私ずっと女神に会いたかったんだよね! 会えた? 会えたんだね!?」


 「会えたけど今そこじゃなくて——」


 「うらやましい!!」


 うるさい!!!なんだこいつ!!!俺が今人生最大の絶望を味わっているのにうらやましい!!!で終わらせるな!!!


 「……転生者なの?」と今度はぐっと落ち着いた声で聞いてきた。切り替えが速すぎる。


 「そう」


 「何の能力持ってきたの!」


 「【スキル作成】。あらゆるスキルを自分で作れる能力だ」


 「すごい!! 最強じゃん!!」


 「Lv.1では水汲みしか作れない」


 「…………え」


 「水汲みしか作れない」


 「……え、えぇ……」


 「えぇ……じゃないんだよ! 俺が言いたいのはそれで! そのえぇを言いたかったのは俺で!!」


 「でも! でもでも! 水汲みって大事じゃない!? 冒険に水って絶対必要だし!!」


 「慰めなくていい!!!」


 「慰めてない! 本気で言ってる! アリシャ的には水汲みスキルってかなり有能だと思う!」


 「アリシャ?」


 「私!」


 なんで自分で名乗るんだ。



 夕方。


 俺はギルドのベンチで理論書を読んでいた。アリシャが蔵書から引っ張り出してきてくれたやつだ。「なんとなく」という理由で。なんとなくってなんだ。まあいい。助かった。


 数ページめくったところに、こう書いてあった。


 『スキル制作によって得られる経験値はスキルの難易度に依存する。Lv.1帯のスキルを制作した場合、Lv.2到達までに必要な制作数は推定二十〜三十個』


 「二十個……」


 「どうだった?」


 隣に座ったアリシャが聞いた。いつの間に座ってたんだ。


 「二ヶ月かかる計算だ。Lv.2になるだけで」


 「え!!!」


 「えぇじゃない。続き計算するぞ」


 二人でページをめくった。Lv.2まで二十個、Lv.3まで三十個、Lv.4まで四十個、Lv.5まで五十個——


 「合計百四十個。四百二十日」


 俺が言い終わる前にアリシャが「え!!!」と叫んだ。


 「一年以上だ」


 「え!!!」


 「なんで全部えで返すんだ」


 「え以外に言葉が出ない!!!」


 まあ俺もそんな気分だ。


 「折れないの?」とアリシャが聞いた。


 「折れたら女神の思う壺だ」


 「女神のこと嫌い?」


 「嫌いじゃないけど何か言いかけてやめた顔が気に食わない」


 「何を言いかけてたの」


 「わからん。でも絶対知ってた」


 「……選択肢変わった?」


 「変わらなかった」


 「じゃあいっか」


 「雑だな!?」


 アリシャが口の端を少しだけ上げた。これ笑ってんのか。笑顔のハードルが高すぎる。



 三日後。


 「【水汲みLv.1】——完成……ッ!!!」


 七十二時間。丸三日。


 俺は宿の一室で、スキルカードを握りしめたまま天井を見上げた。感慨深い。地味すぎて泣けてくるけど感慨深い。泣けてくるけど感慨深い。どっちの気持ちも本物だ。


 ギルドの仕事帰りらしいアリシャが、開きっぱなしのドアから顔を出した。


 「できた!?」


 「できた」


 「見せて見せて!!」


 俺はスキルカードを差し出した。アリシャが両手で受け取ってまじまじと眺める。


 「【水汲みLv.1】……!」


 「地味だろ」


 「……地味を通り越して清々しい」


 「誉め言葉として受け取っておく」


 「でもこれ積み上がっていくんだよね!」アリシャが目をきらきらさせて言った。「三日に一個! 毎日一個!」


 「三日に一個だから毎日一個じゃないんだが」


 「でも積み上がる!!」


 「そうだな。積み上がる」


 アリシャがカードを返しながら、ベッドの端に腰を下ろした。この三日間で慣れた。なんか毎晩来る。俺の部屋なのに。「なんとなく」しか理由を言わないのに。なんなんだこいつ。


 「このスキル、どこまで伸びるの」


 「Lv.10で制作時間が一時間になる。Lv.30で一分。Lv.50になると——」


 俺は少し間を置いた。


 「制作時間が〇・一秒になって、回数制限がなくなる」


 アリシャの手が止まった。


 「……〇・一秒で」


 「どんなスキルでも」


 「回数制限なしで」


 「無限に」


 「…………それ、この世界に存在していいの」


 「存在する。俺が持ってくるから」


 「今は水汲みだけど」


 「今は水汲みだけど」


 アリシャのエルフの耳がぴんと立った。


 「……水汲みを無限に使ったら」


 「洪水になる」


 「やばくない!?!?」


 「やばいな」


 「やばすぎでしょ!!! 最初から最強スキルじゃん!! 水汲みが!!!」


 「最初から最強スキルじゃない。今は三枚しか持ってないから三桶分だ」


 「三桶分の水汲みができるの!?」


 「できる」


 「すごくない!?」


 「地味だろ」


 「全然地味じゃないと思うんだけど!!!」


 なんかこいつ俺より俺のスキルに期待してる気がする。まあ嫌いじゃない。



 翌朝、俺がギルドで理論書を読んでいると——


 「詩!! 詩!!! 大変なんだけど!!!」


 ばたばたと走ってきた。アリシャだ。制服のボタンが増えてずれていた。どうやったらボタンが増えるんだ。


 「どうした」


 「倉庫が! 倉庫が大変なことになってて!!」


 「何があった」


 「ランタンが倒れて! 荷物に燃え移って!! 水が全然なくて!!」


 「火事か!?」


 「消してほしいんだけど!! スキルで!!」


 「待て待て待て。俺のスキルは水汲みだ。水を汲む場所がないと——」


 「井戸があるから!!」


 「……何個作れると思ってる」


 「いっぱい!!」


 いっぱいという単位は初めて聞いた。


 俺は理論書を置いて立ち上がった。ポケットから、この三日間で作り続けていた【水汲みLv.1】のスキルカードを全部取り出した。


 「三枚だ」


 「みっ……三枚!? 少なくない!?」


 「一日三回制作できる。三日経った。三枚だ! 文句言うな!」


 「ちょっと待って計算が——」


 「走れ!!」



 ギルドの裏手にある倉庫は、確かに燃えていた。荷物が積まれた棚の一角から火が上がって、煙が充満し始めている。


 でかい。水汲み三枚でどうにかなるサイズじゃない。


 「詩!! どうにかなる!?」


 「……黙って見てろ」


 内心めちゃくちゃ焦りながらそう言った。どうにかするかどうかは俺にもわからない。でも考える。考えながらやる。それしかない。


 俺はカードを三枚、全部同時に発動した。


 【水汲みLv.1】——本来は桶一杯分の水を汲み出すだけの、世界で一番地味なスキルだ。


 でも、この三日間ただ水汲みを作っていたわけじゃない。毎晩一人で発動条件と制御範囲を試し続けていた。


 三枚同時発動。発動点を火元の真上に集中させる。水の放出を一点に絞って圧をかける。


 ごぼっ、と音がした。


 天井付近に出現した水の塊が、ほぼ垂直に火元へ落下した。桶三杯分。少ない量に見えるが、一点集中で落とせば話が違う。


 ぼしゅ、という音とともに炎が沈んだ。


 完全鎮火ではないが、棚の火はほぼ消えた。残りは叩いて消せるレベルだ。


 「……」


 隣でアリシャが固まっていた。


 「水汲みって」


 「うん」


 「天井から落とせるの?」


 「試したら落とせた」


 「すごくない?」


 「地味だけどな。三枚しかないから今日はもうおしまいだ」


 「すごくない!?!?」


 「だから地味だって言ってる!!」


 ギルドの人間が何人か駆けつけてきて、残り火を踏み消し始めた。俺とアリシャは煙の中から外に出た。


 「詩ってさ」


 「なんだ」


 「もしかして強くなったらやばいんじゃない?」


 「やばいと思って選んだ! 最初から言ってる!」


 「今も十分やばいと思うけど」


 「水汲み三枚だぞ!?」


 「三枚をあんな使い方できる人間が他にいる!?」


 いないかもしれない。でも俺が特別なんじゃなくて、水汲みスキルを三日間真剣に研究した人間が他にいないだけだと思う。そんなやつ俺しかいないのは確かだが。


 「——あのさ」とアリシャが言った。


 「なんだ」


 「倉庫に火をつけたのは私じゃないから」


 「……え?」


 「ランタンを倒したのは私だけど、火をつけたのはランタンだから」


 「屁理屈にも程度がある!!!」


 「ごめん!!!」


 なんでこいつが原因なんだ。


 「……俺の水汲みスキルを全部使わせたのはお前か」


 「ごめん!!!」


 「明日〇:〇〇まで俺はスキル〇枚だぞ!!」


 「ごめん!!!!!」


 こいつのせいで俺の水汲みが全部消えた。しかも屁理屈まで言いやがった。腹が立つ。腹が立つのに——まあ、消えてよかったとも少し思っている。


 使えた。水汲みが、ちゃんと使えた。


 三枚で火事を止めた。


 Lv.50になったら、これが無限になる。



 その夜、一人になった部屋で、俺は窓から星空を眺めた。


 異世界の星は多かった。地球より多い気がした。数えようとして、やめた。そんな暇があるなら次のスキルの使い方を考えた方がいい。


 今日わかったことがある。


 水汲みは弱い。でも弱いなりに、使い方次第で変わる。今日は三枚で火事を止めた。これが百枚だったら? 千枚だったら?


 積み上がる。毎日、確実に、三枚ずつ。


 女神様の顔を思い出す。何か言いかけて、やめた顔。


 ……もしかして、言わなかったのは正解だったのかもしれない。知ってたら、俺は今日みたいに水汲みを必死で研究しなかった気がする。


 「まあ、許してないけど」


 俺はステータスカードをしまった。


 【残り制作回数 0/3】【次回復まで 21:33:47】


 カウントダウンは、止まらない。


 俺の逆転劇は——水汲みから、始まる。


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