第8話 王は、裁かない
王は、裁かない
王の執務室は、
驚くほど簡素だった。
豪奢な調度も、
権威を誇示する装飾もない。
あるのは、
長年使われた机と、
窓から差し込む夕暮れの光だけ。
ディアナは、
一人でそこに通された。
跪くよう命じられることはない。
王は、椅子から立ち上がることもしない。
「……座りなさい」
それだけだった。
向かい合って座る。
王と、
かつて断罪されるはずだった少女。
沈黙が流れる。
先に口を開いたのは、
王だった。
「荒行は……終わったのか」
裁きでも、
問い詰めでもない。
ただの確認。
「はい」
短い返答。
王は、それ以上踏み込まない。
「体は」
「生きています」
それで会話は成立してしまう。
王は、少しだけ目を伏せた。
「……そうか」
沈黙。
王は知っている。
この場で、
“罪”という言葉を出せば、
すべてが崩れることを。
「なぜ戻った」
問いは、
裁きではなく――
理由だった。
ディアナは、少し考える。
「逃げたままでは、
自分の中で終わらなかったからです」
「王宮に?」
「はい。
ここが、わたくしの始まりだったので」
王は、静かに頷く。
それは、
許可でも、承認でもない。
ただの理解。
「……断罪は、戻らない」
王は、断言するように言った。
命令ではない。
宣告でもない。
共有だ。
ディアナは、驚かなかった。
「存じています」
「後悔は」
問いかけは、
王としてではなく、
同じ“選択した者”としてのものだった。
ディアナは、首を横に振る。
「後悔は、
荒行の中で済ませました」
王は、苦笑した。
「……羨ましいな」
その一言に、
王であることの疲労が滲む。
「私は、
後悔する時間すら、
許されない立場だ」
ディアナは、初めて王を見つめた。
「では、なぜ」
「断罪を終わらせたのですか」
王は、窓の外を見る。
「……続ける理由が、
見つからなかった」
それは、
王の言葉としては、
あまりにも弱い。
だが――
人の言葉としては、
十分すぎるほどだった。
「誰かを裁くことで、
国が保たれていると思っていた」
「だが、裁きを必要としない者が現れたとき」
「それを続けるのは、
ただの意地だ」
ディアナは、静かに言う。
「陛下は、
国を壊したのではありません」
王は、視線を戻す。
「……そう言われると、
少し楽になる」
二人は、しばらく黙ったまま、
同じ光を見ていた。
やがて王が、
ぽつりと尋ねる。
「これから、どうする」
ディアナは、即答しない。
「わかりません」
正直な答え。
「答えを持たないまま、
ここにいてもよろしいでしょうか」
王は、少し考え、
そして言った。
「……王宮は、
答えを出す場所ではなくなった」
「だが」
「問いを抱える者が、
いてはならない理由もない」
それは、
許可だった。
だが同時に、
責任の共有でもある。
「ありがとう、ございます」
ディアナは、深く頭を下げなかった。
王も、威厳を示さなかった。
二人は、
裁きを語らなかった。
それでも、
この国で最も重いもの――
選択の重さを、
確かに分け合っていた。
その夜、
王は眠れなかった。
だが、
かつてのような孤独ではない。
同じ問いを抱く者が、
城の中にいると知ったから。
そしてディアナもまた、
眠らなかった。
だが、
初めて思った。
――ここから、
逃げなくてもいいのかもしれない、と。




