第7話 帰還者は、救世主ではなかった
その日、
王都に「彼女が戻る」という噂が流れた。
山を下りてきた。
荒行を終えたらしい。
生きている。
いや――“生き残った”。
噂は、期待と恐怖を同時に孕んで広がる。
「来るぞ……」
「悪役令嬢が……」
「いや、聖女だって話だ」
門の前には、
自然と人が集まっていた。
誰も命じていない。
誰も招いていない。
それでも集まってしまうのは、
**裁きの代わりになる“何か”**を、
人々が求めていたからだ。
やがて、
城門が軋む音を立てて開く。
そこに立っていたのは――
思っていた姿とは、あまりに違う人物だった。
華美な衣装はない。
威厳も、神秘性もない。
ただ、痩せた身体と、
静かな目。
ディアナは、
誰にも手を振らず、
誰にも頭を下げず、
ゆっくりと歩いてくる。
ざわめきが、広がる。
「……あれが?」
「本当に、あの人?」
誰かが、
勇気を振り絞って叫んだ。
「あなたは……」
「この国を、救いに来たのですか?」
その問いに、
場が凍りつく。
救世主。
それは今、人々が最も欲している言葉だった。
ディアナは、足を止める。
彼女は少しだけ考え、
そして、はっきりと答えた。
「いいえ」
短い否定。
「わたくしは、
誰かを救うために戻ったのではありません」
人々の顔に、
戸惑いが走る。
「では……」
「何をしに……?」
ディアナは、
広場を見渡す。
怒り。
期待。
恐怖。
縋るような目。
かつて、断罪の場で
彼女に向けられるはずだった感情。
「わたくしは――」
静かな声。
「自分の罪と向き合うために、
荒行をしていました」
それは、
誰もが理解できる言葉だった。
だが、続く一言が、
人々を動揺させる。
「けれど」
「それで、この国が救われるとは、
思っていません」
ざわめきが、
不安へと変わる。
「裁きが消えたのは、
わたくしのせいかもしれません」
誰かが息を呑む。
「でも、
だからといって――
わたくしが答えを持っているわけではない」
その瞬間、
人々は悟る。
この女は、
救世主ではない。
導いてくれない。
正義を示してくれない。
代わりに裁いてもくれない。
「……じゃあ、私たちは?」
誰かの声が、震える。
ディアナは、
視線を逸らさなかった。
「考えてください」
「選んでください」
「わたくしの代わりに」
それは、
最も残酷な言葉だった。
救世主は、
人々を安心させる。
だがディアナは、
安心を与えない。
責任を、返したのだ。
沈黙。
やがて、
一人の子どもが呟く。
「……こわい」
その言葉に、
誰も反論できなかった。
ディアナは、
王宮へ向かって歩き出す。
誰も止めない。
誰も迎えない。
拍手も、罵声もない。
ただ、
人々は立ち尽くす。
彼女が来れば、
何かが解決すると思っていた。
だが実際に来たのは――
答えを持たない当事者だった。
その日、
王都は理解する。
救世主を待つ時代は、
もう終わったのだと。
断罪なき世界で、
誰もが初めて、
自分の選択から逃げられなくなったのだと。




