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断罪なき日常の始まり -断罪イベントが成立しない世界で、悪役令嬢は語らないー  作者: 南蛇井


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第5話 王が立っても、裁きは戻らなかった

王が姿を現したのは、

混乱が頂点に達する一歩手前だった。


白銀の外套。

王冠。

民衆が“正義の最終保証”として信じてきた存在。


ざわめきは、

一瞬で静寂へと変わる。


「……陛下だ」


王は、ゆっくりと壇上に上がった。

その背はまっすぐで、声も威厳を失っていない。


「民よ」

「不安を与えたことを、王として詫びる」


それだけで、

多くの者は胸をなで下ろしかけた。


――ああ、これで断罪はやり直される。

――王が命じれば、正義は戻る。


そう、思った。


だが。


「断罪は、行われない」


その一言で、

空気が凍りついた。


「……なぜですか」


誰かが、恐る恐る問う。


王は答える。

逃げず、言葉を選びながら。


「悪役令嬢ディアナは、逃亡していない」

「彼女は、罪を否定していない」

「そして――裁きを拒んでもいない」


民衆は混乱する。


拒んでいない?

だが、ここにいない。


「彼女は、すでに自らを裁いている」

「我々の断罪よりも、重い形で」


その瞬間、

人々は理解できなくなる。


王の言葉は、

制度の言語ではなかった。


それは、

一個人の倫理だった。


「陛下……」

「それでは、王家の断罪は不要だと?」


老商人の声は、

震えを隠せていない。


王は、否定しなかった。


「断罪は、罪人が“救済を求める”ことで成立する」

「だが彼女は、救済を王にも神にも求めていない」


王は、民衆を見渡す。


「その断罪を、

それでも行う理由が――

王家に、あると思うか?」


沈黙。


それは、

王が王権を振るえば覆せた沈黙ではない。


なぜなら、

王自身が“理由を示せなかった”からだ。


「……では、正義は誰が保証するのです」


誰かが叫ぶ。


王は、初めて視線を落とした。


「それが、今まで王の役割だった」

「だが――」


言葉を区切る。


「正義を“演じる儀式”が、

人々の不安を抑えるためだけのものだったとしたら」


民衆の中に、ざわめきが走る。


王は続ける。


「それは、正義ではない」

「ただの管理だ」


その瞬間、

誰もが気づいてしまった。


王は、

断罪を復活させに来たのではない。


終わらせに来たのだ。


「陛下……それでは」


宰相ジルドが、声を絞り出す。


「王権の根幹が……」


王は、静かに答えた。


「根幹が“断罪”に依存していたのなら」

「それは、すでに空洞だったということだ」


王子アルグレイトは、

その背中を見つめていた。


父は、

制度を守る王ではなかった。


制度が壊れたことを、

認める王だった。


「断罪は、復活しない」


王の宣言は、

命令ではない。


事実の確認だった。


誰も拍手しない。

誰も反論できない。


なぜなら、

王が何かを“奪った”のではなく――

もう、そこに無いものを指し示しただけだからだ。


その日、

王国から断罪イベントは消えた。


廃止の勅命は出ていない。

改革法も制定されていない。


ただ、

誰もそれを再開できなくなった。


正義を名乗る理由が、

どこにも無くなってしまったから。


王は去り際、

小さく呟いた。


「……裁きを失った国が、

それでも立ち続けられるか」


それは、

王としてではなく、

一人の人間としての不安だった。


遠く山では、

ディアナが静かに目を閉じる。


彼女はまだ知らない。


王が介入し、

それでも断罪が戻らなかったことを。


そして世界が、

誰にも裁かれない場所へ

足を踏み入れてしまったことを。

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