第3話 見世物のない広場で、人々は何を裁くのか
王都中央広場。
断罪の日に備えて設えられた場所。
仮設の檀上。
正義を象徴する白布。
告発者が立つ位置、涙を流す位置、
罪人が跪くための印。
――すべてが、整っている。
だが、
主役だけが来ない。
「……まだか?」
「遅れてるだけだろ」
「どうせ最後は泣き崩れるんだ」
集まった民衆は、最初こそ余裕を見せていた。
断罪とは、
彼らにとって“儀式”である以前に――
娯楽だった。
「貴族が落ちるところを見られる日だぞ」
「悪役令嬢だって? そりゃ盛り上がる」
時間が過ぎる。
正午を告げる鐘が鳴り、
それでも檀上は空白のまま。
ざわめきが、苛立ちに変わる。
「おかしくないか?」
「ヒロイン様は来てるって聞いたぞ」
「王子も神官もいるのに……」
――なのに、罪人がいない。
「逃げたんじゃないのか?」
誰かが言った。
その言葉は、
火種としては十分すぎた。
「やっぱりそうだ!」
「断罪から逃げるなんて卑怯だ!」
「悪役令嬢らしい!」
だが、別の声が混じる。
「……逃げた、って?」
「でもさ、山で荒行してるって話……」
その瞬間、空気が歪んだ。
荒行?
苦行?
そんな話は、聞いていない。
「は?」
「何それ」
「罪人が勝手に罰を受けてるってこと?」
民衆は、理解できなかった。
断罪は、
自分たちが“見る”ことで完成する。
泣き叫び、
否定し、
最後に赦されるか、破滅するか。
その過程を“消費”して、
日常に戻るための装置。
それを、
当事者が勝手に終わらせた?
「ふざけるな……」
誰かが吐き捨てる。
「じゃあ、俺たちは何のために集まった?」
「誰が悪かったのか、はっきりさせろ!」
「罪は、誰が背負うんだ!」
怒りは、対象を失って漂い始める。
悪役令嬢はいない。
王子も沈黙。
神官は説明できない。
だから――
怒りは、民衆の中で回り始めた。
「あいつ、庇ってるんじゃないか?」
「貴族同士で、裏取引だろ」
「どうせ、形だけの正義だったんだ!」
断罪を失った民衆は、
次の“裁く対象”を探し始める。
それは、
隣の商人。
気に入らない噂の貴族。
声の大きいヒロインですら。
「……正義って、なんだ?」
若い男が呟いた。
「誰も裁かれないなら、
俺たちは、誰を信じればいい?」
答えは、返らない。
広場は次第に、
怒号ではなく、
不安のざわめきに包まれていく。
断罪は、
民衆を満足させるための安全弁だった。
それが失われたとき、
人々は気づいてしまう。
――自分たちは、
正義を求めていたのではない。
裁く快楽を、
与えられていただけだということに。
その日、王都では暴動は起きなかった。
だが、
誰もが感じていた。
次に誰かが「悪役」と呼ばれたとき、
もう“儀式”は、
それを止めてくれない。
断罪が消えた世界で、
最初に壊れたのは――
民衆の安心だった。




