第2話 断罪は、誰のための救済だったのか
王宮神殿。
本来ならば、断罪イベントの舞台となる場所。
白い大理石の床。
天井に描かれた「裁きの女神」。
罪を告げ、涙を流し、赦しを請う――
そのために設計された、完全な“装置”。
だが、その中央は――空だった。
「……来ない、のか」
大神官が呟いた声は、誰にも届かない。
悪役令嬢ディアナは、神殿にいない。
彼女は今も、山で荒行を続けている。
それだけで、すでに異常だった。
断罪とは、
呼び出され、拒否できず、立たされるもの。
参加しないという選択肢は、想定されていない。
「宰相殿」
大神官は、低く問いかけた。
「彼女は……“罪を否認している”のか?」
ジルドは首を振った。
「いいえ。逆です」
「彼女は、誰よりも深く“罪を認めている”」
神官たちはざわめいた。
罪を認めている?
それならば、なおさら断罪は成立するはずだ。
――だが。
「彼女は、断罪を必要としていないのです」
その一言で、空気が凍りついた。
断罪とは、何のためにあるのか。
・罪を明らかにするため
・正義を示すため
・民衆の不満を鎮めるため
・ヒロインを救済するため
しかし、最も重要なのは――
罪人を“救う”ためだったはずだ。
だがディアナは、すでに自らを裁き、
自らに罰を与え、
自らを赦そうとしている。
神の代理を、
王の権威を、
制度そのものを――
すべて素通りして。
「……それでは、我々は何者になる?」
大神官の声が震える。
「神の名を借りた裁きは、
罪人が“救済を求める”からこそ意味を持つ……」
サーヤは、はっとして口元を押さえた。
「じゃあ……私の役目は……?」
ヒロイン。
涙を流し、許しを与える象徴。
だが、許しを求められていない赦しは、
ただの自己満足だ。
「そんな……」
「私は、正しいことをするはずだったのに……」
王子アルグレイトは、拳を握りしめる。
断罪イベントとは、
王子が“正義を選ぶ”儀式だった。
だが今、彼の正義は行き場を失っている。
罪人は、すでに裁きを終えている。
神は、呼ばれていない。
民衆は、喝采の準備すらできない。
「……断罪を、強制すればいい」
誰かが言った。
だが、その瞬間――
それが暴力でしかないことを、
全員が理解してしまった。
もはや断罪は、
救済でも、正義でも、儀式でもない。
ただの
「形式を守るための処刑」に成り下がる。
大神官は、ゆっくりと女神像を見上げた。
「……神よ」
「我々は、いつから“裁く側”だと錯覚していた?」
その問いに、答える者はいない。
神殿は沈黙した。
断罪の場であるはずの場所が、
断罪の無意味さを証明する場所へと変わった瞬間だった。
そして山では――
ディアナが、滝の中で静かに立ち上がる。
彼女はまだ知らない。
自分が行っている荒行が、
一人の贖罪ではなく――
世界の制度を崩壊させていることを。
断罪イベントは、
この日、正式に“開催不能”となった。
誰も罪を叫ばず、
誰も正義を名乗れず、
誰も救われなかったからだ。
――物語は、
裁きのない世界へと踏み出していく。




