7.黒い館
「ッンまぁ〜〜可愛らしいお嬢さんだこと! モモ様、これからどうぞよろしくお願いしますワワワッ!!」
「陛下からの伝令を受け取って、我ら使用人一同、それはもう飛び上がって喜びましたのヨヨヨッ!!」
「主人がぜんぜん帰ってこなくて寂しかったお屋敷も、漸く賑わいますわネネネ〜〜!!」
「「「歓迎いたしますワ〜〜〜ッッッ!!!」」」
「うるせェ」
うんざりしたような声を漏らしたカゲの後ろに隠れるようにして、モモは目を白黒させながら盛大な歓待を受けていた。
キツネの耳と大きな尻尾を携え、かなりの癖毛の赤い長髪に吊り上がった糸目。愛嬌のあるそばかすと、特徴的な容姿──を持ったメイドが、なんと三人。
そばかすの数まで同じではないかと思えてしまうほどにそっくりな三人組は、なんと甲高い声までそっくりだった。
「アラッワタクシ達としたことが自己紹介を忘れておりましたワワワ! まずワタクシはワワワ!!」
「アタクシはネネネ!」
「アテクシはヨヨヨですのヨヨヨ〜〜!!」
「「「ドウゾお見知り置きを〜〜〜ッッッ!!!」」」
「よ、よろしく……?」
気圧されて声が小さくなるモモとは違い、慣れているのかカゲはうるせェ、と再度一蹴した。
「おいワヨネ、部屋は」
「略すのはおヤメくださいとあれほど! コホンッ、モチロンご用意はできておりますワワワ〜〜〜ッ!」
頷いたカゲがこちらを振り返って、その黒曜石の瞳とばちりと目があって慌てて逸らす。そこで初めて縋るようにその肩に羽織られたローブの裾を掴んでいたことに気がついて、モモは熱いものに触れたような勢いでその指先を離した。
正直なところ、まだ全く心が追いついていない。異世界に召喚されたということに加えて、まさか──モモから群れを奪った、憎きトカゲ族……にそっくりの、この男の屋敷に世話になることになるだなんて。
数時間前の会話を思い出すと、今にも溜息をつきそうになる。
『ど、どうして……他の人のところではいけないの? すこし寝る場所さえ貸してもらえたら、わたし、下働きでもなんでも……っ』
『あ〜〜その、まあなんというか、やむにやまれぬ事情があってだな……結果的にそいつが一番適任だということになったんだ』
王都に屋敷があって、信頼がおけて、万が一何かあっても問題なく対処できる人材だから、と並べ立てられた事情は、けれどどうにも薄っぺらく感じられた。何せモモの群れを滅ぼしたトカゲ族にそっくりなのだから、鱗を見ただけでどうしても身構えてしまう。
けれど元の世界に戻されてしまえば後がないモモに、拒否権などあるはずもなく。
あれよあれよという間に言いくるめられてネココに抱えられ、豪奢な馬車へと乗せられ。道中モモを抱えたまま、のんびりとした口調でこの世界の補足説明をして場をもたせてくれていたネココは、けれど玄関前に辿り着いてモモを下ろすとそのまま馬車に乗って帰っていってしまった。
『おししょーのお屋敷はいろんな意味ですっごいんだにゃ〜、楽しみにしておくといいにゃ!』
呑気な声でネココがそう言った時はぴんとこなかったけれど、いざ到着してみるとよく分かる。
豪奢な装飾の施された鉄門を抜ければ、そこにはよく手入れされた広い庭園が広がっていて、その奥に鎮座する屋敷は気圧されてしまいそうな程立派な佇まいだった。
四隅に小塔が備えられた三階建ての城館は、張り出したバルコニーの柱ひとつとってもトカゲを模った精緻な装飾が施されていて、館の主人の高貴な身分を思わせる。
それだけであれば、聞いてはいたけれどすごいお屋敷に住んでいるのね、と感嘆するだけだったけれど──なんとその城館は、壁に玄関扉、柱に至るまで、全て真っ黒だったのだ。
月光が明るくなければ夜闇に紛れてしまいそうなその館は、およそ生者のものとは思えない。
これでもし内装まで真っ黒だったら、使用人がガイコツだったら……と半泣きになったモモの想像に反して、玄関ホールは落ち着いた雰囲気の上品な内装で、ちゃんと生身だった使用人からは盛大な歓待を受け冒頭に戻る。
「……オイ、聞いてンのか。残りの使用人の紹介は明日だ、オマエの部屋まで運ぶから大人しくしてろ」
「え、」
咄嗟に何を言われたか理解できずに顔を上げれば、その腕がこちらへと伸ばされるところだった。逆光に表情が翳って、その尾と鱗が、ふとあの群れを奪った汚らしい男の姿と重なって。
さっと血の気が引いて、モモは思わず短い悲鳴をあげた。
「い、いや……っ」
──ぴた、とその指先が止まって、ほんの微かに黒曜石の瞳が見開かれる。あ、とモモは慌てて両手で口元を押さえた。
咄嗟のことでつい驚いてしまっただけで、カゲはあのトカゲ族達とは違うとちゃんと分かっているのに。
何か指示を出したのか、いつの間にやらあの三人はいなくなっていて、こんな時に限って落ちた沈黙を紛らわせてくれる人もいない。
「え、えっと……その……レ、レディの身体に気安く触れないでちょうだい! ひとりで歩けるわ、こんな傷なんともないんだから」
「……」
絞り出した強気な言葉とは裏腹に、モモの視線が彷徨い落ちていく。
怒らせてしまったかしら、とそろりと顔を上げようとして──けれどその瞬間、キン、と響いた音と共に襲いかかってきた浮遊感に、モモは思わず悲鳴を上げた。
「ぴっ……!?」
気が付いた時には、モモの身体は半透明の球状のものにすっぽりと収められていた。きら、と鱗のような模様が反射して、見覚えのあるそれに思わず息を呑む。
慌ててカゲの方を見れば、その指先が宙にかざされていて、モモを閉じ込めた球体はそれに合わせて動いているようだった。
「ち、ちょっと!」
「ハッ、ご要望に沿ってやったんだろ。乗り心地はどうだよ、レディ」
「最悪よ! ひとりで歩けるったら」
頬を真っ赤にしたモモの抗議には聞く耳も持たず、カゲはすたすたと歩き始めてしまった。モモは為す術なく、その後ろをふよふよと着いていくしかない。
恨めしい気持ちでちいさく拳を作って少し叩いてみるけれど、コンコン、という硬質な音が返ってくるだけだった。
──本当に、あの結界はこのひとがやっていたのね。それにしても、一体どういう仕組みなのかしら。
好奇心からごそごそと身動いでぺたぺた壁に触れていれば、黙りこんだモモにふとカゲが振り返り、その足が止まる。
どきりとしてつい体を硬くすれば、ふわ、とモモを収めた球体が浮かんで、殆ど同じ高さで目が合った。
夜空を切り取ったようなその瞳に、いつか見た焦げ付くようなどろりとした色が浮かぶのを見て、思わず息を呑む。酷く胸がざわめいて、結界に触れていたちいさなてのひらに力がこもった。
「な、何よ……」
狼狽するモモに構わず、ゆっくりとその手が持ち上げられて、半透明の壁に指先が触れる。硬質な壁越しに、ぴくりと跳ねたちいさな白いてのひらと、筋張った大きな掌が合わさった。──そんなはずはないのに、その熱が、じわりと移されたような気がして。
「……たった、これだけで」
ふ、と、吐息のような笑い声をもらして、カゲがゆるりと口角を上げた。
「──もう逃げられねェな、オマエ。……ずっと、こうして閉じ込めておいてやろうか」
ひゅ、と喉を鳴らして、モモのルビーの瞳が見開かれる。どろりとした重い声が、ちいさな身体を侵していくような錯覚を覚えた。壁越しに合わさった手を、どうしてだか離すことさえできなくて。
ガチン、と音が鳴りそうなほどに身体を硬直させて言葉も発せないモモをじっと見つめていたカゲは──ふと鼻を鳴らすと、指先でぱちんと結界を弾いた。
「……アホ、冗談に決まってンだろ。懲りたらじっとしてろ」
「────! ……!!」
ぶわ、とモモの頬が上気して、わなわなとその唇が震える。それに構わず、カゲはローブを翻すとさっさと階段を上がり始めてしまった。
──な、な、……何なのよーー……!?!?
たちの悪い冗談はやめて、と叫んでやりたいのに、胸につかえたように言葉が出てこなかった。本当に、この男が一体何を考えているのか全く分からない。
鱗に包まれた長く大きい尾を睨むように見詰めていれば、いつの間にか最上階へ向かう階段も終わりへ差し掛かっていた。




