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5.異世界

「……異世界……召喚……事故……」


 ふかふかな寝台の上。目を回しながら壊れたように単語を羅列したモモに、今し方信じ難い話をしたばかりの男、アルは訳知り顔でうんうんと深く頷いた。


「それはそういう反応にもなるよなあ」


 腰を据えて話すならばと、テーブルと椅子はベッドのすぐ隣にまで移動され、三人はそこに腰を落ち着けていた。そうは言っても、カゲは腕を組んだまま何を考えているか分からない表情でずっと黙り込んでいて、ネココは自分の尻尾と遊び始めてしまったものだから、話しているのはほとんどアル一人だけだ。


 まずハラヌスという地名に聞き覚えはあるか尋ねられ、怪訝に思いながらも首を横に振れば、また幾つか似たような質問を重ねられ。戸惑いながらもその全てに正直に答えたところ、アルは難しい表情を浮かべると唸るようにこう言った。


「うーむ、やはり異世界からの召喚は成功していたわけか」


「……え?」


 曰く──ここはモモのいた場所と似ているけれど、全く別の世界なのだという。見た目や特性がよく似ていても、カゲやネココはモモの知る種族ではないと聞いた時はとても信じられなかった。


 そしてやたらと派手な身なりをしていると思っていたアルはといえば、なんとハラヌスという名のこの国を治める王様で、精霊族というとても希少な種族らしい。

 それを聞いた時モモがどれ程青ざめたかは置いておくとして、その種族だけが使える特別な異世界からの召喚魔法を、『酔った勢いで気まぐれに』行使したところ──〝喚び出すつもりのなかった〟モモが何の偶然か引き寄せられ、事故で、王城に現れてしまったのだという。


 とても信じられない、とモモが声を上げてしまったのも無理のない話だった。


「む、群れにいたとき、一部の特別な種族の長老が、不思議な力を使えるくらいの話は聞いたことがあるけど……世界を跨いで誰かを召喚するなんて、そんなの……っ」


「ん、じゃあ、アレを見てみるかにゃ?」


「え、」


 アレって、と問う暇もなく、身軽に体を起こしたネココにひょいと両脇を抱えられ、モモは目を見開いた。それこそ猫の子のようにぷらりとぶらさがったまま、怖くて身を捩ることもできずに抗議の声を上げる。


「ち、ちょっと何するのよ!」


「まあまあ、別に放り投げたりしないにゃ」


 飄々とそう言って、ネココは自分の腕に座らせるようにモモを抱え直すと、自分で歩ける恥ずかしい等々の抗議を丸々無視し、するりと液体のような動きで家具の間を抜けた。


 向かう先は暖炉の向こう側、木製の鎧戸が付けられたアーチ状の窓で、上部に添えられた翅の形の小さな窓からは陽の光が柔らかく差し込んでいる。

 モモをその前まで連れてきたネココは、戸惑うモモに構わずばたんと躊躇なく窓を開け放った。


「ぴ……っ」


 途端に強い陽の光と風が吹き込んで、咄嗟に腕で顔を庇う。けれど、さあ空を見てみるにゃ、というネココの声に促されて、腕を下げるとモモは恐る恐る目を開けた。


「───え……」


 真紅の瞳が見開かれ、思わず掠れた声が零れ落ちる。

 言われたとおりに見上げた先──そのまま額縁に収めてしまえそうなくすみ一つない晴天には、ガラスにも似た半透明の壁のようなものがかかっていた。


 内側を守るように緩い半球状を描き、遥か彼方まで続いているように思えるそれは、時折陽の光を透かして酷く美しい鱗状の輝きを放つ。

 何を思うより先に見惚れてしまって、きれい、と思わず呟いたモモに、ネココが誇らしげに目を細めた。


「ね、綺麗だにゃ? あれは王都を魔物から守る結界で、王城周辺のランドマークでもあるんだにゃ〜」


「結界……?」


「そうだにゃ、あれがあるお陰で防衛がとっても楽になるんだにゃ。勿論あんなのを維持し続けられるのは一握りのすご〜いお人だけで、その人は『墻壁の公爵』っていう超超名誉な称号をもらってるー、なんと〜……そこにいる、ネココのお師匠様なんだにゃ!」


 じゃじゃーん、と音がつきそうな仕草で指し示された方向に思わず目を向ければ、微かに眉を顰めたカゲの黒曜石の瞳とばちりと目が合って、モモは思わずたじろいだ。

 それはかち合った視線に気圧されたからでも、呆れたようにその口から零されたため息に怯えたからでもなく、椅子に座っていた筈の姿が音もなくすぐ近くに立っていたからだ。


 ──このひと、どうしていつも音もなく移動するの!?


 全く動く気配が感じられなかったことに戦慄していると、開かれたままの窓の外からあれ、という間の抜けた声がした。


「ネ……ネココさんじゃないですか? ネココさーん!!」


「んん?」


 おーい、という嬉しそうな声に、ネココがモモを抱えたままひょいと階下を覗き込めば、まるい緑の瞳をキラキラと輝かせた青い隊服を着た青年が、こちらを見上げ頬を染めてぶんぶんと腕を振っていた。


 さっきは空に気を取られていて気が付かなかったけれど、この部屋は中庭に面していたようで、よく手入れされた青々とした芝が陽の光を受けて輝いている。

 それを囲む白い壁の建物は荘厳な佇まいで、向かい側の正面に見える扉の前には剣を構えたいかめしい石像が並べられていた。


 その石像と同じ服装の青年は、けれどいかめしさなど少しも感じさせない好青年だ。ふわふわの栗色の髪と同色の柔らかそうな耳がピンと立てられ、その尻尾はちぎれてしまいそうなほど振られて残像を描いている。

 イヌ族、と息を呑んだモモとは対照的に、ネココはのんびりとした様子で手を振り返した。


「あ、ヌイヌんだあ、久しぶりだにゃあ〜」


「へへ……お久しぶりです、騎士館の近くにいらっしゃるのは珍しいですね! 公爵閣下のお使いですか? お、お時間があればこの後お食事でも……って、その子は」


 ネココの腕に抱えられたモモに気がついて、緑の瞳が驚いたように瞬かれる。思わず身体を固くしたモモに、ネココはのんびりと尻尾をくねらせた。


「ん〜? この子は、あー……あれだにゃ、ネココが気が付かないうちに産んだにゃ。いやあびっくりしたにゃ」


「「えっ」」


 モモとヌイヌと呼ばれた青年の声が綺麗に被り、背後でブフォ、と吹き出す声がする。ヌイヌの表情がぴしりと凍りつき、尻尾と耳が見る間に力を失った。きゅーん、と情けのない音がその喉から漏れ、狼狽しきった声が上がる。


「だ……誰の子ですか!? まさか公爵閣下……!? やっぱり、前からネココさんを見る目がいやらしいと思っていたんですよ!! 師匠という立場をいいことに、逆らえないネココさんにあいつ──」


 ひゅん、とモモの横を黒い影が過ぎ去り、ものすごい勢いで何かが階下に向かって飛んでいく。それが大きな花瓶だということをどうにか視認できたところで、その行く末を見届けることなくばたんと乱暴に窓が閉じられた。


 ギャイン、という悲鳴も同時に締め出され、部屋に沈黙が訪れる。アルの抑えきれない引き攣った不気味な笑い声だけが時折響く中、ネココとモモに覆い被さるような形で窓の鎧戸に手をついていたカゲの感情を削ぎ落としたような表情を間近に目撃してしまい、モモはぴぃと小さく悲鳴を上げた。


「──……それで」


「ぴっ!? な、何……」


「ここが、オマエの暮らしてた世界じゃねェって理解できたかよ」


 ひたりと逆光の中輝く黒曜石の瞳に見据えられて、モモは鋭く息を呑んだ。その瞳には相変わらず得体の知れない色が浮かんでいて、ざわざわと胸を騒がせるそれにそっと目を逸らす。

 下ろしてちょうだい、とネココに呟けば、ちゃんとお運びしますにゃ〜、と再び液体のような動きで寝台まで運んでくれた。


 寝台に腰掛けたモモは、心を落ち着けるように胸元で手を握り込んで小さく息を吐いた。

 ……見たことも聞いたこともない結界に、種族が違うのに争うことなく、当たり前のように笑み交わす人々──どれも、モモのいた世界では到底あり得ないもの。


 まだ夢じゃないかと思えてしまうけれど、ここが本当にモモの知る世界ではないというのなら。


「……わ、わたしはどうなるの? 間違いで喚ばれたっていうなら……元の世界に、返されるの?」


 掠れ震えた声に、視線が自然と落ちていく。涙が零れそうになって唇を噛み締めれば、滲んだ視界に黒い靴先が入り込んだ。カツ、と高い靴音を鳴らしてモモの前に立った長躯の影に、モモの小さな身体は簡単に収められてしまう。

 そろりと顔を上げれば、カゲが感情の読めない表情でこちらを見下ろしていた。

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