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13.大市とネココ

 遠目からでも分かるほどに賑やかな大市は、実際近くまで来てみれば想像以上の規模だった。中央に大きな噴水が置かれた広場や通りには色とりどりの天幕が所狭しと並べられていて、見るからに新鮮そうな果物や野菜、異国の商品と銘打った見たこともないような品々が飛び交うように売られている。

 派手な色の服を着た楽師の吹く楽器の音がずっと遠くまで響いて、他の場所でも何か出し物をしているのかわあっと弾けるような歓声が上がり、それに釣られるようにモモも声を上げてしまった。


「……す、すごい……! これ、一体どこまで続いているの?」


「んふふ、ずーっと向こう、数日かけても見きれないくらいだにゃ」


 お安くするよお、なんと今なら! という怒号のような活気づいた声が、人々の色とりどりの耳や尻尾の合間から競うように上げられていて、見たことのない光景にモモはすっかり圧倒されてしまった。

 正直なところ怖気付かないでもなかったけれど、お店の名前が織られた旗の中には興味を惹かれるものがたくさんあって、それも好奇心に上塗りされていく。浮つく心に無意識にぱたぱたと小さな羽をはためかせているのを、カゲがじっと見つめていることにも気が付かないほどだった。


 けれど、さあどこから見て回ろうか──というところで、ふとカゲが足を止めて宙に目を遣ったものだから、モモは首を傾げた。しかも、その表情がどんどん険しくなっていくのだから不安にもなる。


「カ、カゲ……? どうしたの?」


「にゃ……」


 ネココが何か察したように据わりの悪そうな声を出して、カゲの眉間にとうとう深い皺が刻まれる。その視線の先を追うように見上げて、モモは目を見開いた。

 青空に金色の鱗粉の軌跡を描きながら、まるでステンドグラスのように七色の光を放つ蝶がこちらに向かってひらひらと降りてきている。不思議と他の人は気がついた様子もなく、見上げているのはモモ達三人だけだ。


 その蝶は真っ直ぐにカゲ目掛けて降りてくると、まるで粘着するようにうろうろと周囲を、主に顔周りを飛び回る。執拗に続くそれにカゲが心底鬱陶しそうに舌打ちをしたと思えば、ぞんざいな仕草で灰色の鱗に包まれた尾の先を持ち上げると、渋々といった様子で蝶に向かって差し出した。


 わけも分からず見守っていれば、待ってましたというように蝶がその先に止まり、休めるように羽を畳む。どこからどう見ても美しい蝶のはずだけれど、カゲはまるで蛾に止まられたかのような目つきでそれを見ていた。


 そうして暫く沈黙していたと思えば──突然に大きな舌打ちをすると、ぶんっと乱暴に尾を振って蝶を振り払う。蝶はあらよっと、と副音声がつきそうな見事な仕草でそれを避けると、用は済んだとばかりにまた青空へと飛び去って行ってしまった。

 そうしてモモがぽかんとしていれば、カゲが唐突にアルに対して悪態をつき、話は冒頭に戻る。




 モモは訳が分からず、恐る恐るネココに問いかけた。


「えっと、今のきれいな蝶は……」


「あー、あれはおーさまの伝令だにゃ。見た目はきれいだけど、内容は大抵急な呼び出しとか厄介事な上に受け取るまで地の果てまで追ってくるから、お城に勤めてる人達からは『告死蝶』とか『七色の死神』とか言われて死ぬほど嫌われてるにゃ」


 散々な言われように、最初普通に見惚れてしまったモモは複雑な顔をした。けれど仕草やカゲの応対から、確かに何となくアルの顔が浮かぶ。というか、厄介ごとや急な呼び出しを伝えに来るということは──と思い当たったあたりで、カゲはため息をつくとモモ達に向き直った。


「……城に顔を出さねェといけなくなった」


「そ、それじゃあ……」


 モモは思わず声を詰まらせた。買い物は中止で、カゲの監督下にあるモモも帰らないといけないのだろうか。せっかくカゲ達がモモのことを考えて連れ出してくれたのに、目と鼻の先に心惹かれるものがたくさんあるのに。

 けれど、ただの監視対象であるモモをここまで連れてきてくれただけでも感謝するべきだ。困らせるわけにはいかないし、もっとずっと大きな理不尽や不条理だって、モモは何度も飲み込んで生きてきた。


 だから、これくらい何でもないはず──と思うのに、どうしてだか想像以上に落胆が大きくて、声も沈んだものになってしまう。


「……その、お仕事なら仕方がないわ。今日は、連れてきてくれてありがとう。ネココも……」


 小さな桃色の翼を縮こまらせて、俯きがちにしょんぼりとそう呟くモモに、カゲがふと口を閉ざすと眉を顰める。迷うように鱗に包まれた長い尾が揺れているのを横目に見ていたネココは、それと分からないよう小さくため息を吐くと、場の空気を変えるようにぱちんと両手を打った。場の視線がネココに集中し、その瞳が悪戯げに細められる。


「おししょー、モモっぴのことはネココがちゃーんと見てるにゃ。先に見て回りながら待ってるから行ってきたらいいにゃ〜」


「え……、」


「……」


 カゲがゆっくりと目を細めると、真意を問うようにネココの満月のような瞳を射抜く。そこに混ざる仄かな苛立ちと、どろどろと煮凝ったどす黒い感情に気がついていながら怯むことなく、ネココはのんびりと口角を上げた。


「だーいじょうぶ、ちゃんと分かってるにゃ〜。絶対に、目を離さないにゃ。ほら、こんなこともあろうかと、なーんとこんなものまで持ってるんだにゃ!」


 じゃじゃーん、と言いながら取り出されたそれに、モモは目を瞬かせた。ネココがローブのポケットから取り出したそれは、金属でできた二つの腕輪だった。複雑な紋様の刻まれた金色のそれは、この世界に来た時に見たアルの指輪にどことなく似ている気がする。

 この腕輪がどうしたのだろう、と困惑していれば、それを見ていたカゲがふと目を閉じると深くため息を吐いた。


「……相変わらずの手癖だな、どら猫」


「褒め言葉だにゃ、ありがたく受け取っておくにゃ〜」


 ちょっと借りただけだにゃ、ちゃんとあとで返すにゃあ、と飄々と言ってのけるネココに、カゲは暫く考えるような沈黙を落としてからぽつりと呟いた。


「……すぐに戻る。受け取れ」


 え、それって、とモモが目を見開くよりも早く、カゲがローブから取り出した革の袋がひょいと投げ渡される。じゃら、と重い金属音を立てたそれを、ネココは機敏な動作でしっかりと受け止めた。


「ほいっとにゃ。いってらっしゃいにゃ〜」


「え、あ、いってらっしゃい、カゲ……?」


「……あァ」


 展開についていけないまま、ネココの言葉を復唱したモモにちらりと一瞥を寄越してから、カゲは身を翻すと雑踏の中を去っていった。あっという間に見えなくなった姿をぽかんと見送っていれば、モモが我に帰るのを待たずネココがちょっと失礼するにゃ、と言いながら小さな手を取る。

 ひやりとした何かが触れてぴっと悲鳴を上げ、慌ててそちらを見れば、モモの腕には先ほどネココが取り出した金属の腕輪が着けられていた。


「な、何よ、急にびっくりするじゃない!」


「ごめんごめん、だにゃ。よし、ネココも着けてと……うん、これでお揃いだにゃー」


 ほらモモっぴ、と差し出された細腕には確かに同じものが着けられている。ネココが取り出した時は全く同じ大きさだったはずなのに、不思議なことに今はお互いの手首の大きさに合わせてぴったりと嵌まっているようだった。

 一瞬だけ、腕輪同士を繋ぐ半透明の糸のようなものが見えた気がして、モモは目を見開く。


「ち、ちょっと、この腕輪、普通のものじゃないのね? いったい……」


「ん? あ〜、これはお互い引き合う性質のある、迷子防止のちょっと不思議な腕輪なんだにゃ。無理に離れようとしない限り害はないから安心してにゃ」


 それって離れようとしたらどうなるのよ、と目を白黒させていれば、買い物が終わったら外すから気にしなくていいにゃ〜、ほら人が多いからおてて繋ぐにゃ、と強引に手を取られてしまう。

 咄嗟に握り返せば、出発しんこーう! と言いながら大きく腕を引かれて、モモは慌ててたたらを踏んだ。


「わ、っと、と、ちょっとネココ……っ」


「さぁさ、残念ながらおししょーは居ないけど、ネココと楽しいデートしようにゃ! モモっぴのこと、もっとたくさん知って仲良くなりたいにゃ〜」


 上機嫌に尻尾をくねらせて笑うネココに、モモは目を瞬かせた。仲良くなりたい、だなんて、面と向かってそんな風に言われたのは初めてだった。

 コトリ族の群れでは、歳の近い同性からは見下されるか噂されるかばかりで、終ぞ友人なんてものはできなかったから。


 飄々としていて何だか掴みどころのない不思議な子だけれど、思えば最初に手当てをしてくれたのもネココだし、今も一人でだって楽しめるだろうにモモのために監督を名乗り出て、こうして買い物を続けられるようにしてくれたのだ。


 この世界に来て初めての、同性の知り合い。急な展開続きで慌ててしまったけれど、ネココのことももっと知りたいし、……仲良くなれたら、ちょっと嬉しいかもしれない。そう考えたモモは僅かに頬を染めながら、勇気を出して繋いだ手に少しだけ力を込めた。


「そ、その……そうね、カゲを説得してくれて……ありがとう、ネココ。まず、貴女の見たいお店にいきたいわ」


「……」


 もじもじと羽を擦り合わせながら呟いた言葉に、けれどどうしてだか暫く待っても反応がなくて、モモはうろうろと視線を彷徨わせ始めた。

 な、何よ、先にそっちが仲良くなりたいって言ったんじゃない、何も変なことは言ってないわよ、と何故か喧嘩腰な気持ちでちらりとネココの方を見上げて──ばちりと音を立てて満月のような瞳と目が合い、モモは思わず肩を跳ねさせた。


 どうしてだか、ネココの尻尾がくねくねと動き、やがてハートの形を作る。それからするりとモモの腕に巻きついてきたので、くすぐったさからモモはまたぴっと悲鳴を上げた。


「な、何よ、どうしたの? くすぐったいわ」


「……ネココ、やっぱりモモっぴのこと産んだかもしれないにゃ。ネココの子にならないかにゃ? おししょーのアレはどうにもしてあげられないけど、これでも子爵令嬢だから不便はさせないにゃ」


「は……?」


 真剣な表情で訳のわからないことを言うネココに、モモはぽかりと口を開けたのだった。


 ……やっぱり、この子の考えていることを知るにはもっと時間が必要かもしれない。

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