おまけ話「金曜日」
今日の木森家の夕飯はすき焼き。
ダイニングは、グツグツ煮える音と甘塩っぱい香りで満たされる。
「わー美味しそ♪いただきまーす」
母親と雪映は生卵を溶いて、ひょいひょい具材を摘まみ上げ。
父親は缶ビールをコップに注ぎながらボソっと呟く。
「雪代はちゃんとしたモン食べとるンやろか」
その声には寂しさと心配が混じっていたけれど。
雪映がケロっとした声で応える。
「めっちゃ食べとおで。
こないだ顔見に行ったら、狭山社長に焼肉連れて行って貰うたて言うてたし」
「社長さんと?」
「社長さんお酒呑むやろ、せやから春真が運転係で連れて行かれるやろ。
そんでおにいも一緒に呼ばれるんやて。
そん時は内装工事のヒトとかも居って、色んな話聞かせて貰うたて」
「そおなんか…何ンや大人ばっかに囲まれて。居心地悪そぉやなあ。
もおリハビリも週2通えばエエんやろ?
そろそろ家帰って来てもエエんちゃうか」
父親は電子機器メーカーの技術者。
納品やトラブルがあると、曜日関係無しに全国飛び回らないといけないから。
はっきり言って、雪代の実情についてはノータッチ。
仕事だから仕方ないと判ってはいても。
キブンだけの意見に、母親はカチンと来て声も尖ってしまう。
「おとうさん、何んで雪代が別に暮らしとるんか判ってへんの?
通院や通学の為だけちゃうンやで?
これから先んコト考えて、独りで生き行く為の練習しとるのに。
最近は何処でも電子マネー使えるから、お金視えんでも精算出来るやろ。
せやからスーパー行って、自分から店員さんに声掛けて。
手伝うて貰いながら買物したて言うとった。
後2年したら高校卒業や。
もう家と学校だけの狭い場所から、外出て行かなアカンのやで」
「それはそおかも知れんけど。
社会に出るて、そんな甘いモンちゃうで。
障碍者を雇うキマリとか有るらしーけどな、どーせ給料少ないやろし。
結局保証人必要やったり。実際に独りでやっていけるワケ無いやろ」
小さくても前へ進む一歩を喜ぶ気持ちも。
その一歩先が決して明るいモノでは無いと心配する気持ちも。
どっちも本物。
でも、せっかく美味しいすき焼きを食べているトコロなのに。
だから雪映は大きな肉を摘まみ上げて、ばくんと頬張り。
この話はオシマイな感じではっきり言い切る。
「まあ、おにいの場合。
1人言うか2人でやって行くやろから。心配も半分でええンちゃう」
「それ…どお言う意味なん?」
「どお、て。春真がずっと一緒に居るやろ、恋人やん」
いつの間にか、雪映は春真を呼び捨てで。
学校や友達のこと、モヤモヤもイライラも何んでも話す関係になっていて。
春真もあんな性格だから。
説教したり、安易にワカルーなんて合わせない。そのくせ。
聴いてナイようなのに、時にひとつだけ欲しい言葉をくれたりする。
だから雪映は春真を結構気に入っていて。
だからこそ春真がいつも誰を見て何を想っているのか気付いてしまっていた。
「やっぱりそおなん!」
春真の顔が気に入ってる母親はトキメキ交じりの声だけど。
父親は青ざめ焦った声を上げる。
「冗談やろ?
障碍者いうだけでもエライ問題やのに。
同性愛なんて言うたら、社会のはみ出し者になるやないか。
そんなん絶対やって行けへんでっ」
そのタイヘンイッパンテキイケンに、母親と雪映はくわっと本気の怒りを向けた。
「おとうさんが一番の偏見者やないのっ!」
「もお、おとうさんは肉禁止っ!しらたきだけ食べときっ!!」
「とゆーすき焼き事件があったんや」
放課後、雪映と一番仲良しのエミはまた雪代達の部屋へ寄っている。
「あははははおもろーっ!せめて豆腐も許したりぃな」
エミはけらけら笑いながら、レンチンポテトを摘まむ。
学校帰りの買い食いもイイけれど。
ここで冷食をチンして、時間気にせずお喋りするのも気に入っている。
でも何んとなく雪映ひとりだと照れ臭くて、いつもエミに付き合って貰って。
「この話で、春真がどんな顔すんのか見たかったンやけど。
何で居らんの?」
「仕事でトラブルあって、狭山社長さんと一緒に出掛けとお。
帰るん遅おなるかもて言うてた」
「ほんで。どこまでいっとおの?」
ポテトを差したフォークを雪代に持たせながらエミが話しかける。
「H市の何ンかの施設。
狭山社長さんの仕事て、この辺りだけや無うて。結構広い繋がりあるんやて。
最近は春真も神戸とか大阪まで出掛けたりしとお」
「そおや無うて。
えっちの相性とか卒業の後のコトとか、色々言うとおやろ?」
ぼとっと。
雪代の手からフォークが落ちて、セーターとGパンにポテトのソースが飛び散る。
「ええええっ何んっ!!そ、そんなコトしてへん!まだそんなっ」
「うそやろおっ!」
雪代の応えに、雪映もエミも真顔で乗り出す。
「目の前にぴっちぴちの高校生が居って我慢出来るなンて。春真EDなんやろか」
「おにい最近いっつも春真の服着とおやん?彼服アピールちゃうの?」
「知らんワっそんなんっ。
単純にオレ背ぇ伸びて、前の服キツくなっただけやしっ」
ホンキで焦る雪代の様子に、雪映とエミは顔を見合わせてしまう。
「まさか、告られてもナイん?」
「えっ」
「どおなんよ」
2人がどんな顔をしてるのかは視えなくても、圧と言うのははっきり判るモノ。
そして今自分がどんなに顔を沸騰させてるのかも。
握り締める手が汗ばんでいるのも。心臓が跳ね回ってるのも。
2人は視えているワケだから。
モゴモゴ歯切れ悪く雪代は白状するしかない。
「それは、まあ。
何ン言うか…ずっと、隣に居るて言うとるけど…」
「ちっ!それだけなん?根性無しやなあ春真も~」
「つーかコドモっぽいンちゃう?言わんでも判るやろ的な。
結構遊んどぉ風やのに。その辺を手抜きしたらアカンやんなあ」
「結構遊んどるからかも知れんな。
匂わせといてエエトコ取りゆーか。ほんまに大丈夫なん?
それこそ、おにいも何ンも言うてへんのちゃうのぉ?」
段々、雪映もエミも恋バナを楽しむ雰囲気になってるけれど。
ところどころ突き刺さる要素を感じる雪代は、口をへの字に曲げて真っ赤っか。
これ以上イジメると、今度はヘソまで曲げてしまいそーなので。
雪映とエミは、この辺にしといたるかと密かに笑うしかない。
「なあ今度ここでケーキ焼こ。
来月バレンタインやん。チョコよおけ入れてずっしりしたヤツ作ろ」
「それエエなあ。
泡立てる作業とかシンドイのんは、おにいにして貰うて。
初心に帰ってやな、真向勝負や。
このチョコ受け取る覚悟有るかーて確認してみよおや」
話の方向性が変って。
やっと雪代も言葉が出て来る。
「春真は、甘いモン苦手やで」
「知っとおワ。春真はひとくち飲み込んだらもおエエねん」
「残りは三等分な」
「ジェラードはバニラだけや無うて。ベリー系の酸っぱいのんも乗せよな」
「オレンジも合うで」
「サイコオやなあソレ。
皿の真ん中にチョコケーキ。周りにぐるっとジェラード添えよ♪」
こうして恋バナはスイーツバナへと満開になって。
雪映とエミはバスの時間に合わせて部屋を出ると、続きをおしゃべり。
「なあなあ、材料もなクーベルチュールチョコのエエヤツ用意して。
めっちゃ美味しいケーキ作ろな」
「えー?春真ン為にい?」
「ちゃうで。私らの為にやん。
もしかしてワンチャン有るかなーて思うとったけど。無効試合確定やし。
せめて美味しースイーツで癒さんと。
私もこっそり、春真エエなーって思おとったんや」
にこっと笑うエミに、雪映は苦笑を返すしかない。
「そおやな。こーゆー時こそスイーツと親友やなっ」
2人はガシっと腕を交差して。ぎゅっと互いの温かい手を握った。




