おまけ話「水曜日」
今は別クラスだけど、雪代は前川・高玉と一緒に下校することが多い。
中学の時は同じクラスだったし3人とも本好き。
放課後になると空き教室に居残って、お気に入り作品の感想を言い合ってた。
でも。
慣れた通学路とは言え、今の雪代は白杖を使っての移動に時間が掛かるから。
とりあえずバスで駅まで行って。コンビニや駅前ベンチでダベって解散。
それから雪代はシェア本屋へ行って、補助器具を借りて読書していたけれど。
春真と暮らし始めてからは、まっすぐ部屋へ帰るようになった。
コンビニチキンをぱくつきながら前川が訊く。
「居候生活は上手く行っとおん?」
「えー?まあフツー」
「普通う?全然他人といきなり一緒なンやで。
気ぃ遣うたり、気に障るコトとか色々有るやろ?しかもそれが毎日とか。
オレやったら絶対無理やワ」
「ん-せやけど小鉄は大雑把やからなあ。
全然細かいコト気にせえへんし。結構気楽にやっとるで」
「共通の話題とか無いやろお?飯食べてから後はどぉしとるん?」
「えー?」
(どお、て…)ふわと受け流していた雪代もさすがに言葉に詰まる。
前川と高玉の表情を視ることが出来ないから。
2人がどんな興味度合で質問してるのか測りかねるけれど。
2人の性格からすると、単純に自分を心配してくれてるのだと思う。
でも、だからと言って。
(言えるワケ無いやんか~)
心臓が汗をかいてしまいそうな動揺を、雪代は必死で押し隠す。
「あーえっと。
今はオレのギプスのせいで結構いろいろ面倒で。
気ぃついたら時間経っとって。すぐ寝る時間なってまうカンジ」
「そっかあ。最近のギプスはガラス繊維とか素材良おなった言うけど。
濡らさんよーに風呂入るんも大変やんなあ」
「そおやねん。
着替えするンも結構大変やし。生地伸びるジャージでも邪魔クサイで」
えへへと誤魔化し笑いをしつつ雪代は話を合わせる。
そう。始めは体育ジャージで通学していたけれど。
春真が洗い替え用の黒ジャージを買って来てくれた。
それを着て登校した時、クラスの評判は上々。
「おー!それエエやん。ダボついてへんし形良えなあ」
「さすがにあの古い体ジャーはヨレヨレやったもんな」
「コレどこで買うたん?
昨日のちょお紺色が混じっとるみたいなンもカッコ良かったけど。
このサイドに灰色ラインが1本つーのンも良えなあ」
雪代自身は視えないから、何がどう違うのか判らない。
でも、何度か部屋に遊びに来た雪映とその友達によると。
春真はかなりオシャレらしい。
かと言ってブランド固めでも無いし、イマドキ風ばかりでも無い。
ただ自分の好みがハッキリしてて、チョイこだわりのある着こなし。
休日ならピアスやアクセサリーも必ず着けて。
何が自分に似合うのか、キブンを上げてくれるのかを判ってるセレクト。
そんな春真が選んでくれたのだから、まあ悪くはナイはず。
そう雪代は思っているし、実際着てみるとサイズもぴったり。
だから珍しく素直にありがとなんて伝えてしまうと。
「そらそおや。
誰よりもオレが、雪代の身体ンこと知っとるからなあ」
「すけべは言い方すんなっ」
「前よりちょおっと肉付き良おなったけど。
ほらなあ、まだ腰骨が出とって。ウエスト66か68くらいやんな」
そう言いながら背中から抱き締めてきて、あちこちぺたぺた。
おまけに首筋にキスキスキス。
「だーーーっ!!んのあほっ!すけべっ!変態っ!離せぇ」
「あかんあかん。手ぇ離してひっくり返ったら、また大怪我や。
大事に大事にベッドへ運ばせてイタダキマスう」
そんなカンジでじゃれ合って。
最後はうっとりするようなキスを長く長くして貰って。
おやすみ、と頬を撫でてて貰う。
そうすると。その日何か心がチクチクするようなコトが有ったとしても。
棘はいつの間にか溶けてしまって。
エエ気分やなあ…と思いながら、ぐっすり眠れてしまう。
だからこそ。
(そんなコトこの2人に言えるワケ無いやんか~)
気持ちは焦るけれど。
友達の心配も有難いコトだし、雪代はちょっと真面目な顔を作り直す。
「そのぉ上手く言えへんけど。
家や学校やとやっぱ『前は視えとったのに、視えンよおなって大変や』て。
気遣うて貰うコト多いやん?
せやけど小鉄は、視えてへんオレしか知らんせいか。あんま言わんねん。
『あーそおなんや』って感じでサラって流してまうねん。
それが却って軽うてユルーい空気で居られるンかも」
「ふううん」
「そおゆうモンなんかあ」
「まあそれに。一時的な居候やからな。
上手く行かへんなったら、いつでも家戻ればエエんやし。
そんな深ぁに考えてへんもん」
「そおやな」
「けど、そおなる前に。何ンか困るコトあったらいつでも言いや」
「せやで。話何ンでも聞くからな。協力出来るコト有ったらするしな」
「うん。ありがと」
そうしていつものように、駅へ向かう2人と別れる。
片松葉杖に白杖と言うぎこちない体勢で、雪代はゆっくり部屋へ向かう。
駅前からほんの数分の距離だけど。今日はすごく遠く感じてしまう。
(一時的な居候て、自分で言うといて。
こんなに重い言葉とは思わんかったなあ。
ギプスが取れて普通に歩けるよおなったら。
親とか狭山さんからは何ンて言われるんやろ?
小鉄は何ンて応えるんやろ?オレは何ンて言えばエエんやろ…)
その答えが自分に見えないのは、視えないからだと思いたくて。
雪代はぷるぷると頭を振ると、自分達の部屋へ1歩1歩進んだ。
「はあ。ホンマに何ンて言えばエエんか。黙っとくんに苦労したワ」
「うんうん。せやけど今はまだアレコレ言う時ちゃうからな」
空いてる車両に乗り込んだ前川と高玉は、頭を掻き掻き苦笑する。
ほんとに何度ツッコミたくなったコトやら。
居候ちゃうやろ?単なる同居?いやいやソレ同棲やん!
そう言ってしまいたくなるほど、今の雪代は毎日楽しそうだから。
いくら学校や授業のフォローが整って来たとは言え。
本好き同士ずっと一緒につるんでいた前川と高玉からすれば、当然ながら
発症してからの雪代はすっかり変ってしまった。
不安や失望を見せないようにするせいで、表情も喋りもトーンダウン。
お気に入りの作品を語る熱はすっかり無くなってしまって。
3人でダベっていても、小さく笑って相槌だけ。
どれだけ重い現実が雪代に圧し掛かっているのかを2人は感じてしまう。
例えば。
そんなん目ぇ瞑っとっても出来るワ、なんて言葉が有るけれど。
そんなん大ウソだと知ってしまった。
瞑っていても瞑ってなくても視えないのは、すごい恐怖だと知ってしまった。
いつだって雪代は、恐る恐る不安そうな表情と動作で。
ひとつこなす毎に、緊張と疲労のタメ息で。
その様子を2人とも直視出来なくて辛くて。
雪代との間に、距離と遠慮が出来てしまっていたけれど。
ある日カバンからはみ出る、もこもこネックウォーマーを見せられて。
「今なあ本屋からの帰り、バイクで送って貰うとンや。
びゅうて風切ると、何あンか色んなモンどっかに吹き飛んでもて。
めっちゃ爽快なんや~」
そして久しぶりの全開な笑顔を見せて貰えて。
その時、前川と高玉は思ったのだ。
不安や緊張から雪代を解放してくれるのなら。
少々チャラ男でも、いきなりメンチ切るよーな男だろうが。許そおやないか。
余程のコトが無い限り口出しせず見守っとこおと。
それが今のところの2人の結論になったのだ。
「もお元通りとか以前みたいにとか、無理やもんな。
ほんなら別のやり方でも。木森が楽しいンやったら、それが一番やんな」
「そおやんなあ。
前は前。今は今。木森は木森。ホンマそれだけや」
ずっと胸に詰まっていたモノが溶け出て。2人とも軽く笑う。
「そおや、おまえの姉ちゃん腐女子やん。
そーゆー系ので、何ンつーか協力の仕方とか書いとお本無いん?」
「姉ちゃん悲恋系やからなーハピエン有るやろか。
そーゆージャンル今までバカにしとったけど、全然行けそーな気ぃするな。
一度読んでみよおで。お薦め本借りて来るワ」
文字好き2人は大真面目な相談顔だけれど。
フィクション引用知識は大抵「よけーなお世話」になるので要注意です。




