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しぃーそぉし~ん  作者: おきついたち


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2/6

2.saw

雪代の席は教室の一番後ろ。周りの席とは少し離してあって。

教壇に付けてあるミニマイクで授業の内容を録音して。

このクラスだけはデジタルホワイトボードを設置して。

雪代は音声とボード画像をデータで毎日貰えるコトになっている。


この誠心学院は自由な校風がウリ。

ほとんどの学校行事は生徒会や委員会が主体で動くし。

活動時は中高6学年を縦割編成して、学年を越えた繋がりも深いし。

その関係の延長でOB会ともしっかり連絡網が継続している。

だから雪代が発症した時も。

学校生活を継続する方法を多方面から試行錯誤して。

OB会からの資金援助も活用して、1年掛けて今の状況まで造り上げた。

以前にも、事故で生徒が歩行困難になった時は。

校舎を改築してバリアフリー化を進めたこともある。

地方都市の古い男子校だけど。思い切りの良い学校だったりする。



「木森ぃ。ちょお話してエエかあ」

ちょいちょいと肩を叩かれて、雪代はイヤホンを外す。

午前中の授業内容を聞き直していた昼休み。

「うん。何ん?」

雪代の机を取り囲むようにクラスメイトが集まる。

「日曜モール居った?」

「うん」

素直に雪代がこくんと頷くと、みんなして複雑な顔を見合わせる。

「一緒に居ったン誰なん?」

「こーゆー言い方ナンやけど。ダイジョウブな人なん?」

「へ?」

心配が滲む声に囲まれて、雪代の方が戸惑ってしまう。

日曜一緒に居たのは春真。

いつもの送迎コースじゃない、ちょっと遠くまでツーリングに行って。

すっかり手足の先も身体も冷え切った帰り道。

モールに寄って熱々のうどんや串焼きとかお腹いっぱい食べて。

給料出たんやとご機嫌な春真からモコモコで分厚いネックウォーマーを貰った。

確かにツーリングの時、普通のマフラーだと風が抜けて寒かったから。

雪代はありがたく受け取って。今もカバンの中に入っている。


春真はちょい乱暴な話し方だし。強引に雪代を引っ張り回してるのは事実。

でも雪代だって遠慮無しに言い返すし。その腕をベチンと叩き返しても。

春真は笑う。

春真はどつき返して来る。

春真はすっかり気遣い無しなって、やりたいよーにしてくるから。

雪代もやりたいよーにやり返す。

だから日曜は楽しかった。たくさん喋って笑った。



なのに改めてそんな風に訊かれると、雪代の胸に不安が芽吹く。

(何ンやろ…周りから見てヘンやったんかな…)

モール内は混雑していたから白杖を持っていた。

自分が歩く為と言うより。

カートやベビーカーを押す人達へ示して、ぶつからないように。

膝辺りに出っ張るカートとの距離感は未だに測るのが難しくて。

でも春真は何も言わないし、トラブルは無かったように思うけど。

自分が視えてないだけで。誰かに迷惑を掛けていたのかも知れない。

その思いはいつだって頭の片隅にこびりついて消えるコトは無い。


「ほらコレ。な、こんなカンジやんな」

「あ!ほんまやこんなカンジや」

検索結果を映すスマホをみんなで覗き込む。

もちろん雪代には覗き込む意味が無いし。そもそも不安で固まって動けない。

握りしめた手にじんわりと汗が滲んでくる。

「オレこれ知っとおで。ウチのばあちゃん全シリーズDVD持っとおもん」

「あれやんな。トランペットがぱらぱーって始まるヤツ」

「おー!アレかあ!!」

ぎゃはははは!と急に明るい笑い声が弾け飛んで。雪代は益々困惑顔。

「え…何ん…?」

ひーひー笑いながら、やっと1人が説明し始めると。

みんなして賑やかに盛り上がる。

「木森、時代劇の必殺シリーズって知っとお?」

「知らん。時代劇て水戸黄門しか知らん」

「そおやろな。木森は元々本読みやもんな」

「ドラマの登場人物によお似とるねん。木森と一緒に居った男」

「小鉄が?」

「な。シュて鼻筋通っとって顎細おてキツネ目で。イケメンやんな」

「まー日曜のンは革ジャンとピアスでチャラかったけどな」

「オレらが木森ンこと見とったら、めっちゃ睨んで来たしなー」

「そおやで。オレら気になって少しの間後付けとったンやけど。

木森がフツーに喋っとったから、知り合いなんかなーて」


わあわあと情報過多の中、雪代はぼんやりと想像してみる。

バイクに乗る時しがみつく春真の胴回りは細めだけど硬くて。

優気と一緒に剣道場に通っていたらしいから、きっと細マッチョ。

そして自分の頭より上から声が降って来るので、結構背は高いはず。

(キツネ目?イケメン?そおなん?)

あれこれ春真の外見を説明されても。猫の小鉄しか思い浮かばない。

(はは…ニンゲンの顔ちゃうやん。TV観とけば良かったンかなあ)

毎日送り届けて貰って、たくさん喋ってるのに。

指に残る三日月傷跡の感触以外は、全部自分の思い込みな気がして来て。

苦さがこみ上げて来るのをぐっと堪えて、雪代は笑顔を作る。

「顔は知らんけど。

素性は大丈夫やで。駅前の狭山さんの親戚やねん」

「あの大地主のー?」

「ウソやろ。あんな軽そーな男があ?」

ほんまにぃ?とクラスメイトは不信そうだけれど。丁度チャイムが鳴って。

ほんならダイジョウブかあ。まあ無茶はせんやろとそれぞれ席に戻った。




その晩は母親のパート仕事が無い日。雪代と母親2人で夕食を食べ始める。

「雪映は?」

「まだお腹空いてないンやて。後で食べるて」

「ふうん。ほんならお先にいただきます」

雪代には双子の妹がいる。

学校も違うし。趣味が読書な雪代と違って、雪映はスポーツやお出掛けがスキ。

だから元々そんなに干渉し合う仲では無かったけれど。

1年前雪代が発症してからは、はっきりと避けられているのを感じてる。

病気が理由なら、どうするコトも出来ないし。

ただ距離を置いて地雷を踏まないようにするしかナイ空気。

「なあ、かあさん」

「ん?」

「昔のドラマで必殺シリーズて知っとお?」

「えーなに?急に。知っとおなんてモンちゃうで。

私ら世代はみぃんな夢中で観とったで。勧善懲悪ストーリーはまあ置いといて。

ぱっとせん主人公の周りを華やかなメンバーで彩ってなあ。

テーマ曲が流れたら、来た来た来たあ竜様あて画面に噛り付いてなあ」

お気に入りの場面を思い返して母親はウキウキと楽しそう。

その明るくはしゃぐ声に、雪代にも笑みが浮かぶ。

いつも母親との会話と言えば。

授業付いて行けとお?前より視えにくくなってへん?その怪我またコケたん?

そんな心配の言葉ばかりだから。

「本屋で知り合うたヒトがな、そのドラマのイケメン俳優に似とるんやて」

「えーほんまにぃ?会うてみたいワぁ。今度私も本屋寄ってみよかな」

「そおやな。言うとくワ」

適当に話を合わせながら、雪代はちょっと考えてしまう。

(チャラいとか軽そーて言われとったからなあ。

春真と会うたら、かあさんどない思うやろ…)

今だってバイクに2人乗りしてるコトは言えてない。

同じバスルートのヒトと一緒に帰っとるから安全やと言ってるだけ。

ついでに前田店長や優気やエリオとも知り合いの人、と信用出来る名前を並べて。

そうでもしないと。

母親はまた心配して、パートの後迎えに行くとか言い出しそう。

そもそも母親がパートを始めたのは、雪代の治療や検査費用のためだから。



発症当時、家の空気は最悪だった。


明日も明後日もチャリで学校行って、友達とダベって笑って。

将来とかまだ考えてナイけど。文系科目は得意だし、本なら何んでも読むし。

とりあえず受験は文系コースにして編集とか編纂とか学べたらエエかも。

まあ、もう少ししたら具体的に考えて。今日はとにかく遊びに行こ!

そんなカンジだったのに。

治療法の無い遺伝性の病気と診断されて。

この間まで視えて知っていたものが、輪郭を失い遠くなって。

世の中が怖いモノだらけになって。自分だけ日常から締め出されてしまって。

どうしたらイイか解らないのに、生きないといけないなんて。

「今まで」は強制終了。もう自分に「続き」は無いんだと思うばかり。


そしてそんな現実は、雪代だけでなく家族みんなにも降りかかって来て。

両親は、息子の将来を心配して頭を抱えタメ息の毎日。

この病気が母親から遺伝すると知った雪映はパニックになるし。

「私も視えへん成るかも知れんの?

私が病気に成らんでも。将来子供出来たら、その子に遺伝してまうん?」

発症するかも知れないと言う恐怖に、雪映はずっと追いかけられていて。

家族それぞれが自分の苦しみに沈んでしまっていた。



そんな時に、家族以外のトコロから少しずつ優しい空気が吹き抜けて。

1年掛けてやっとゆっくり木森家は再機能し出した。


転校なんかすんな!一緒に卒業しよおやとクラスメイトと学校が動いてくれたし。

通ってた本屋は補助器具や電子図書サービスを揃えてくれた。

そのお陰で、雪代は1歩を踏み出せたけれど。

雪映だけは今でも雪代を避け続けている。




仕事が終わると飲み物を買って、春真はまっすぐ本屋へ向かう。

そして奥のスペースで前田店長や雪代と雑談して。

ドリンクを飲み終わったら、ほんならまた明日と2人で駐車場へ行く。

エリオは留学準備で忙しくなってしまって最近は週2回くらいしか会えない。

「このタイミングで春真くんと知り合えて良かったやんな」

なんて前田店長から言われると、雪代は複雑なキモチになる。

まるで自分の面倒見係が必要だと言われてるようだから。

どうやったって自分はヒトリじゃ危なかしくて、心配されるばかり。


「なー雪代」

春真は雪代にヘルメットを被せた後、顎のストラップを調整してやる。

ネックウォーマーがモコモコ過ぎて引っ掛かっていた。

「そのー何ンつーか。もしオレが邪魔な時は言うてな」

「じゃま?」

「ガッコの友達とか他に遊びたいコとか居るんなら。邪魔やろ」

「何ン?急に」

唐突な話題に、雪代はキョトンとしてしまう。

「いやーこないだモールで飯喰った時。

雪代ンこと見とるコぉらが居って。何ンも考えんとメンチ切って貰うたけど。

後んなって、もしかしてガッコの友達やったんかなて思うて。

オレが連れ出さんかったら。雪代も友達と遊んどったんかなーて」


(こーゆーの、めっちゃ困る…)

雪代は分厚い手袋をもごっと握りしめる。

もし春真の表情が視えていたら。

白杖を持つ自分と歩いてるのが恥ずかしいと言う顔とか。

もう面倒見係を終わりにしたいと言う顔をしてるとか。

言葉だけでは測れない春真のキモチが解ったかも知れないけれど。

視えないから解らない。

解らないから近付けない。

雪映との距離も同じ。ホントノトコロが解らなくて、踏み込めなくなって。

遠いまま終わってしまう付き合いを、雪代は何度も経験してきた。

(小鉄とも、そんなカンジになるんかな…)

突然むちゃくちゃな感情がぶわっと噴出して。

その勢いのままに雪代は思い切りわめいた。

「あほかーっ!

似合わん気遣いとかすんなーっ!訳判らんくなるやろっ。

バイクに乗せたあ無いんやったら、そお言えや。バスで帰るしっ。

一緒に居たあ無いんやったらサイナラでケッコウや。

面倒見係なんて居らんでも、何ンとでもなるワっ。

どおせ誰かに迷惑掛けてしか生きていけへんのやからな、オレはっ」

「何突然キレとおねんっ。あほはそっちやろ!

オレそんなコト一言も言うてへんやろがっ」

人気の無い駐車場で2人分の大声が響く。

「そおやで。そーゆーモンなんや。

言うとおコトと、思うとおコトは別に有るんや。

せやけどオレには片方しか判らんもん。聞くしか出来ひんもん。

こっそり思うとおコト有るなら、もお全部はっきり言えーーーーっ」


雪代の頭の中はひっくり返ってごちゃごちゃ。

いつも心配そうな声の母親や、病気への恐怖と自分を同一視する妹。

以前と同じように「してくれてる?」クラスメイト。

疑い出したらキリが無いのは解っているけれど。

聞こえる言葉にだって色んな意味が含まれているのは解っているけれど。

もし正解を知っても、不安や怖さが無くならないのは解っているけれど。

もう何も考えられなくて、考えたくなかった。



ごっ!と額が突然重くなる。

頭突きと言う程激しくはナイけれど、それなりの衝撃で奥歯がガチっと鳴る。

春真の熱い息を頬の辺りに感じて、雪代は硬直する。

「言うたなあ~。

ほんならよお聴け。オレが思おとおコトはヒトツや。

頭良おないからな。一度にあれこれようけ考えンのも。

考えてへんコトを喋るとか、器用なことはよおせん。

ええか。エリオも優気もよおやっと居らんよーになったんでな。

どないしたらオレが雪代の隣に座れるかをずっと考えとる。

ガッコの友達と遊びたいンやったら、構わへんそおせえ。

学生ン時はそーゆーモンや。せやけどそれ以外の時間はオレで埋めえ」

「なんやそれ…」

「しゃあナイやろ。

もおオレ、雪代ンこと気になってしゃあナイんやから。

そんでなあ。

気になっとるコトを認めて。気になるままに動いとる今のジブンが。

結構気に入っとる。これからもずっとそおするつもりや」

「何んやそれ。小鉄の自己満に、オレが付き合わされとるんか」

「何て、それフツーやろ。

誰かて自分のコトしか解らんし、自分しか動かせへん。

相手の考えとおコトなんか解らんし。相手にこお動けて期待してもハズレるやろ」

頭突きの重みで崩れそうな雪代の身体を、春真はがしっと抱き留めてるけれど。

大混乱中の雪代は、頭の整理に必死でされるがまま。


ただ、急に気付いてしまった。

これまで通りの生活を環境を安全を。身近なヒトがいくらそう願ってくれても。

これまで通りでやって行けないコトは、自分がよく解ってて。

これまで通りを諦めて。

春真と出会ってからは、新しいやり方を考えたくなっていた。

空は視えなくても、締め切られたままの窓を開放して新しい空気を吸い込みたかった。

ツーリングの時みたいな爽快感。

春真の背中にしがみつけば、それが出来るような気がしていた。


「て」

「ん?」

「手伝うてくれるか?」

「何を?」

「自分の思う通りに動く、コトや」

「しとるやんか」

「あほ。オレはいつでも周りに迷惑掛けんよーにて遠慮しとるワ」

「へーそれは知らんかった。

そんなん言わんから。そおしたいんか思うてた。

オレにはそーゆーん通じんからな。言うコトと思うコトはセットにしとけ」

目の前に居る春真がどんな顔をしてるか判らないけれど。

もう「ほんとはどう思ってるのか」を考えない考えなくてイイ。

雪代はぎゅうっと春真に抱き着いた。

「手伝うてくれるンなら。隣に居ってもエエで」

「よっしゃケーヤクセーリツやな。本屋でも誰も隣座らすなや」

ぐりぐりと額の三日月を押し付けてくる春真の体重は重いはずなのに。

何故か雪代の身体は軽くてゆるくて。ほわほわ浮き上がりそうだった。




そんな大声叫び大会の後、バイクで送り届けて貰って。

いつも通り小さな公園の駐輪場で雪代はバイクを降りる。


「え?おにい?」

不信感いっぱいの声が公園の方から転がって来て。

雪代を補助していた春真も顔を上げ、その方向を見る。

女子学生4人が固まっていて、お喋りを中断してこっちに注目していた。

「雪映なん?」

久し振りに聞く妹の声から棘を感じて、雪代は少し緊張する。

「バイクに2人乗りて。

視えてへんのに。そんな危ないコトしとおの、お母さん知っとるん?

何んでいっつも心配掛けるコトばっかすんの?」

怒りを含む声を跳ね返すように、春真は雪代の前に出た。

「オレが運転しとるンやから、目ぇは関係無いやろ。安全運転しとるワ」

「小鉄、乱暴な物言いしぃな」

「わかっとる。アレ雪代の妹なんか?」

「あれとかゆーな!」

もこもこネックウォーマーに埋もれて、大きな瞳だけが覗く雪代と。

雪代がつかまり易い細身の防風皮ジャケット姿でスラリと立つ春真。

駐輪場は公園から階段を上がった1角にあるから。

街灯の下に並ぶ2人を見上げると、暗影でまるでモノクロ映画の1シーン。

おまけにハーフヘルメットを脱いだ春真がキツネ目でJK4人に視線を送るから。

(ちょお何ンかカッコええやん…)と4人は顔を見合わしてしまう。


春真は小さく息を吐き出して、気を取り直すと。ガンバって優しい声を出す。

「ダベんの楽しーのん判るけど。もお暗いし冷えて来とおし。

そろそろ解散せえへんか?明るい表通りまで、みんなで行こおや」

そしてくるりと振り返ると、踏ん反り返って雪代に言う。

「コレでえーやろ?オレめっちゃ紳士やん」

「その一言で台無しやん」

クールな春真に、カワイイ系の雪代がツッコむから。JKはくすくす笑う。

「雪ちゃんのお兄さん、めっちゃカワイイ顔しとおな」

「うんうん。隣のヒト誰?何ンかええコンビやなあ」

でも笑ってるのは雪映以外の3人で。

雪映は唇を嚙みしめて、ギッと雪代を睨みつけた。

「おにいは、いっつもそおや!

顔がカワイイからて、同情されて。周り全部自分の味方にして貰うて。

そおやって自分ヒトリ得する生き方しとる!

おにいのせいで私はいっつも損してまう!」

「ええ加減にせえよ」

雪映の叫びが具体的に何を意味するか判らないけれど。

春真の頭は沸騰してしまった。

ゆらりと感情を立ち昇らせた春真が1段2段と階段を降りて来るから。

雪映は逃げるみたいに階段を駆け上がり、春真の横をすり抜ける。

けれど、そこには雪代が居て。足音の方へ腕を伸ばして来た。

「雪映?ちょお待って…」

「もおイヤや!全部おにいのせいや!」

そう言って振り払った弾みで雪代の体勢が崩れた。

そして階段の手摺に腰がぶつかって。ぐるんと身体が回って。

手摺の外側にドサリと落ちて。

ほんとに一瞬の出来事で、誰も固まったまま動けなかった。


きゃーーーっ!!落ちたーーっ!雪映の友達の悲鳴が響く。

「ゆきしろっ」

手すりを飛び越えた春真が雪代を抱き起すけど。

だいじょうぶか?なんて言えなかった。

一回転して地面に叩きつけられた左足首は変な方向に曲がっていて。

ソックスが膨らんでいるのは、折れた骨が飛び出しているから。

雪代は苦痛に顔をゆがめて、ぎゅうっと春真の上着を握りしめる。

「ゆきえの、せいちゃう、から…」

そんなコトを言われると。春真も歯を食いしばって応えるしかない。

「わかった。わかっとる」

「うん…」

それがこの場での精一杯だった。





救急専用の薄明るい待合室でヒトリ春真は俯いていた。

数人の足音と話声が近づいて来て、春真は立ち上がる。

「義武叔父さん」

「おう。ここ居ったんか」

「雪代は?」

「丁度整形外科の医師が当直やってな。すぐ手術出来たそおや。

無事終わって、もお病室入っとる。今晩は入院や」

義武叔父の説明を聞きながらも。

春真の視線は冷たく厳しく、親の後ろに隠れてる雪映を貫くから。

義武叔父は諫めるような重い声になる。

「春真。こちら雪代くんのご家族や」

「すんませんでした。オレ隣に居ったのに、怪我させてしまいました」

「いえ!そんな。気にせんでください事故ですから。

あの子目ぇ悪いから、どれだけ気を付けとっても。いっつも危なかしいて」

(なんやとぉ。雪代が悪いコトなんていっこも無いワ!)

またまた春真の頭が沸騰しそうになったけれど。

それすら抑え込むような圧の視線で義武叔父が見下ろすので。

とりあえず春真は言葉と怒りを飲み込んで、そのまま頭を下げた。

「それでな。

ご両親と相談させて貰うてな。

雪代くんが松葉杖無しになるまで、事務所ビルの部屋使うて貰うことにしたんや」

「へ?」

「おまえに住んで貰うコトになっとる部屋や。2人なら十分な広さやろ。

とにかくバス停がすぐ近くやからな。通学も通院も便利で安全や。

生活の不自由さを補助するンも力仕事やから、おまえがしたり。

怪我させた責任取りたいやろ」

「あ、はい!そらあオレに出来るコト有るンやったら。手伝いたいですっ」

咄嗟にそう応えながら。

春真の頭の中は?マークだらけ。

(事務所ビルに住むう?いつの間にそんな話なったんや?)



麻酔でぐっすり眠っている雪代を見届けて。

春真は義武叔父と病院の駐車場へ向かう。

「こんな夜中なってもて。すんませんでした」

「いや、おまえにしては上出来や。よお俺呼ぶて思いついたな」

「あー…兄妹のコトやから。オオゴトにせん方がエエか思うて。

オレがガキん時、警察の世話ならんかったのは義武叔父さんのお陰やったし」

「ははは。もみ消し役みたいな言い方すんな。

バイク取りに戻るンやろ?乗り。送るワ」

「えっすんません。何から何まで…」

公園で救急車を呼んで、春真はそのまま付き添って病院へ入って。

雪映は自宅へ戻り、両親と一緒に後から病院へ来た。

状況からすると春真は部外者だけど。そうするしか無かった。

雪映は、雪代に付き添うことを嫌がったし。

春真は痛みを堪える雪代を離せなかったし。

でも事故の状況を思い返すと、春真は冷静で居られる自信が無くて。

義武叔父へ助けを求める電話をしてしまった。


ゆっくりと車を走らせながら義武叔父は話す。

「雪代くんのご家族から色々聞いたけどな。

妹さん、彼氏にフラれたそうや。そんで友達が慰めに集まっとったらしい。

家族に障害者が居るような重い事情持ちとは付き合えへんて言われたんやて。

あんな年頃の女の子にはキツイ理由やんなあ。

それで無くても、自分の発症とか不安やろに」

「え?うつる病気なん?」

「おいおい。ちゃんと勉強しときや。雪代くんのコト解りたいんやろ」

「はい…すんません」

高級車の広い助手席で春真は縮こまってしまう。ほんとに義武叔父は敵わない。

「ご両親もよお頑張っとるけど。

時にはなあ、家族だけで何んとかしよて固め過ぎんと。

外から違う風を入れた方がエエ時もある。

特に、治るとか元に戻るとか出来んコトなら猶更や。

行き詰って何ンも見えんくなるからな。

一生モンとして付き合って行く方法て、頭柔わあ無いと見付けられん」

「はあ」

(ハナシが難しいて、何言いたいンか判らん)

春真の眉間にシワが寄って三日月がへしゃげる。

「そーゆー時は抱きかかえ過ぎんと、一旦手離すとエエんや。

近くに居るとな、相手への感情がすぐ跳ね返って来てイライラばかり積もってまう。

距離があるとな、相手に届くンも返って来るンも時間掛かるから。

腹立つ前に頭冷めるコトが出来るんや」

「ソレて!親やのに、雪代にイライラしとおて意味なんか?

雪代に悪いトコなんて無いんやで!」

「まあたそンなこと言うて。おまえまで勘違いしてどないするンや。

重い病気なんや。重過ぎて、家族でも受入れるンが難しいのは当然やろ。

けどソレは雪代くんを否定しとるワケちゃう。理由と相手は別にせんと。

同んなじように、妹さんが悲観的になるンも解ったり。

妹さんを悪者にしたら、それこそ雪代くんが苦しむで」

そこまで諭されると、さすがに春真の頭も冷めるし。

更に雪代が妹を庇っていたのも思い出すと。

失言の二文字が圧し掛かって来て、春真は無言になる。

「お。バイクあれか。奥まで入るとUターン出来んから、ここでええか?」

いつの間にか例の公園近くに到着していて。

慌てて春真はヘルメットを持って降りる支度。

「すんません。あのほんまに色々とありがとおございました」

もう義武叔父へ反発とかすっかり無くなって。

春真は素直に深く頭を下げた。

「おう。

あ、そおや。事務所上の部屋の話な、流れで思いついたんやけど。

悪い話ちゃうやろ?

今物置になっとるからな。雪代くんの退院に間に合うよお片付け頼むワ」

にまっと、義武叔父らしくない悪ふざけ風な笑い方に見えたけど。

それこそ望むトコロで、春真に断る理由なんてヒトツも無い。

車を降りると春真はもう一度深々と頭を下げて。

他の車のテールランプに混ざって区別が付かなくなっても、ずっと見送った。




「こーゆーぎゅうぎゅうのアカンで。

1回出すと、同んなじ場所しまいにくいやん。

決まった場所に決まったモノ片付ける、が基本やで」

「へーい」

明日から退院した雪代がこの部屋で暮らすことになる。

文字通り、寝ても覚めても雪代が一緒♪そう思うと春真はニヤケ顔。

手伝いに来てくれた前田店長からやり直しを指示されても気にならない。

以前は義武叔父が仮眠室として使ってた部屋だから、生活道具は揃ってるし。

なんと家賃光熱費はタダ。

その代わり、春真は駅前通り商店街組合に参加するコトになったけれど。

仕事で店舗管理情報をまとめていると、逆にもっと知りたくなっていたから。

(丁度よかったワ。色々ナマ情報教えて貰お)なんて思ってた。

「前田さん、読書補助器具ココ持って来てもて。店は困らんのですか?」

「だーいじょうぶ。

なあんと!最新型を4タイプ買うて貰えることなってん」

「ひえっエライ出費やん」

「以前から準備しとったんやけど。

病気だけやなくて、学習障害とか老化で視力低下とかな。

色んな状況での読書方法を考えよう会がやっと始められるンや。

店の奥スペースも改装するんで。雪代くんの居場所がココに出来てよかったワ」

活き活きとした顔つきで片付けを進める前田店長を見ると。

今の春真なら、自然と言葉が出て来る。

「もしオレに手伝えるコトあったら言うてください、何ンでもするんで」

「うん。めっちゃ助かる。基本DIYやから、力仕事頼みたいワ~」

「本屋やのに色んなコトするんやなあ」

思わず春真が笑うと。

前田店長もふふふと楽しそうに笑う。

「オレ若い頃は東京でSEしとって。連日徹夜で毎日カップ麺生活で。

ある日、貧血で地下鉄のホームから転げ落ちてなあ。

運良くホーム下の避難スペースに身体寄せて、死なんかってんけど。

鼻先で通過電車の轟音浴びて、オレの意識壊してってなあ。

絶対死んだて思おた。

そんで駅員さんに助け出された時、もう一度生きなアカンて思おたんや。

それから貯金無うなるまでアチコチ旅して、ココ行き着いて。

直ちゃんと会うて。狭山さんから仕事貰うて。

そしたら毎日がな、何ンかをするとはちゃうくて。生きる、になってん」

「え…と」

いつも本屋で雑談しかしない前田店長からの不意打ち話。

春真はどう反応して良いのか判らないけど。

そんな春真に、前田店長はいつもののんびりした笑顔を向ける。

「もお雪代くんを放っておけへんやろ?一緒に頑張りな」

まあ前田店長には、雪代への想いはバレてると思っていたけれど。

背中を押して貰えるとは予想してなかったから。

春真はへへへと照れ笑い。

「はい。めっちゃ生きてやります」




身の回りの物だけ持って、ギプスを着けた雪代がやって来た。

母親と妹も付き添って興味深そうに部屋をきょろきょろ見渡す。

「まーあ良え部屋やあないの。

ドアとか仕切りが少ないから、壁伝いで移動出来るで。ほら」

元々、事務机やキャビネットを置く造りだし。

前田店長のアドバイスの通り、中途半端な位置や高さに物は置いていない。

母親の誘導で、雪代は位置を確かめながら壁や家具に触れて部屋を1周する。


その間に、春真はお茶の用意。

と言ってもお湯に漬けて温めていたペットボトルだけど。

「アンタまで来るとは思わんかったワ」

「お父さん仕事やから。お母さんだけで荷物運べへんし」

雪映はムスっとした顔で、春真から渡されたカップを並べる。

これもまた揃ってないマグカップとかの寄せ集めだけど。

「アンタ陸上とかやっとる?」

「はあ?何ン急に?」

「公園で階段駆け上がったやろ。あの瞬発力、ハードルとか得意そおや」

「うん。100mハードルしとった」

「やっぱなあ」

「もお部活辞めたけど」

「へー」

「フラレたん、陸上部の先輩やから。もお部活居心地悪いし」

「ふーん。

まあダイジョウブや。あの跳躍力有ったら何ンでも跳び越えて行けるワ」

「ヘンなコト言うヒトやなー」

ぷぷぷと笑って雪映はイスに座ると、先にお茶菓子を食べ出す。

その雰囲気には、以前のトゲトゲしさが無くなっていた。

「病院で顔合わせた後な、お母さん大騒ぎやってんで。

若い頃推してた時代劇俳優に、あんたの顔が似とる言うて。

つい私も一緒んなってPrimeでドラマ一晩中観て貰うたワ。

なあモノマネとか出来ひんの?組紐屋の竜~て」

「するワケ無いやろ、あほ」

「うわ。女子にあほなんて、よお言うワ。顔は良おても、性格サイアクやな」

「何んや今頃気付いたンか」

「ほんま私オトコ見る目ぇ無いわあ」

「そおやな。次のンはしっかり選ぶんやな」

「…ん。そおする」



母親はパート仕事もあって長居は出来なかったけれど。

ずっと目をキラキラさせて春真を見ていたから。雪映はニヤニヤ笑い。

もちろん春真は必死に真面目顔を繕って、信用度アップに努めて。

帰り際には合鍵を母親に渡した。

「事務所営業時間中は、さっきの裏口とエレベーター使うてください。

休みン時でもインターホン鳴らして貰うたら、裏口開けますんで」

「そうですか。いつでも寄れるんやね。

雪代、足りん物あったら連絡してな。持って来るからな」

「うん。ありがと」

「それにな、もし無理やったら。いつでも家戻ってきいな」

「うん。

でも…きっと大丈夫や。エレベーターあるしバス停もすぐやし。

それに、いつかは視えんでも自立せなアカンから。予行練習や」

にっこりと雪代は母親の声の方へ笑顔を送る。

その笑顔には少し強めの意志が在って。母親はちょっと寂しそうに頷いた。

そして。

「この辺、友達とよおジェラード食べに来るんや。私もたまには寄るかも」

玄関ドアが閉まる寸前、やっと雪映はまっすぐ雪代を見た。



そしてそして。

やっと久しぶりに2人きりになる。

仮眠用の小部屋を雪代の部屋にして、机と読書補助器具を置いた。

これなら授業の音声データや書籍朗読も聴き易いはず。

「あーえーと。部屋の片付けどない?手伝うワ」

「へーき。もお終わった、全部かあさんがしてくれた。

明日の朝、入院中の補習んコトで先生が面接してくれるんやて。

ちょお早ぉに学校行きたいんやけど、バスの時間見てくれる?」

「ほんなら送るワ。社用車あるし、ギプスん間は車ン方がええやろ。

学校にも許可貰うとこ」

「えーそんな大袈裟や」

「足首はなあリハビリが大変なんや。とにかく早おギプス取らんと」

「そおなん?」

「そお。直角に曲げて固定するやろ。

せやけど歩く時て腱が伸びたり縮んだりせなアカンから。

固まってもた腱をギギギて動かすんや、めっちゃ痛いでー」

判り易いように、春真は雪代の手首を使って腱の伸び縮みを説明して。

そのまま雪代の白い手を覆って握る。

「あーえーと。

こないだ告ったけどオレも大人や。ギプス取れるまでは我慢するんで。

せやからやっぱりとにかく早お治そな」

「え…告った…?」

「駐車場でめっちゃ大声ではっきり言うたやろ!」

眉間にシワを寄せて雪代は思い切り怪訝な顔。

逆に春真は真っ赤になって、汗を浮かべて焦って怒って怒鳴ってしまう。

「ウソや、そんなん聞いてへん」

「何ンやとおおお」

勢いのままに春真は雪代のパーカーの胸元を掴む。

さっきまでのムードは何処へやら。同居1日目から怒鳴り合い?

とても好意ある相手にする態度じゃないし。

いつもみたいなツッコミも出て来なくて、雪代はぐっと唇を噛む。


するとまた駐車場の時みたいに。

春真が額を押し付けて来た。今度はとてもそっとぎゅっと。

「言うたで。雪代の隣はオレにせえて、言うたやんか…」

「いや。ちょお待って。

ソレのどこが告白やねん。オレ1回も好きて言われてへんし」

「好きて言わんでも、好きに決まっとるやん。もお2回言うたで」

「そんなんノーカンや」

と返そうと思ったけれど。雪代の唇は塞がれて、言葉にはならなくて。

(キスする時て、小鉄はどんな顔しとるんやろ…)

唇からは、春真の温かさと。肌とは違う感触と。想いが絡み合う近さを感じて。

雪代は頭がふわふわぼんやり。

(不思議やなあ。視えへんのに、顔も知らんのに。

小鉄やないとアカンて思おてまうんやなあ)

そおっと腕を伸ばして、春真の背中に回すと。

頬に鼻先に額にまた唇に。たくさんたくさんキスが降って来て。

2人は笑いながらずーっとくっついて転がって。

いつまでも大切な存在を手離せなかった。

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