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しぃーそぉし~ん  作者: おきついたち


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10/10

おまけ話「日曜日」

コーヒーの芳ばしい香りが漂って来た。

補助器具で集中して文字を追っていたから目元も頭もお疲れ気味。

しおりを挟んで本を閉じ、雪代は部屋を出てキッチンへ行く。

事務所用の造りなので、読書部屋や水回りを別にすると広い1Rぽい。

だから雪代はドアや柱を気にせず、壁伝いに移動し易い。

「コーヒー淹れたん?」

「おう。牛乳も温めたしカフェオレするワ。座っとき」


でも春真が自分の前にマグカップを置いた時、雪代は顔をしかめる。

「わーめっちゃ酒臭っ。コーヒーの香り台無しや」

「そおなんや~久々吞み過ぎてもたワ。まだちょお残っとお」

「いややなー吞兵衛オトナは。もお今日は何んもせんと寝といたら?」

「濃い~ブラック2,3杯飲んだらヘーキや。

それに今ので牛乳も終わったし。買出し行かな」

「メモ書いてくれたら、オレ行ってくるで。

店員さんも慣れてくれたンで、どの牛乳か判ってくれとおし」

温かくて甘いカフェオレをすすりながら雪代は笑う。



初めてのお遣いの時は。

牛乳ひとつでも○○メーカーの青色で牛のイラスト付きとか。

メモの書き込みギッシリだったけれど。

今では白杖付いて雪代がスーパーに入ると、店員の方から来てくれる。

牛乳はコレやったよね。

野菜ジュースと区別するんで、テープ重ねて貼って凸凹着けとくね。

なんて話し掛けながら、エコバッグにしっかり収めてくれる。

そして「ご利用ありがとうございました」と誘導して貰うと。

雪代も素直に「助かりました。ありがとおございます」とお礼が言えてしまう。

それが営業マニュアル通りだとしても。

たかが子供のお遣いレベルだとしても。

自分ひとりで社会の流れに乗るコトが出来たカンジで嬉しかった。

おまけに事務所ビルのエレベーターを降りたら。

その真ん前で、春真が雪代の帰宅を待ってたりするから。

溢れそうなキモチのまま抱き着いてしまった。



「あかーん、ヒトリで行かせへんで。

週末手ぇつないで買物ン行くんをオレは1週間楽しみにしとったんや」

「酒臭い奴と手ぇつなぎたぁナイし。二日酔い運転なんて怖いワ」

「あ~それなあ~」

バイクの後ろに乗せて貰って、解放感たっぷりの風を感じながらツーリングと買物。

それは週末の小さなお楽しみのひとつ。

でも春真の声や口調からすると二日酔いは酷そうだし。諦めるしか無さそう。

「わかったっ。

今からもお一寝入りするワ。

そんで起きたら、里山ン方ぐるっと回って夕焼けツーリングと買物ンや」

「オレには朝焼けでも夕焼けでもカンケー無いやん」

「そおでもナイで。陽の温さとか風の冷たさとか。また一味ちゃうモンや」

「ソレ寒なるだけやんか」

「せやから身体くっつけて。コイビトカイロや~」

いきなり春真は雪代を抱き上げると、そのまま自分のソファベッドに倒れ込む。

「わっ!」

状況が視えない雪代からすれば。

急に身体が浮き上がり、春真の体温を感じながら急降下。

慌てて春真のスウェットを掴むしかない。

「ちょ、ちょおっもおっ何すんねんっ!」

「一緒に二度寝しよおや」

「オレ眠たないっ」

「ほんなら添い寝」

そのまま乱暴なキスで反論は塞がれて、ずしりと大きな身体が重なる。

苦いコーヒーとアルコール臭が混じった息が絡んでくるし。

骨ばった指が雪代のセーターに潜り込んで来たから。

雪代はじたばたと、春真の下で藻掻く。

そしてアチコチ触れられて舐められてキスされて。

やっと春真も少し落ち着くと、ただぎゅーっと雪代を抱き締めた。


「ほんまにもお~何ンなん?

そんな呑み過ぎるくらい飲み会面白ろかったん?」

こんな春真は珍しい。

キスやスキンシップはいつだって優しくて。触ってもええ?と確認するくらい。

唐突な行為で視えない雪代を怖がらせない。それが春真のポリシーだから。

さすがに雪代も、いつもと様子がちゃうなあと気付く。

「んーオモロかった言うか。

しみじみと今シアワセやなあて思うた」

全然ふざけてない春真の口調に、雪代がびっくりしてしまう。

「うわあ春真が壊れたあ」

「はははっそおかも知れん。壊れたつーか壊して貰うたンかもなあ」

「壊したかったん?」

「そお言うつもりは無かってんけど。

まだまだ自分ん中に固あて偏っとおトコ有ったんやなて気付いた」

春真はサラサラな雪代の髪に顔を寄せて何度もなでる。

「前居ったアクション事務所のメンバーがロケでこっち来て、呑んだんやけど。

あの頃のオレと同んなじよーな愚痴や悩み持っとって。

そんでもやっぱ、やりたいコトやっとる眩しートコもあって。

何ンか色々思い出して貰うたけど。

遅おにココ帰って来て。

雪代の寝顔見とったら、何んや同んなじやて気付いてな」

「同んなじ?」

「求めるモンがあって。ソレを満たしたあて藻掻いて。

そんで時々小っこい手応え手に入れられると嬉しいて。

そおやって、ずっとエンドにならんハッピーを追いかけるんは同じや。

でも前と違うンはな。

1人や無うて2人や。

追いかけるんや無うて、作って行くんや。

雪代が隣で笑うてくれたり、凹む時は背中どついて気合入れてくれるし。

そおするとな、いっそハッピーはエンドにならんで延々続いてくれ思うんや」

「…しゃあないやろ。春真が居らんと色々不自由なんやから」

いつもの憎まれ口調だけど、雪代は春真の背中に腕を伸ばして抱き締め返す。

春真の胸元に頭を埋めて隠しているけれど、顔は火照ってる。

「それはたぶんオレも同んなじや」

「はははっ良かったワ~」



静かでやわらかい時間が流れて。春真が少し緊張が混じった声になる。

「もうひとつだけ聞いてくれ。

茨城ん方に視えんでも勉強出来る大学あって、推薦のハナシあるんやろ?

遠慮せんと受けてみ。チャンス有るんやったら色々挑戦してみよおや」

「何ンでそんなコト知っとるん?」

びっくりして雪代が顔を上げると。

大きい黒い瞳が水面のように滑らかで、目の前の春真を視えなくても映し出す。

「雪映いう優秀なスパイが居るんでな。

大事なコトだけは確実に教えてくれるんや~」

「ゆ・き・えぇぇ」

「そん時はオレも一緒に行くし」

「はあ?何ん言うとおねん!仕事あるやろ。

こんなに狭山社長さんにお世話になっとっるし。せっかく仕事の勉強もしとるのに」

その問題は想定内と、春真はにまっと笑う。

「その頃には直子さんも完全復帰や。事務所にベビーサークルも置く言うてたし。

義武叔父さんからも、よお言われとる。

オレは社会経験が足りんからヨソでも働いて見聞広めて来いて。

叔父さんは事業だけや無うて、剣道協会のつながりが日本中あるからな。

頼んでみるつもりや。

オレはまだ半人前やから、ヨソ行って真面目にやれんか疑われそーやけど。

雪代と一緒やて言うたら絶対信用して貰えるしな。

雪代と居るためなら、オレはちゃんとやる。それだけは確かやからな」

「何ンやそれ」


コドモみたいな真っ直ぐ宣言に、雪代の口元にぷぷと笑いが漏れると。

言いたいコトだけ言い切ってスッキリした春真も笑って。

ぎゅむっと雪代を抱え込み脚まで絡めて、ほぼ抱き枕。互いの体温が心地良い。

「二日酔いでそんな台詞言われても。全然ちゃんとしてへんやん」

「いやでも昨日はしゃあない。

呑み屋でな、里山ン方で造っとおクラフトビール出して貰うてな。

初めて呑んだんやけど、めっちゃ旨かってん。つい吞み過ぎてもて。

そんで何本か買うて帰って、雪代の寝顔見ながらまた呑んでもてなあ。

ほんまお薦めやから。雪代が二十歳ンなったら一緒に呑もな」

「苦いン好きちゃうし」

「酒の味は奥深いンやでー。甘さとかフルーティーさとかなあ。

呑み易いんも色々有るし。

なあ、これからやで。

まだ知らんコトや新しいコト。良えコトばっかちゃうかも知れんけど。

一緒なら大丈夫や。何処でも何ンでも…」

そのまま春真の言葉が寝息に変って行く。

「えー?ちょお、こんな動けん状態のまんま寝んなやあ」

雪代は身体を解こうとするけれど。

春真はびくともしないし。平和そーな寝息はかなり深い。

「ほんまにもー」

諦めて雪代も目を瞑る。

(この調子やと、夕焼けツーリングどころか夜空になりそおや。

まあでも暗あなって出掛けるンて、あんましたこと無いしな。

それもエエかもな)そんなことをぼんやり思う。


春真と一緒なら。

「やってみよおや」

そう言って、雪代の視えない真っ暗な道さえ照らしてくれる。

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