第八話:ひとひらの邂逅
蝶が飛ぶ。
ひらひらと、はらはらと。
色とりどりの花が咲き誇る、午後の光に満ちた中庭。クラシス帝国の城壁内にある、静かなその場所で。
ラミナ・グランツは、数歩先に立つ少女をじっと見つめていた。どこか見覚えのある佇まいに、胸が締めつけられる。
この対面を決めたのは、あえて私情を挟まない男の、有無を言わせぬ簡潔な言葉だった。
——この子を護ってください。そして、話を聞いてやってほしい。
それだけを言い残し、己が為すべきことのため、彼はふたたび砂漠へと戻っていった。
少女の首に揺れるペンダントと同じものを、そっと握る。それから、緊張した面持ちで、少女のもとへと歩み寄った。
ラミナに気づいた少女が、静かに顔を持ち上げる。
「……名前は?」
この問いに、少女は一瞬戸惑ったように目を伏せるも、はっきりと答えた。
「リンファ、です」
「……リンファ」
ラミナは頷き、短く息を吐く。一方、返す言葉を持たないリンファは、ただその場に立ち尽くしていた。
もう一度、ラミナはリンファの顔を見つめた。
違っていた。青藍の瞳も、黒い髪も。けれど、そこに疑う余地などなかった。
「似ているな。……あの子に」
その言葉の意味を、リンファは問わなかった。そして、ラミナも、それ以上を語らなかった。
ふたりのあいだに、ひとひらの沈黙が流れる。
声を交わさずとも通い合う、静謐で確かなひととき。
「苦労をしたな」
「いえ……」
ラミナの言葉に、リンファは小さく首を振る。
「わたしは、ただ……守られていただけです」
「それでも、生きてここまで辿り着いた。……それで充分だ」
ラミナは手袋を外し、ぎこちなく手を差し出す。
その動きには、長年戦場に生きてきた者とは思えぬほどの不器用さがあった。
「……まだ、何をしてやれるかわからんが」
リンファは、ほんの一瞬躊躇ったあと、その手を取った。
陽光を編んだような金髪に、橄欖石のような緑眼。老いてなお美しいその姿に、亡き母の面影を重ねる。
細い指が、しっかりと、てのひらに触れた。——あたたかかった。どちらの手も。
蝶が飛ぶ。
ひらひらと、はらはらと。
風と歌い、舞うように。
「……ありがとう、ございます」
小さな声が、澄んだ空気に溶け込んだ。




