第五話:蛇蝎の蠱毒
教祖の間は、荘厳な気配と、冷たい野心に満ちていた。
厚い緞帳が光を遮り、蝋燭の炎が金の祭壇を赤く縁取る。
思考を濁らせるような甘い香煙。壁に掲げられた尾を咥えたヘビの章旗が、床に不気味な影を落とす。
高壇に座したラドロは、今しがた受け取った報告書を指先で無造作に弾いた。赤地に金糸を織り込んだ装束は華やかさを誇示するも、その美しさすら、彼の退屈した表情には無味に映った。
彼の前に跪いた部下が、落ち着いた声で事態を報告する。
「リンファ様の動向がわかりました。傭兵をひとり従え、西方へと移動中です」
「そうか」
ラドロは報告書を放り投げ、口元に嘲笑を浮かべた。脚を組み直し、頬杖をつく。
「私から逃れられはしないというのに……無駄なことを」
リンファの逃亡は幹部たちに一時的な混乱をもたらしたが、ラドロにとってはさほど重要ではなかった。もはや婚姻は既定事実。覆る余地などありはしない。
あの美しさは支配欲をそそる、火種のように。あれは自分のものだ。誰にも渡してなるものか。
ラドロが高壇に上がるのは、けっして神を讃えるためではない。己の権威を顕示し、支配の悦楽に浸るため。その茶色の目には信仰心など欠片もなく、ただ権威と支配への渇望だけが宿っていた。
「現在、ヤンファン自らが隊を率い、リンファ様のもとへ向かっております」
「ヤンファン……従順な男よ。従順で、堅実で、実に哀れだ」
ふんっと、鼻の奥で笑う。
ラドロにとって、ヤンファンはただの道具でしかなかった。〈穢れなき永遠の楽園〉で妻に会えると信じてやまない敬虔な態度。確かに医師として価値があることは事実だが、いずれにせよ、利用するだけの存在に過ぎない。
嘆かわしい。嘲弄を禁じえないほど。
ところが、次に部下の口から告げられた事柄に、室内の空気は一変した。
「リンファ様と動きをともにしている傭兵の名は、イェシム。どうやら砂漠で名の知れた——」
「なんだと」
ラドロの眉が、ぴくりと跳ねた。頬が引き攣り、瞳の奥に粘つく光が差し込む。
イェシム——それは、実に忌まわしい血筋の残滓を、ラドロに想起させる男の名だった。
「〈ズィブ・ナーバ〉の亡霊が。まだ砂漠をうろついているのか。雑魚どもの一掃は済んだと思っていたが」
椅子に深く凭れかかり、苦々しげに口角を上げる。
リンファの逃亡など些末な出来事だ。すぐに戻ってくるのだから。……だが、イェシムの生存は、自身の威光を穢す塵埃だ。徹底的に払拭しなければならない。なんとしても。
沈黙が一拍落ち、甘い煙がさらに濃くなる。
ラドロはゆっくりと立ち上がり、凍てついた声音で部下に命じた。
「いいか。リンファは必ず生きて連れ戻せ。……だが、男のほうは肉片ひとつ残さず砂に埋めろ。名を、存在を、この世から完全に消し去るのだ」




