「無」を売った男
冒険者ギルドの扉を開けると、酒場のような喧騒と麦酒の匂いがセリアを包んだ。がっしりした鎧を身にまとった戦士たちが壁にもたれ、魔法使いらしき人物が塔のような本を読んでいる。どれもこれも、自分よりはるかに経験を積んだ猛者ばかりだ。
セリアは深く息を吸い込み、意を決して磨き込まれた木製のカウンターへ歩み出た。受付の女性が書類を整理しながらも、さりげなくうなずいてくれた。
「すみません、仲間を募集したいのですが――」
声をかけた瞬間、後ろから突然、誰かに肩を掴まれた。不意に振り返るとヒョロヒョロとした小男が立っていた。
「なんなんですか、いきなり。」
小男はセリアの裏返った声に反応を示すこともなく、早口でたたみかけてきた。
「お前、今回の勇者だろ。すぐ俺を仲間にしろ。すぐ出発だ、いますぐ!」
「ちょっと、いい加減にし・・」
反論しようとした瞬間、小男に手で口を押さえられた。小男のくせにすごい力だ。
「あんた、木刀と小銭だけ渡されて放り出されたんだろ。そんな小銭じゃここの連中に見向きもされないぞ。そんなことより俺についてきた方がいい。」
セリアはやっとのこと小男の手を振りほどき反論した。
「なんでお前みたいな怪しいやつについて行かなきゃいけないんだよ!」
反論に被せるように男が声を出した。
「あーもう、一分一秒おしいっつってんの。わかった。最初だけついてきてくれたらこれ、やるから。あと手付けで10000ルピーだ。」
男はそう言いながら腰にさしていた剣をセリアに手渡した。この城下町で最も高価な代物だ。剣士を志してから憧れていた逸品だ。
セリアがためらいながらも手に取ると、その剣は思いのほか軽く、しっくりと手になじんだ。鞘は地味だが、柄の細工は精巧で、使う者の手を傷めないよう気遣いが感じられる。一見質素だが、よく観ると刃の部分には美しい模様が刻まれ、光の加減でかすかに青く輝いている。王から授かった白樫の剣とは比べ物にならない出来栄えだった。
セリアが剣に見とれていると、男はセリアが腰に下げていた革袋の口を開いて手を突っ込んだ。
「ちょ、何すんだよ!」
セリアは我に返り革袋を奪え返し中を見ると、黄金金貨がジャラジャラと入っていた。
「言っただろ、手付金だ。これはお前のものだ。どうせ見ず知らずの奴らと旅するなら金持ちの方がいいだろ。」
セリアは既に剣に魅入ってしまったし、大金も手にしてしまった。小男が言う事にも道理がある。所詮この酒場で出会うのはいい人か悪い人か、旅をしてみないとわからない。とりあえずこいつと旅をしてもいいのではないかー
そんなことを考えている間もなくセリアは男に手を引っ張られて酒場を後にした。
「わかった、すぐ行くから。引っ張らないでくれ。あと一つだけ聞いていいか?」
「なんだ。」
小男の早足について行きながらセリアは疑問を投げかけた。
「あんた、あの街の富豪か何かか?」
「違うよ。「無」を売って稼いだんだよ。」
セリアの頭の中の?マークはしばらく消えることは無かった。




