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 メリッサは、何もない講堂を見渡して、もうすぐそこに迫る星夜祭に考えを巡らせる。

 天井に布を巡らせて、魔導灯を多く使用して星を表してみたらどうだろうか、など全体を見回しながら手元の羽根ペンでアイデアを書き込む。常日頃抑圧されている学生達に、少しでも楽しんで貰えるように。

 前回の星夜祭は盛大で、ここ数年で一番評判が良かったと聞いている。さすがレイナードの指揮で執り行われたものだとメリッサは思った。


 レイナードが執り行った時は、準備も賑やかだったのだろうか。この講堂に生徒達の声が響いていたのだろうか。風の音しかしない、静か過ぎる今のこの空間と違って。

 先日中庭に居るレイナードを見掛けた時の様に。人々に囲まれて皆で構想を練って、作り上げたのだろうか。


 広大な講堂に、たったひとり。吹き抜けからの風は冷たく頬を叩く。ピリつくような感覚に冷えた指先でなぞる。無意識に吐いた息は白く、高い天井に消えていく。


 ただただ広い白亜の講堂。

 見つめても誰も、居ない。



 「さて…どうしていこうかしらね…」



 ギィィ……バァァン!!


 突然の音に驚き後ろを振り向くと、ピンクの髪が目に入った。マリルだとすぐに認識をする。

 学年の中堅貴族子息達も一緒の姿は最近よく見かけるが、今日も一緒なのか。


 「メリッサ様お困りでしょう?」


 何に困ると言うのだろうか。わたくしは、困ってなどいない。

 目線だけ滑らせて、重くのし掛かる制服のスカートを握った。布さえ冷える気温。その感触が手に広がる。

 鬱陶しく思い、否定の言葉を最小限に伝えた。


 「ご遠慮されなくて良いんですよ。助け合いって大切ですから」


 マリルはピンクの髪を振りながら、周囲の子息達を見回し、ひとりひとりに微笑む。その笑みを受けて口々に肯定の意を述べる。


 「メリッサ様って、全部ひとりでしようとするから。私で良ければ、力になりたいなって」


 そう言いながら、重いはずの制服を軽やかに翻し、可憐な出で立ちで優雅に手を組んで祈りのポーズを取る。

 軽快なその動きは、神聖な形を取ってはいなく、ただ形骸的な様式だけに感じる。


 「女神の名の元に。助け合い平等に。せっかくのお祭りですもん。みんなで楽しまないと…レイナード様もそう思ってますよ、きっと」


 レイナードの名前を聞いてどこか呼吸が苦しくなる。胸が詰まるような感覚に襲われながら、言葉を発せねばとメリッサは呼吸を整えた。


 「……レイナード様が、先程の様に仰ったと言うの?」


 「うーん、『メリッサはひとりでずっと努力し続けてるからね。たった一人でずっと』って言ってました。ひとりは辛いんじゃないかなって。だから私が助けなければなって思って。ね?」


 マリルが先程と同じ様に周囲を見渡すと、同意の瞳が彼女を映す。

 それを受けたマリルの恍惚とした表情を目に捉える。

 不快に感じ、周囲の子息達に目線を動かすと怯えたような顔になった。目線を逸らし、一様に下を向く。

 わたくしが何をしたというのか。ただ、見ただけではないか。

 開け放たれた扉から冷え切った風が、講堂を駆け巡り肌を切る。どこまでも広いこの場所は、寒さだけを感じさせて。


 震えそうな口元を、一度唾で潤して目線をマリルに戻した。


 「そう。でもこれは生徒会の仕事ですわ。星夜祭全ての手配は、このわたくし。自分達が力仕事をする必要はなくてよ。それは専門の者に任せます。出て行きなさい」


 言い切ると、喉が乾きを覚え知らず知らずのうちに唾を飲み込んだ。


 「メリッサ様、そういう所だと思いますけどね、私は。……行きましょう、みんな」


 入ってきた時と同じ様に騒がしくマリル達は出ていった。人の温度がなくなると急に冬を思い出すような感覚がして。

 

誰も、残らない。ただ、わたくしひとりだけ。


 ふと、天井付近を見渡すと、ステンドグラスに描かれる女神の神話が目に入った。色とりどりに描かれる、そのひとつづつのシーンを、メリッサは自分の紅い瞳で追う。少しづつ、その美しいステンドグラスが滲む。


 滲んで、ただの色彩の光に見える。


 頬に冷たい水が流れ落ちた。


 そのまま流れ、大理石にシミを作る。ひとつひとつの思い出にシミを作るように、増えていく。


 何も、伝わってはいなかったのか。わたくしの、存在意義は、あるのだろうか。もういっそ全て手放したい。

 俯いた先には硬く足元に広がる床。

 冷え切った指先は、ずっと寒いままで。膝から崩れ落ちそうになる。


 もう良いよね……


 …カラン…コロコロ…

 床から硬質な音がして、目線を合せる。

 レイナード様から貰った髪飾りが滑り落ちて、音を鳴らしたのだろう。

 桜桃とリボンのモチーフの銀細工。

 幼い頃は気に入って着けていて。でも歳を重ねると共に着けなくなると、『どうして着けないの?可愛いのに』って必ず仰るから、いつも着けていて。

 可愛いものは似合わないって、何度も伝えたのに。

 いつもプレゼントは、わたくしが本当は好きな可愛いもので。全部好みのもので。


 とても可愛いもので。

 少しはにかむ様に渡してくださる姿が、わたくしには…

 

 マリルが言ったように、レイナード様がわたくしをどの様に思っていようとも。

 わたくしはレイナード様を愛している。


 愛しているの。


 ハンカチーフを取り出し目を拭う。

  装飾に食事に予算に。決める事はたくさんある。たくさんあるの。



✱✱✱



 王城のクリーム色と薄紅色に統一された部屋の中。今日の紅茶はおう黄桃のお茶が用意されていた。いつも甘いフレーバーが用意されているけど、更に甘い香りに周囲が包まれる。

 卒業までもう少しだからか、レイナードも忙しそうで普段は毎週会うのに数週間空いていた。


 「しばらくぶりになるね。ごめんね、メリッサ。卒業にあたってそろそろ父上の引き継ぎを始めていてね。星夜祭の準備進んでいると報告があったよ。頑張っているみたいだね、楽しみだな」

 いつも通り変わらない笑顔を湛えてレイナードは話し始めた。

 マリルの話が頭に過ぎる。レイナードの笑みは表面的なものなのだろうか、メリッサは空色の瞳を覗いて見たが、その瞳は澄んだ色をしていて分からない。


 「準備の手配はほぼ終わりました。王太子妃として、これから勉強していくのに、良い予行練習になりましたわ」


 いつもの様に穏やかに談笑は続いていく。花柄の細工が美しいカップを片手で持ち、紅茶を一口飲めば桃の優しい甘みと茶葉の香りが広がる。フルーツフレーバーはメリッサのお気に入りだった。


 ふと、気付く。

 そう。可愛い。この部屋は全てが可愛い。


 目線を彷徨わせれば鏡に映ったわたくしと目が合った。

 そう。わたくし以外は全てが可愛い。

 

 クリーム色の壁紙にリボンと花柄のモチーフ。薄紅色と桃色に統一された甘やかな空間。香りまでも柔らかく甘やかで。

 これはレイナードの望みなのだろうか。可愛いお姫様が欲しかったんだろうか。

 だから敢えてわたくしには無い色味の琥珀色のドレスを勧めたの?

 レイナード様の中に生きているわたくしは存在しているの?



 「どうしたの、メリッサ。手が震えるているよ。寒かったかな?」

 重ねられた手はいつもより暖かみを感じなくて。


 「いえ…………。レイナード様、星夜祭のドレスはどうして琥珀色を選ばれまして?」

 俯いてティーカップの中の紅茶を見つめる。揺らぐ水面の上にわたくしがぼんやり映った。


 「可愛いかなって。琥珀色似合うと思うな」

 空色の瞳はどこまでも澄み渡るけれど、そこに本心の色はわたくしには見えない。黒髪に紅い瞳の黒薔薇に例えられる毒々しい見た目で、深紅より琥珀色が似合うなんて。あり得ない。


 「わたくしは…わたくしは、深紅の方が自分に似合うかと思いましたわ。でも、王太子であるレイナード様の思し召しなら琥珀色なのでしょうね」

 

 微笑むレイナードに言い放つ。レイナードは途端に更に笑顔を深めたが、瞳の奥は相反して暗く沈んだ色が見える。


 「メリッサは琥珀色の方が好きでしょう?蜂蜜色の方が好きだと思うけど、琥珀色の方が似合う。そうだよね?」

 

 笑顔なのに背筋が寒くなる感覚がしてメリッサはぶるりと震えた。


 「どちらにしても、もう用意をしてしまったから変更は難しいよ。星夜祭はただのお祭りではなくて、卒業してからの社交を表しているのは…理解しているよね。婚約者として困らせないで?」


 そう。婚約者。

 この空間も、用意してくれた今着ていてるディドレスも、ティーセットも。重ねられている手さえ…貴方にとっては『ただ決められた事に従った結果』なのよね。

 可愛いものなんて似合わないもの。それなのにわたくし以外全て可愛いなんて。可愛いなんて…わたくしは貴方の瞳に写ってさえいないということなのね。


 「レイナード様。婚約者として申しますわ。星夜祭、わたくしは独りで会場に参ります。エスコートは必要ありません。全ての準備をする手前、最後まで確認してから会場入りしたいのです。」

 愛する相手ではなくて『婚約者』相手にエスコートなんて最低限でいいでしょう?

 

 「何を言っているの?」


 「今回は全ての準備をわたくしひとりが任されています。今回に限ってはマナー的に別にご一緒されなくても問題ない。そう申しておりますわ。王太子の婚約者としてはそれが相応しいと思っておりますの」


 「ふぅん?」

 

 レイナードは今まで見たことない剣呑な雰囲気を漂わせ、それでも顔は笑みを浮かべたまま。


 「可愛い僕のメリッサのワガママって事かな。今回だけだよ。2回目は絶対許さない。分かるね?」


 曖昧に笑みを浮かべメリッサはぎこちなく頷いた。こんな言い方をされたのは初めてで。もっと軽く…面倒から開放されたかの様な対応をするかと思っていた。

 何か間違えた対応をしたかもしれない。

 でも、今回は一緒にエスコートされながら星夜祭に行くのは嫌だった。

 本来星夜祭は恋人達のお祭りだから。ふたりで一緒に居たいねと想い合う、そんな恋人達の夜だから。

 

 どうしても惨めな思いはしたくなかった。

 


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