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 堅牢な砦の上にそびえ立つ白亜の塔。誰も寄せ付けない全貌は、塵一つ見当たらない神殿の様な造りをしていた。この異質な建物は、バスティア王国の貴族学園である。

 建物全てが生成り色の石で造られ、それを覆う土壁はどこか懐かしさを感じさせる。

 しかし、どこか厳かで清浄な空気が立ち込めるのは、女神の為の建物だからか。白亜の塔全体が巨大な楽器になっていて、そこに組み込まれた音響魔導具により、常に聖歌が流れる。

 気候の良い風土に塔はあり、風通しが良い為に、聖歌は風の様に塔内を掛け巡る。大きな音ではなく、囁かに響く祈りの様な形で学生達の耳に届いていた。

 一歩踏み込めば、白檀やセージの様な清廉な香りが鼻をくすぐる。白亜の塔と学生服の紺の色は、生徒達の気持ちを引き締めた。


 その塔の中心。聖堂の中には、生成りの石造が天井までそびえ立っている。それは、バスティア王国の国教である、女神ラルファルーシアの像であった。口元に微笑みを浮かべ、慈愛の表情で造られている。全て石像な為にその瞳は光を宿さない。

 朝の静寂の中、ラルファルーシアの像を一心に紅い瞳で見つめ、両手を胸の前に重ねて、メリッサは朝の祈りを捧げていた。

 誰もいないその場所に、徐々に朝日の陽が登り始める。聖堂の中を彩るステンドグラスに光が届き、七色にその色を変えて、キラキラとメリッサを照らす。光と共にステンドグラスに描かれている神話は、魔導具によって形を変え、特定の動きを繰り返す。その度に聖堂の中は、万華鏡の様に色を変えた。神話は子供の頃から繰り返し聞かされた、女神の救いと哀しみについて描かれている。堕落は、女神の哀しみ。輪廻の輪から外れる行為だと神話は描いていた。

 ステンドグラスの七色の陽射しは、暖かさまでは届かない。その光を浴びて、自分自身の両手を強く握った。


 誰かの手ではなく自分の手を。


 「女神ラルファルーシア。どうかわたくし達に慈愛の導きを」


 聖堂には響かないほどの、ほんの囁く様な声で言葉を口に滑らせる。

 朝の澄んだ空気に吸い込まれる様に、その言葉は消えていく。塔に響く聖歌だけを残しながら。

 それは毎日の願い。そして祈り。


 厚手の重い制服のスカート部分を握り、ゆっくりと立ち上がる。巫女の様な質素な見た目の制服だが、貴族学園に相応しく生地は高級な一級品である。その分冬服は重みを増していた。

 目線をあげて、メリッサもう一度女神を見つめた。

 高く高くそびえ立つ像を。無機質な石像と化している女神を。

 微笑みは無く、ただただ無表情のままのその像を。

 何も語らない石像に、メリッサは自身の紅の瞳に熱を宿して、そっと呟く。


 「ラルファルーシア…」


 その声は、円形の壁を反響してメリッサ自身の耳に正しく届いた。




✱✱✱



 「メリッサ様!どうしてですか!?なぜ私達の部活が廃部にならなければいけないんだ!!それが生徒会のやり方なのか!!」


 大理石の廊下は足から底冷えする。

 耳障りな声は、その冷えと同じくらいの温度を持って耳に届き、足を止めた。 

 塔を繋ぐ外通路は、春になりかけの外気が、直に横から吹き抜けてくる。耳に届く聖歌は丁度『赦しの唄』を流していた。

 深く呼吸をしながら、視線を上部に向ける。陰を帯びる生成りの天井に、更に寒さを感じる。


 まだ、春は遠いのか。


 メリッサは、そんな他愛のない事を頭に浮かべた。


 後ろから雑音がしたけれど、振り向く必要性はない。自分より格下の者と目線を合わせれば侮られる。この八年程は、公爵令嬢として、侮られない事を念頭において行動してきた。

 半歩後ろで、衣擦れと共に振り返る足音がした。一緒に行動をしている友人が、いち早く反応したのだろう。

 少し首を傾け、目線だけ彼女の方面へ彷徨わせる。友人の栗毛色が目に入った。


 「話し掛ける許可は、致していなくてよ。リリス、後は貴女が対処すると良いわ」


 何の感慨もなく、言葉を滑らせる。リリスなら、理路整然と説明をして、納得させられるだろう。自分と同じ様な境遇で育った彼女は、自分を心酔してくれている。

 陽の光の影になる廊下は、清廉さはあるもののどこまでも寒々しい。

 白い色は清廉さを表すと云うが、空虚さを感じるのは何故なのだろう。

 目線を動かし周囲を見回すと、行き交う学生は多い。

だが、薄暗いせいか…それとも顔を伏せているのか。わたくしを避けているのは、畏怖からなのか。

 暗い表情で生徒達は、わたくし達を通り過ぎる。

 それはどこか生気を感じられず、背筋に寒気を感じたのは、ただの寒さからだけだろうか。


 ふと、その先に目線をやると中庭の噴水近くに、レイナード様が見えた。

 紺色の制服に囲まれているのは一緒なはずなのに、なぜか学生達の髪色の鮮やかさの方が目に入る。揺れる髪色は春の花のように見えて。

 わたくしの周囲は、どこか暗く沈むように見えるのに、レイナード様の周りは明るくて。笑顔に囲まれた姿は、愛される王族そのままに。

 普段琥珀色の髪は、光の中黄金色に輝き、王冠の様に見える。

 周囲の生徒は、気やすげにレイナード様と顔を近付けながら、楽しそうにしている。ひとり、またひとりと人が増えていく様子は、人望の厚さを感じた。

 笑い声はここまで聞こえない。でも、空色の瞳が見えなくなるくらい目を細め、大きな口を開けて笑っているのは分かった。春の陽射しの様な笑顔で。あんな表情をするなんて、わたくしは知らない。

 隣に居た侯爵子息がレイナード様の肩に、気やすげな雰囲気で腕を回した。ふたりで顔を見合わせる姿は、信頼関係を表している様に見えた。


 隣にわたくしが居ない事を、レイナード様は違和感を覚えられないのだろうか。あんな気やすげな空気感なんて一度もない。

 わたくしは、貴方の隣以外はこんなにも寒いのに。無意識に重い制服のスカートを強く握りしめた。


 足が冷える。とても、冷える。


 話は終わっただろうか。

 「リリス」


 穏やかな平坦な声で、説明が滞りなく済まされたと彼女から伝えられた。やはり彼女は信用出来る。

 

 「この悪魔!!黒薔薇め!!本当に白薔薇とは正反対なんだな!少しは人の話を聞いたらどうなんだよ!!」


 男性にしては、高めの金切り声で喚くのが煩わしい。鳴いて、喚いて、崩れてどうしたいのだろう。

 せめて交渉してくるのなら、話を聞いて差し上げても良いのに。  


「白薔薇ね…マリル・エイベル…」


 白魔術は、癒やしの魔力。マリルは。白薔薇は女神に愛されているのだろうか。

 わたくしは、愛されていないのだろうか。女神はわたくしには、試練しかお与えにならないのに。



 風通しの良いはずの学園は、白亜の牢獄の様に常に身体が冷え渡る。聖歌は、耳に冷たく響いた。陰になったこの廊下は、陰鬱に見えて仕方ない。

 せめて廊下から離れて暖を取ろうと、メリッサはまた歩き始めた。

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