第七話 自分の仕事
ナタは長いこと考え込んでいたが結論が出たらしく、腰を上げるとこちらに近づいてきた。
「構想が練れたようだな」
「うん。かなりいいものがね。そっちは?」
「俺も大体考えてある」
「それじゃあ意見交換しようか」
ビルからなるべく離れたベンチに座った。ビルの近くでは内装工事をしているらしく、騒音がひどかったからだ。
「要望は聞いてるよな?”燃えるような庭園”ってやつ」
「当たり前でしょ。でなきゃ構想練っても意味ないじゃない」
ナタは大げさに肩をすくめる。すこしイラっとしたが、突っ込むのはやめた。
「それもそうだな。それで?どんな庭にしたいんだ?」
「私は文字通り、燃えている庭園をつくりたいな~って考えてる」
「具体的に聞きたい」
「セロン星雲ダルビア銀河系にブラトニーって星があるんだけど、そこには炎の葉が生える木があるの。その木を植えればまさしく”燃えるような庭園”になるでしょ?でもそれだけじゃ物足りないから、すこし手を加えて炎の色が変わるようにしたいな~なんて」
ナタは自分の考え抜いた庭園の構想を自信満々に話した。確かにこいつはセンスがいい。自分で燃える植物なんてそうそうないが、それを調べもせず、星の名前まで憶えているのだから。
「リシルのほうは?どんな感じにしたいの?」
「俺は本当に燃えてる庭園はつくらん“燃えているような庭園”をつくりたい。」
「ふーん?具体的には?」
「炎に似た色の植物はいくらでもある。まずは紅葉だ。そいつを密集させて一つの炎を再現する。そしたらそこから広がるようにイチョウを植える。これで無数に広がる火の手の出来上がりだ。火の粉は紅葉の葉を使う。紅葉が舞う庭園、これこそ”燃えるような庭園”にふさわしいだろ?」
「ふーん…」
俺の構想を聞いたナタは特に表情を変えずに、ただ頷くだけだった。お互いの構想は話し合った。互いにつくりたい庭が違うなら、やることは一つ。自分の庭園の方が優れていると相手にわからせるしかない。
「でもそれってさぁーほんとに”燃えるような庭園”かなぁ?」
激しい論争の火蓋が切って落とされる。
「なにも本当に燃やす必要はないだろ?それに庭ってのは見てもらうためにある。本当に燃えてる植物植えてたら庭をじっくり見れないだろ?」
「それはそうかもだけど…ここはオルタだよ?特殊な植物の一種や二種使いたいじゃん!それに紅葉やイチョウなんてありきたりすぎるよ!これじゃ新鮮味なんてないじゃん!」
痛いところを突かれた。しかし、こちらも負けるわけにはいかない。
「新鮮味がなくたってその庭が見て回れないようじゃ作る意味がないだろ?『ありきたり』っていうのはそれがベストに近いってことなんだよ。常識から外れるのもいいけど、基本のきができてないようじゃ話にならないだろ?」
「はぁ!?テンプレ持ち出してドヤ顔するような奴に言われたくないだけど!!」
「奇抜すぎるセンス持ってるやつの言葉なんか響きませ~ん!!もう少し庭に対する知識を持ってから出直してこい!!」
庭園の方向性を決める論争が、もはやただの口喧嘩となっていた。これだから誰かと一緒に作業するのが嫌なんだ。庭師どうしで仕事をして喧嘩が起きないなんてことは100%ないだろう。俺たちは暫く口論を続けたが、結局結論は出なかった。
辺りは暗くなり、夜がやってくる。庭園のことは何一つ決まらず、今日が終わってしまった。アパートの急な坂を上りながら今日の反省を繰り返す。ナタに言われた言葉が胸の奥につっかえたままになっている。ドアノブに手をかけ、扉を開ける。いつも通りの部屋だ。洗い物が貯まった洗面台、脱ぎっぱなしの服と靴下、机に放置された市販の弁当のゴミ、それらを見ると家に帰ってきたのだと実感できた。手を洗い、たまった食器を片付ける。
「テンプレ…テンプレねぇ…」
皿に洗剤をつけながら呟く。思い当たる節はいくつもある。サシー邸の庭だって最初は楠木やクヌギを中心にしていた。あの庭は大衆が思い描く、”ピクニックができるようなそよ風の吹く庭”に一番近いだろう。
『こんな何のひねりもない庭なんて恥ずかしいわ!!』
シームさんに言われた一言が頭の中でこだまする。俺が相手にしているのはそのビルの所有者であって、決して一般大衆ではないのだ。なのに、なぜ俺は万人受けする庭をつくろうとする?万人に受ける庭をつくったとて、それが依頼者本人に受け入れられなければ意味がないというのに。そんな終わりのない自問自答を繰り返しながら既に乾いている食器を食器棚にしまう。
『これじゃ新鮮味なんてないじゃん!』
分かってる、分かってるよそれぐらい。俺は恐れているんだ。”自分自身”の庭を見せることが。それを拒絶され、理解されないことが。だからありきたりなものしか生み出せないんだ。自分の100%を出して失望されるよりも、70、80%のものを出して満足してもらうほうがいい。いつからかそんなことを思うようになった。家事を終えた俺は久しぶりの湯船につかりながらひたすら考えていた。そんな俺がここ最近100%を出したのはあのサシー邸の庭ぐらいだ。それ以外は奇を衒ったことはせず、ありきたりな庭をつくっている。実際、ほとんどの所でその仕事ぶりを称賛された。
『あの女がぐうの音も出ないほど!完璧な庭を作ってやる!!!』
俺がいったあの言葉。あれはどうしてもシームさんを見返したかったからでた言葉だった。その後にできた庭は明らかに万人受けするものではなかった。俺がつくりたいと心の底から思ったものが具現化したのがあの庭なら、俺がつくってきた庭は何だったのだ?今の俺は本当につくりたい庭がつくれているのか?長風呂しすぎたせいか、湯船から上がると少しめまいがした。そのまま体や髪を乾かし、歯を磨いてベットに入る。やるべきことをすべて終えた。もう寝るだけだ、寝るだけなんだ。なのに、どうして眠れない?どうしてまだあの庭のことを考える?なぜ、あの自信満々なナタの顔が浮かぶ?あの自分の世界を臆さず話す顔が、俺の脳裏から消えてくれない?俺はあの顔ができていたか?中途半端な仕事をしていた時に、あの素晴らしい表情ができていただろうか?どんどんと、心に何か目障りなものがへばりついていくような感覚がする。そんな感覚に苛まれながら、俺は夢の中へ引きずり込まれていった。




