第三十二話 鋼鉄の禍根 その六
雷撃はロボットの体を駆け巡り、内部の精密機器をすべて焼き尽くす。ロボットの眼や口からは黒煙が吹き上がり、体中から生やしていた岩は砂となって崩れ落ちる。イズラが手を引き抜くとロボットは支えを失ったように倒れこみ、完全に沈黙した。俺は笑みを浮かべながらイズラの肩を叩く。
「やったぞイズラ!!俺たちの勝利だ!!」
力一杯イズラの肩を叩くが反応がない。彼がどれほど喜んでいるか見るため、俺は回り込んでイズラの顔を覗き見た。しかし、俺の想像していた顔はどこにもなかった。
「どうしたイズラ!!??何があった!!??」
肩を揺らすが何も答えない。今起こったことが処理しきれていないのか、視線はあらぬ方へ向けられている。
「何かあったの?」
ルカとアラマスが心配そうに駆け寄ってきた。今起きたことを伝えようとした時、後ろのモニターから聞いたことのある声が聞こえてきた。
「おめでとう!いや~強いね君たち!おかげでいいデータが取れたよ!」
「ワールダット!!」
「そんな大声出さなくてもいいよぉ。ちゃんと聞こえてるからさぁ……」
モニターからは砂嵐の雑音と共に俺たちを子馬鹿にした声が流れてくる。
「見てたんだろ?自慢のロボットはもう動かない。俺たちの勝ちだ!早くここから出せ!」
「まあまあ落ち着いて……ここから出す前に君たちが倒したロボットの説明がしたいんだが?」
「説明?そんなの必要な――」
「話せ……」
イズラが小さく答えた。何をしても反応がなかったのに、ロボットの説明をするという言葉には即座に返答した。
「どうしたんだよイズラ!さっきから変だぞ?こいつの言葉に耳を貸すことないだろ?」
「……聞くべきだ。こいつの底知れぬ悪意の結晶を……」
イズラの瞳孔は引き締まり、モニターを鋭く睨みつけている。
「いやー話が分かるねイズラ君!でもまずは君が今感じたことをお仲間に話すのが先じゃないのかな?」
イズラは壊れたロボットへ歩み寄ると、胸元の外殻を剝がし始めた。稼働していた時はあれほど硬かった外殻が、機能を停止した今では鱗のように容易く剝がれていく。胸元に鈍色の鉄板が露出すると、イズラはそれを横に大きく引き裂き両手を入れた。粘り気のある液体を浴びながら、イズラは何かを大事そうに持ち上げた。
「……やっぱり、見間違いじゃなかった……」
イズラはうつむいたまま小さく呟いた。俺がイズラに駆け寄ると、イズラは何も言わず両手に抱えたものをこちらに差し出した。糸を引くほどの粘液に包まれた物体は俺の上半身と同じ様な大きさで、瓢箪のようないびつな形をしている。手に触れたそれは柔らかく、とても機械とは思えない。まるで生き物ような――
「カハッ……」
物体の小さな球体部分から何か音がした。俺は思わず後ずさりした。こんなことがあっていいのか。これは、この物体は……
「人間なのか……?」
「その通り!!!」
モニターから無機質な雑音と共に歓喜の声が上がる。
「イズラ君が手に持っている彼はね!今の今までロボットの中で生かされていたんだよぉ!君たちが散々壊したあの岩は彼のアルテリアで作られていたのさ!!痛みによってアルテリアの供給を促し、回路を構築したロボットがそれを完璧に使いこなす!人間以上にね!!動けないようにしているから多少形は悪いけど……まあ愛嬌愛嬌!!」
粘液が剝がれた物体は、見るも無残な造形をしている。体には無数の痣があり、四肢も切断されている。手足の無い体で小さくもがく姿には、かつて人間だったであろう名残を微塵も感じさせない。その姿を見たルカは口に手を当て、張り裂けんばかりに目を見開いている。
「これが……これが人間のすることか……??俺たちは……俺たちは何と闘っていたんだ……??」
アラマスが膝をつき、振り絞るかのように声を出す。イズラの腕の中で必死にもがく彼の眼から小さな涙が落ちていく。一筋の淡い線を描いたそれは、自分を閉じ込めていた機械の上で弾け散った。彼の呼吸は徐々に弱くなり、やがて聞こえなくなった。身動きすら取れず、自分の力をさんざん利用された挙句、その姿を笑われる。これが彼の最後なのか?死の間際、知らない人の腕の中で彼は何を思っただろう。理不尽に対する憎悪だろうか、解放されることへの安堵だろうか。俺にはわかる。彼は何も感じなかった。虚ろな眼は何者も映してはいなかったのだから。名も知らぬ彼の心はとっくに壊れていたのだろう。自分の目元を軽く拭い立ち上がる。一人の人間の最後がこんな惨めであっていいはずがない。俺は耳障りな声のするモニターへ歩み寄る。
「……ワールダット」
「何だい?」
「早くここから出せ」
「冷たいなぁ~君!今彼が死んだばかりだろう?少しは余韻を――」
「黙れ」
俺は握りしめた拳をモニターに叩きつけた。声は途切れたが、それを意にも介さず壊れたモニターを壁へと蹴り飛ばす。モニターは壁に激突し、原形がわからないほどに歪んだ。
「お前、まともな死に方出来ると思うなよ?必ず見つけ出してやる」
喉の奥から振り絞った言葉が崩れ切った部屋の中を反響する。それに呼応するかのように砂嵐ばかり映すモニターの一つが明滅し、別の映像に切り替わった。
「おーおー怒ってるねぇ」
モニターに赤いスーツを着た男が映る。不気味なほどひきっつた笑顔を浮かべているのに、眼だけは笑っていない。仮面でもかぶっているかのような男は短く切り揃えられた黒髪を指先でもてあそんでいる。俺は一目で確信した。この男こそワールダットなのだと。
「随分楽しそうだな?人のことを何とも思ってないごみクズ風情がよ!」
イズラが食って掛かったが、ワールダットはただ笑うだけだった。
「楽しい……楽しい?ああ、そうだね!ちょっとは楽しいかな!ハハハ……」
ワールダットは首をかしげながら乾いた笑いをしている。
「そうだ!ここから出たいんだったね?いいよ!出してあげる!」
ワールダットが指を鳴らすと、部屋の扉が一斉に開いた。
「出口は開けたから自由に出ていいよ~出れるのならね?」
あっけなく開いた扉の向こうには、この部屋に入る前までは起動していなかったロボットで埋め尽くされている。
「こいつは……」
扉から見えるロボットの大群にアラマスは啞然としている。
「いや~悪いね!君たちはここで確実に殺すように上から言われているんだ。君たちがさっき倒したロボットとほとんど同じ性能してるから、疲れ切った君たちじゃまず勝てないよ」
出口からゆっくり入ってくるロボットは、先程闘ったロボットと同じように赤黒い眼光を放っている。
「あとほしいデータは複数戦だけ。さっきのデータも予測した通りの結果だったからさぁ~頑張って二体ぐらいは倒してね。それじゃあサヨナラ!」
モニターの映像が全て消え、部屋には赤黒い光だけが灯っている。俺は拳に風を纏わせようとした。しかし、そよ風程度の風しか作り出せない。度重なる戦闘によって俺のアルテリアはとっくに底を付いていた。それは他の奴らも同じだろう。アルテリアも使えず、目の前には苦労して倒したロボットが無数に存在している。
「詰みね……」
ルカが弱々しく吐き捨てた。この状況に希望など一欠片も存在しない、そんなような顔をしている。イズラの激励を受けた俺はこんな顔をしていたのだろう。自分の情けなさに唇を嚙み締める。このまま彼のように死を待つだけなのか。俺にできることはないのか。いや、一つだけある。俺にできること、命をかけてできることが。
「情けないなルカさん。あんたがそんな顔しないでくれよ」
見え透いた虚勢を張りながら言い放った。震える足を必死にこらえて前へ進む。
「イズラァ!!!まだ電撃は出せるかぁ!!」
「だ、出せるがこれ全部に流せるほどは残ってないぞ!!どうする気だ!!」
「安心しろよ、お前たちには指一本触れさせやしないさ」
イズラの方へ振り返る。イズラは困惑こそしていたが、その眼差しはまだ生きている。これなら大丈夫だろう。もしもの時はちゃんと殺してくれる。
「もし……もし俺が俺じゃなくなったらよ…………楽にしてくれ」
「待て!!何の話だ!!止まれ!!リシル!!」
焦りながら近づいてくるイズラに、できる限り爽やかな顔を見せる。大丈夫さイズラ。お前らは絶対死なせない。お前らならきっと乗り越えられる。きっとこの星を救ってくれる。だから……
「だから……少しの我儘ぐらい我慢してくれよな」




