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天星の庭師  作者: 草餅
第二章 土天星ロッカ編
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第三十一話 鋼鉄の禍根 その五

 「さあ、ここからどうするのかな……?」


 壁一面に貼られたモニターには頭から蒸気を噴き出すロボットと、それに相対する四人の姿が絶えず流されている。モニターの点滅する光のみが照らす部屋の中、男はその光を見つめながら湯気の立つマグカップに口付けている。マグカップを正面の机に置き、片手に持ったタブレットに視線を落とす。液晶にはグラフが無数に表示されており、値は細かく変動し続けている。


 「値に問題はなし、か……」


 男は大きな椅子に埋もれながら深いため息をつく。つまらなそうな顔をしながら再びマグカップを手に取る。予想した通りに変動する数値、決まりきった行動パターン、それらは確かに正確で、そして代り映えがない。結果がわかりきっている実験など何の意味もない。男は退屈しながらモニターに映る四人を見つめる。彼らなら、絶望に立ち向かう彼らなら、あの時の熱を取り戻させてくれるかもしれない。そんな淡い希望に浸っていた男は、部屋に備え付けられた電話によって現実に引き戻された。受話器を取り、ふざけた口調を作り出す。


 「もしもしぃ?どなたですかぁ?」


 「……『リム』私だ。奴らはどうなっている?」


 受話器の向こうからは老人のしゃがれた声が聞こえる。


 「なーんだ『テム』さんか!この“ワールダット”に何か御用で?」


 リムはあっけらかんとした態度をしているが、その表情からは何も感じ取れない。まるで能面でもかぶっているかのようだった。


 「ガーデナーどもはどうなっているか聞いているんだ」


 しゃがれた男はリムのおどけた口調に反応することなく、たんたんと話し続けている。その声色もどこか冷たく感じる。リムは軽く舌打ちをすると、元の口調に戻った。


 「……特に目立った行動はなし。まだ少ししか経っていないから当然ではあるが…」


 モニターには仲間の一人の耳が抉り取られる瞬間が複数枚表示されている。


 「奴らは勝てると思うか?」


 「どうでしょうね……僕の見立てでは――」


 「いや、いい。言うな。お前の予想はいつも当たる。これじゃ面白くない」


 「面白くない、ですか……」


 テムの言葉を聞き、何も映し出していなかったリムの表情に怒りの色が帯びる。僕に指示を出すだけ出して、自分は高みの見物を決め込み、挙句の果てにこの実験をただの娯楽だと思っている。それがどうしようもなく腹立たしい。


 「まあ勝敗はどうだっていい。肝心なのは奴らが一人残らず死滅することだからな」


 「そのことなんですが、情報を提供した“彼”は信用できるんですか?どうにもやり方が回りくどいような……」


 「お前は奴を知らん。奴はどんな方法を使おうとも必ず目的を果たす……警戒を怠るな。いつ裏切るかわかったものじゃない……」


 「そうですか。報告も終わったことですし、もう切りますよ」


 「駄目だ。このまま繋げていろ」


 強引に通話を切ろうとしたが、テムの声がそうはさせなかった。リムは受話器をそっと上向きにすると、元居た椅子に座り直した。受話器から流れる声を適当に聞き流しながら、白黒髪の青年を眺める。


 「……期待しているよ。リシル君」




 自分を鼓舞し、敵に向き直る。眼前の機械は不自然に腰を曲げ、背中に生えた排気口から白い煙を吐き続けている。


 「それで、どうする?接近戦を仕掛けても岩の槍で貫かれるし、かと言って離れると岩の槍が高速で飛んでくる……何か突破口は……」


 「どうしたイズラ?俺にあんなに発破かけといて自分も怯えてるじゃないか」


 イズラは横目で俺のことを睨むと、後ろの二人に声をかけた。


 「二人は何かないか?この状況をひっくり返すような劇的な策はよ!」


 「……少し試したいことがある。動くなよ」


 アラマスは静かに答えた後、一滴の雫が俺とイズラの間を一瞬で通り抜けた。雫はロボットの眼へと向かっていくが、当たる寸前でロボットの手に受け止められた。受け止められた雫はそのままロボットの手へと吸収されると共に、ロボットの外殻が更に黒く変色した。


 「おい!更に黒くなったぞ!どうなってんだアラマス!」


 イズラの顔は焦りに満ちている反面、雫を放った当の本人は静かに笑みを浮かべている。


 「イズラ。劇的じゃないが、一ついい策ができたぞ」


 「本当か!?」


 「ああ。だが説明するのに少し時間がいる。出来れば誰かが時間を稼いでくれれば――」


 「わたしがやる」


 食い気味でルカが答える。ルカは俺とイズラの前に立つと、ゆっくりと腕を前に伸ばしだす。伸びる腕と共に、空中で青白い腕が幾つも作り出されていく。


 「ここより後には、例え砂粒一つだって通しはしない!」


 ルカの瞳孔が鋭くなり、呼吸が浅くなる。


 「わかった。もし危なくなったら呼んでくれ。すぐに――」


 「そんな暇があったら早く作戦を話してあげなさい」


 そう言うと、ルカの氷腕は蒼白の煙を描きながらロボット目掛けて飛んでいく。ロボットがルカの攻撃に気を取られている間、アラマスは俺とイズラを自分の元に集めた。


 「それで、策ってのはなんだ?」


 「単純さ。イズラが破壊した眼にもう一度電撃を流し込む。鋼鉄に囲まれた奴の体とて、内部から高電圧を流されたらそれまでだ」


 「でも奴には岩が……」


 アラマスは人差し指を細かく横に振ると、その人差し指から小さな雫を作り出した。一滴、アラマスの肘へと落ちた瞬間、肘はロボットの外殻のように黒く変色した。


 「これは!?」


 「これが“荒土”だ。ロッカ人の皮膚に水が付着した時に発生する特性、皮膚の表面が黒ずみ、硬さもそこらの岩石と変わらないほどになる」


 「何故今それを?」


 「荒土には一つ、致命的な弱点がある」


 アラマスは肘を伸ばそうとすると、肘から黒い砂のような欠片が落ちだした。腕も完全に伸びきることはなく、中途半端に曲がったままになっている。


 「皮膚が固くなるんだ。当然、動きも鈍くなる」


 「つまり、今の奴に機動力はさほどない……」


 振り返ると、ルカの氷腕がロボットの周りに縦横無尽に飛び回っている。ルカは微動だにせず、腕の操作に全神経を研ぎ澄ませている。正確無比な攻撃をロボットは腰を回転させながら、肩から生やした岩で防御している。その足元はおぼつかなく、腰からはアラマスと同じように黒い粉が噴出している。


 「奴が然程動けないことはわかったよ。だけどあの岩はどうするんだ?近づいたところであれに突き刺されたら終わりだ」


 「逆に考えよう。岩を生やされる前に攻撃するのではなく、岩が生えた後に攻撃すれば……?」


 「そうか!!奴には防御手段がない!!」


 イズラは納得した様子で指を鳴らす。


 「策はこうだ。まず俺が残ったアルテリアをすべて使って奴に“硬弾”を打ち込む。動きの止まった奴をルカの氷腕で攻め立てる。耐え切れず岩を生やした瞬間にイズラとリシルがすかさず近づき、奴の眼球に電撃を浴びせる。もし奴に何かしらの動き、もしくは反撃があればリシルが対処する、以上だ」


 俺とイズラは声が出なかった。アラマスの策には一点の曇りもなく、俺たちの勝ち筋を明確に映し出している。


 「こんな短時間でこれほど綿密な計画を立てるなんて……」


 「ここで一番大事なのはリシル、君だ。奴が岩を生やした後、どんな攻撃をするのか、どうやって防御するか皆目見当がつかない。それでもやってくれるか……?」


 「当然です!勝利の道筋をこれほどはっきり見せてくれたんだ!それに答えられなきゃここに来た意味がない!」


 アラマスはゆっくりうなずくと、足止めしているルカの元へ歩み寄る。


 「対象はfの7で待機…… “歩兵”はeの8…… “僧正”はgの6に進む……」


 「ルカさん!戻りましたよ!」


 小さく独り言を呟いていたルカは、俺に肩を叩かれた瞬間我に返ったかのように顔を上げた。


 「あ……戻ったのね。話はまとまった?」


 「ええ。それはもう完璧にね」


 「わたしは何をすればいいかしら?」


 「アラマスの攻撃に続いてください。やることは今までと変わりませんよ」


 「そう……わかったわ」


 アラマスは右手の親指を丸め、打ち出す構えをしている。体を横に向け、両目を見開き、呼吸も止まっている。親指から音が出ているのではないかと錯覚するほど力が入っている。


 「“硬弾”!!」


 雫が親指に弾き飛ばされる瞬間、ひび割れたモニターから流れる砂嵐が雫に映りこむ。俺が見えたのはそれだけだった。反射された砂嵐は一つの線となり、ロボットの胸を貫く。線はロボットの体を通り抜けることはなかったが、その体は後方へと吹き飛ばされた。倒れそうになりながらもロボットの外殻は胸に残る水を余すことなく吸収し、外殻は夜を塗りたくられたかのような漆黒へと変貌を遂げた。


 「今だ!!」


 俺が声を上げると同時に氷腕が夜に向かって突き進む。“僧正”が眼を掴み、冷気を送り出そうとしたが、再び岩の剣山がロボットの周りを覆いつくした。


 「行くぞイズラ!!」


 「おう!!」


 岩の塊へと走り出した瞬間、岩がかすかに揺れた。そのまま岩の槍が全方位に放たれ、砂嵐を映すモニターを貫く。しかし、それが俺を、俺たちを貫くことはない。暴風を纏った拳は岩の槍を粉々に打ち砕く。絶えず打ち出される岩にひるむことなく、一歩、また一歩と岩山へ進む。近づくたび激しくなる岩の嵐をいなしながら、赤黒い眼光の前へと辿り着く。イズラは深く息を吸い込むと、ロボットの眼に拳を差し込む。


 「じゃあなガラクタ」


 張り裂けんばかりの雷撃がロボットの体を伝う。


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