第三十話 鋼鉄の禍根 その四
起動したロボットは俺たちを捕捉するや否やうなりを上げてこちらに向かって来た。俺と同じぐらいの大きさをしたロボットは自身の右腕をドリルのように高速回転させると、イズラめがけて突き出す。イズラはそれを容易く避けると、そのままの勢いでロボットの眼球に拳を打ち込む。拳は黒い保護ガラスを容易に突き破り、ロボットの内部へと侵入した。
「内側から焼けろッ!! “雷光――」
電撃がロボットに巡る直前、ロボットの纏う大気が微かに震えた。
「イズラッ!!!」
俺の言葉に呼応するかのように、突然ロボットの身体から無数の岩が突き出した。岩の槍は急速に成長すると、その場にいたイズラごと吞み込んでしまった。岩はある程度伸びきると、成長することを忘れたかのように静かに佇んでいる。その中にイズラの姿はどこにも見当たらない。
「あ、危ねぇ……あと少しで串刺しになるところだった……!」
岩の向こうから微かに声が聞こえる。先程までロボットのすぐ近くにいたイズラはいつの間にか俺と対角線上へたり込んでいた。無事なイズラを見てホッと胸をなでおろすと同時に、目の前の岩を観察する。岩の剣山からは壊れた眼球が剝き出しになっている。無機質。その言葉が似合うほど、その目からは何も感じ取れない。ただ赤黒い眼光だけがこちらを覗いていた。
「接近戦は無謀ってことか……」
「なら近づかなきゃいい」
そう言うとアラマスはロボットの眉間に“硬弾”を一発撃ち込んだ。しかし“硬弾”がロボットの外殻に触れた瞬間、“硬弾”は何事もなかったかのように消え去った。
「なッ…………!」
目の前の光景が信じられないのか、アラマスの顔は焦りに満ちている。
「どうなってんだ……?確かに今当たっただろ……!」
ロボットから生えた岩がボロボロと崩れ落ちると、静止していたロボットは口を張り裂けんばかりに開くと、巨大な咆哮を上げた。咆哮は部屋中に木霊し、壁一面に張られたモニター全てにひびを入れた。咆哮が止むとロボットは急に動き出し、イズラの方へ走り出した。
「すまんイズラ!! “旋乱風” !!」
拳から放たれた風の渦は右に大きく湾曲すると、正面のロボットを避けて向こう側いるイズラを正確に吹き飛ばした。風に乗ったイズラは抵抗する間もなく壁に衝突した。
「クソッ……」
小さくもがくイズラを横目に見つつ、俺は再びロボットを観察する。しかし、明らかに様子が違う。
「色が……変わった……?」
光を鋭く反射するほど純白だった外殻は薄黒く変色していた。光沢は滑らかになり、薄黒い外殻は光の代わりに排除対象(俺たち)をはっきり映し出している。
「…………“荒土”……」
「?今何か言ったかアラマス?」
後ろからゴクリと唾をのむ音が聞こえてくる。少しの沈黙の後、アラマスは小さく話出した。
「 “荒土” 奴の姿の名前だ……俺の水分を吸収して硬度を増したんだ!今のやつに生半可な攻撃は通用しない!!」
「な……!」
呆然としていると、ロボットはゆっくりとこちらに手をかざした。ロボットの手首が開き、中から大きな穴が露出した。大砲か機関銃か、様々な想像をしながら俺は攻撃に備えて防御の姿勢を取る。しかし、その大きな穴には何もなく、ただの空洞が広がるばかりだった。
「何してんだ……?」
困惑しながらも穴を警戒していると、だんだんと穴の中に何かが作り出されていく。鋭く、そして細いその何かは大きな音と共に打ち出され、空中を真っ直ぐ、高速で突き抜けていった。その軌道上にいた俺の右耳をえぐり取りながら。
「あああああぁぁぁぁ!!!!」
右耳があった場所から押し寄せる痛みと流れ出る血液、その二つが今起こったことを俺に瞬時に理解させた。右腕を伝う生温い血、必死に抑えても溢れ出す痛み、それら全てが俺の戦意を削り取っていく。振り向くとロボットから射出された何かが壁に突き刺さっている。イズラを襲ったあの岩の槍、俺の耳をえぐり取ったのはそれだった。
「傷口見せて!!早く!!」
ルカは右耳を抑える俺の右腕を強引に引きはがし、代わりに自分の右手をそっと添えた。患部が凍る音が聞こえると同時に流れ出る血液は勢いを落とし、やがて完全に止まった。
「よし……止血完……痛みもそこまで……ないでしょう?」
「悪かっ……反応出来……った……」
二人が何か話しかけているが、よく聞き取れない。しかし目の前の光景だけは鮮明に見える。岩を俺に向けるロボットの姿だけが。
勝てない
空の頭にその言葉がでかでかと浮かび上がった瞬間、再び大きな音がひびだらけの部屋を木霊した。打ち出された岩が俺へ近づいてくる様子が見える。回転の軌道も、弾道も全て見えるのに、体だけが動かない。頭よりも体の方が先に死を受け入れたような、そんな得体の知れない感覚が俺の体を支配した。ああ、ようやく終わるんだ。ゆったりとした世界でただその実感をかみしめていた。岩が近づくと共に視界の端から何かが近づいてくる―
「やらせるかァァァ!!!!」
その言葉を聞いた途端、世界は正気を取り戻したかのように正常な時を刻み始めた。岩は俺の眉間を貫くことはなく、空中で粉々に砕け散った。俺の眼前には壁にうなだれていたイズラが立っていた。握りしめた拳からは血がどくどくと流れ出しており、呼吸も乱れている。
「イ、イズラ……」
瞬間、イズラは俺の頬を殴り飛ばした。あっけにとられた俺に向かってイズラは拳を見せつけるかのように掲げた。
「なんだその腑抜けた面は」
「……」
「勝手に諦めてんじゃねえぞ!!!」
イズラの眼には一点の曇りもなく、だれよりも澄んだ目で俺を見つめている。なのに、その目に映る俺は情けなく肩を落としている。
「なんだ今の姿は?一度受けた攻撃をかわそうともせずただ立ち尽くすだけ?ふざけんな……ふざけんなよ!!!」
「……」
「返す言葉もないか?お前はこんなに根性なしだったか?俺の信頼したお前はどこへ行ったんだ?」
震えた声で吐き捨てると、イズラはロボットの方へ向き直る。握りしめた拳からは稲妻が迸っている。
「失望したぞ」
ポツリと呟くと、イズラはゆっくりとロボットへ近づいていく。その背中は誰かに似ている。遠い昔、俺は確かにそれを見たことがある。空の頭に残影が映りこんでいく。
『簡単に諦める、お前の悪い癖だぞ』
セピア色の風が俺の視界に飛び込んでくる。古い風の中に男が一人、にやけながら立っている。男は白のボルサリーノハットを被り、てらてらしたスーツを着こなし、全身を白で埋め尽くしているが、その姿に似つかわしくないほど彫の深い顔をしている。伊達男、その言葉を具現化したかのような風貌だった。
『だって勝てないんだもん!』
俺は目に涙を浮かべながら叫ぶ。涙を拭った服は度重なる訓練でボロボロになっている。
『勝てない、なんて誰が決めたんだ?お前か?俺か?それとも神様か?』
『そんなこと言うなら少しは手加減してよ!ダスカロ強すぎるんだよ!』
ダスカロはあきれたようにため息をつくと、俺の頭をくしゃくしゃ撫でだした。
『リシル。これだけは覚えとけ。人にはいつか何かに向き合わなきゃいけない時が来る。そこから尻尾まいて逃げちまったら終わりなんだよ』
『うわっ!やめろ!撫でるな!』
『リシル。自分自身から逃げるな。お前に勝てるのはお前だけなんだから』
『意味わかんねえよ!ていうか早く放せよ!』
男の笑い声が頭に反響する……
「……おかげで思い出しちまったよ」
遠い日の背中に手を伸ばす。手は簡単に背中へと辿り着き、そのまま肩を思い切り叩く。男は一瞬体を震わすと、瞬時にこちらへ向き直る。
「なんだ?今更何か用か?」
イズラは怪訝そうな顔をしていたが、そんなことはどうでもよかった。俺は少し笑みを浮かべながらイズラの顔を殴りつける。よろけるイズラに向かって誇らしげに拳を掲げる。
「どうした?驚いて声も出ないか?」
「てめぇ……いきなり殴りやがってよ……」
顔を抑えながら恨み言を言うイズラだったが、口元の笑みを隠し切れずにいる。
「ありがとう。おかげでまた逃げる所だったよ」
背中を伸ばし、大きく息を吸い込む。
「勝つまで戦うよ」
一人呟いた。




