第十三話 各々の選択
瞼の向こうに軟らかい光を感じる。光は俺の瞼をこじ開けようと更にまばゆくなった。俺はその光に負け、目を開けた。明るい室内、カーテンの隙間から漏れ出た光が俺の顔に降り注いでいた。
「今何時だ…?」
俺は時間を確認しようと時計を凝視した瞬間、よく聞く不快な音が俺の鼓膜を震わした。どうやら時間ぴったりに起きれたようだ。しかし、起きたところで意味はない。仕事は当分ないのだから。俺は昨日から着たままになっている仕事着を脱ぎ捨て、いつものように歯磨きをし、トーストを食べる。起きたばかりで思考が鈍っていたのか、バターを塗るはずが間違えて生クリームを塗ってしまった。おかげで朝からカロリーの高い食事をせざるを得ない。
「今日は…何をするか…」
正直何かをしたいわけではない。いつもの休みならベッドから一歩も出たくないが、今はそういう気分ではない。朝食を食べ終わると、タンスから黒のTシャツとデニムを取り出した。それに着替えると、食器の片付けもせずに家を出た。ゆっくりしていると何か落ち着かない。そんなことは初めてだった。行く当てもなくただフラフラと街を闊歩していた。
「ここに来ちゃうのか、やっぱ」
町中を歩き回り最後にたどり着いたのは、自分の仕事場だった。
「……?何で電気ついてんだ?」
今日は仕事は何一つないはず、なのにプレジュデンにはつくはずのない電気が確かについていた。俺は好奇心に背を押され、中に入った。
「あれ?リシル?」
中には私服姿のナタが椅子に座っていた。
「何でここにいるんだ?今日仕事ないだろ?」
「そうだけどさ、なんだかどうにも落ち着かなくって。気がついたらプレジュデンの前に立ってたの」
どうやら俺と同じ理由のようだ。俺はナタから少し離れた席に着く。
「ハハ、笑えるよ。散々街中を歩き回って、最後に着いた場所が自分の仕事場なんてさ。仕事なんてないのにな」
「ふふっ…ほんとね」
気まずい空気が流れる。そんな中、意を決したようにナタは口を開いた。
「リシルはさ…どっちにするの?」
「なにが?」
「とぼけないでよ。庭師かガーデナー、どっちとして生きるかってやつ」
「ああ、わかってるよ。ちょっと言ってみただけだ」
ナタはクスリともせずに俺の方をじっと見ている。本気で聞いているのだろう。
「あたしは…ガーデナーって何なのか、まだはっきりとわかってないの。天星を救う組織ってルカさんは言ってたけど、漠然としすぎてよくわかってないの…だからリシルやイズラがどっちを選ぶのか気になっちゃって…」
「そうか…」
「それで、どっちにするの?」
「俺は…」
突然入口から風が入り込む。入り口にはイズラが立っていた。
「なんだよ…皆考えることは一緒ってことか…?」
すでに中にいた俺たちに少し戸惑っているようだったが、そのまま何食わぬ顔で俺の前の席に座った。三人とも同じ場所に辿り着く。一見考えがバラバラのように見えても、心根は皆似ているのだろう。だから今、同じ場所で同じ問題を抱えているのだ。
「なあ…」
イズラが口を開く。
「お前ら、どっちにするか決めたか?俺は決まらん」
「あたしも決まんないよ…でもリシルは決めてるっぽいよ」
イズラがこちらに視線を向ける。昨日寝ていないのか、目には薄っすら隈ができていた。
「本当か?リシル?」
「ああ、どっちにするかは決めたよ」
「マジかよ…そんな短時間で決めれるもんなのか?」
「ルカからこの話を聞いたとき、最初からどっちにするか決めてたよ」
ナタとイズラは俺の答えに驚いたのか、目を大きく開けた。
「それで、お前はどっちに行くんだ?」
俺は少し言葉を詰まらせた。少し考えた後、質問に答えた。
「俺は言わない。言う時はみんなの答えが出てからだ」
「なんで?今言ってもいんじゃないの?」
「…なるほど、確かに言わないほうがいいか…」
「えっ?えっ?わかってないのあたしだけ?」
俺の意図がくみ取れなかったようで、ナタは俺とイズラの顔を交互に見ている。そんなナタを見かねたのか、イズラは俺の代わりにナタの疑問に答える。
「俺たちは自分でどっちか選ばなきゃいけないんだ。それなのに、こいつの意見を聞いちまったらよ、俺たちの選択に少なからず影響が出ちまう。だからリシルは言わないんだよ。俺たちの選択に影響しないようにってな」
イズラは俺が言いたいことを実に簡潔に伝えてくれた。
「そっか…そうだよね、自分で決めなきゃ意味ないもんね…」
そう言うと、ナタは俯いて何も話さなくなった。
「…俺はもう行くよ。気分がかなり落ち着いたよ」
俺は立ち上がり、入口の方へ足を進める。
「まって!」
ナタが俺を呼び止める。
「どんな選択したって、あたしたちはずっと仲間よね…?」
「もちろんだ。ずっと仲間だよ」
扉を押し開けてプレジュデンから出ていく。外は少し茜がかっており、カラスが寂しそうに鳴いている。夕日に照らされながら、俺は帰路を辿っていった。
「みんな、そろいも揃ってプレジュデンに来ちゃって…仲良しね…ほんと」
夕日に照らされるリシルを眺めながら、わたしはコーヒーを口に含む。プレジュデンの近くにある喫茶店のコーヒーは、この街の中でもトップクラスに美味しい。口に広がる苦さが、今日は一段と強く感じる。それはここのコーヒーがおいしいからなのか、あの子たちへの罪悪感から来ているものなのか、わからずにいた。
「相変わらず苦いわね…ここのコーヒー」
カップをソーサーに起き、頬杖をつく。昨日のことははっきり覚えている。わたしにいきなり呼び出された挙句、天星を救うなんて依頼を受けさせられたあの子たちの顔を。困惑に満ちた顔をわたしに向けてきたことも。仕事とはいえ、わたしはあの子たちに冷たくしすぎてしまった。隠し事も知られた。そして今、辛い選択をさせてしまっている。何度も反省を繰り返していると、端末から着信音がきこえてくる。わたしは急いでトイレに駆け込み、通話を開始する。
「はい、ルカです」
「私だ」
聞きなれた声、一瞬でフセインだと理解した。
「どうだね、彼ら?依頼を引き受けてくれそうかね?」
「…引き受けるかどうか決めるのはあの子たちです。我々は静かに見守ることしかできません」
「それもそうか…わかった。よい返事を期待している」
「はい、失礼します“艦長”」
電話はぶつりと切られた。
「………クズが………」
恨み言を言いながら席に戻った。コーヒーは若干冷めていたが、難なく飲み干して店を出た。




