第一話 逃げ続ける者
やるべきことというものは本当にたちが悪い。ほとんどは自分が引き起こしたというのに、逃げれば逃げるだけそのつけは二倍三倍になって自分に返ってくる。そのことを知ってなお逃げ続ける者がほとんど
だ。きっと俺だってその一人なのだろう。
光が燦燦と降り注ぐ街中。誰もが睡魔に襲われるであろうそんなお昼時。俺は絶好のサボりポイントを
探していた。随分と遠くまで来た。もう追ってはこないだろう。
「さて、と…」
俺はこの暖かな光を思う存分浴びられる場所を探す。公園はダメだ。老人たちや子供たちの邪魔にな
る。周りの人に迷惑をかけないようにサボる。一人のサボラーとして当然の心構えである。かと言って日
当たりが悪い場所などもってのほかだ。そんな条件を満たす場所はそうそうなさそうだが、そんなことは
ない。探せば必ずサボれる場所はある。俺は高層ビルの前で立ち止まった。見たところビルの屋上は平た
く、寝転がっても問題なさそうだ。
「今日はここにするか!」
足に風を纏わせ、高く跳躍する。空中で足を踏み込むたびに、風が足を高く押し上げてくれる。屋上に
着地するとビルの縁に腰掛ける。キラキラと輝くガラス張りのビル、空を走る無数の車、遠い宙
に向かって飛んでいく宇宙船。いつもと同じ光景だ。しかし、この景色を見るたびに心が安らいでいく。
「最ッ高だね…ほんと…」
「ええ、本当にいい景色ね」
「だろ~?ルカもそう思…」
バッと後ろを振り返る。いる。今一番会いたくない人が。会っちゃいけない人が。
「こういう所は仕事が終わってからきてほしいものね?リシルくん?」
体中から汗という汗が噴き出る。どうしてここがわかったのか、なぜ後ろから急に現れたのか、様々な
疑問が浮かんだが、一番重要なことがある。
『逃 げ な く て は』
再び風を纏って空に逃げようとした。しかし、空に浮かぶ一本の腕が立ちふさがる。どうやら逃げるタ
イミングを完全に逃がしたらしい。
「逃がさないわよ。大人しく仕事場に戻りましょう。」
風に腰まで伸びた白髪をたなびかせ、余裕そうに笑みを浮かべている。まるで、もう逃げられないでし
ょ?と言いたげな顔だ。そんな余裕たっぷりなルカの周りには腕が3本浮遊している。冷気によって生じ
た煙に包まれたそれは、標的である俺を完全にロックオンしている。いつもならここで諦める。しかし、
そうもいかない。待っている仕事の量がいつもよりも段違いなのだ。ここで大人しく捕まれば残業コース
が確定してしまう。それだけはぜっっったいに嫌だ。
『こうなったら無理にでもいくしかない!!』
立ちふさがる腕を思い切り蹴とばすと、ありったけの力を込めて空に跳躍した。
「あら、今回はしぶといわね。」
そう言い終わる前に、3本の腕は標的に向かっていく。空中を縦横無尽に動く腕たち目掛けて拳を突き
出す。拳から生じた風は極小のつむじ風となって腕の一本を吹き飛ばした。残った二本の腕が前方と後方
から迫りくる。
「黒雲!」
黒い風が俺の周りを包み込み、風に触れた腕を弾き飛ばす。
「こんなことしていても埒が明かない!何か打開策を…あっっっつっっっ!!!!」
急に、足首に熱さを感じた。まるでよく熱された足枷をはめられたかのようだ。気づけば先ほど蹴とば
した腕が俺の足を掴んでいた。
「ヤバイッ!!!」
掴んでいる腕を砕こうとしたがもう遅く、俺はそのままルカのいる屋上に投げ飛ばされた。屋上に着
地し、すぐさま体制を立て直そうとしたが、二本の腕に組み伏せられてしまった。
「放せッッッ!!クソッッッ!!」
振りほどこうとしてもびくともしない。カツカツと靴音を立てながらルカがこちらに近づいてくる。
「気は済んだ?早く仕事に戻るわよ」
「戻る!?冗談じゃないね!!俺たち庭師の仕事は庭づくりのはずだ!!どうして富豪どもの盆栽の世
話までしないといけないんだ!!」
「仕方ないでしょう?ちゃんと正規の値段で依頼してきているんだから。それに盆栽の世話だけで通常の仕事分のお金が入るの。そう考えれば安いもんでしょう?」
「俺のしたいことは…」
こんな金持ちの道楽に付き合うことじゃない!!そう言いかけたが口をつぐんだ。これ以上言い争うのは無駄だ。何も生まない。ルカが深くため息をついた。
「こんな言い争いしてもしょうがないわね。さっさと仕事に戻るわよ」
腕は冷気の煙に包まれ、消えた。拘束が解かれたが、逃げる気力はもうなかった。どうせ同じことの繰り返しになるだけだ。俺はビルから飛び下り、ルカが乗ってきた車に乗った。
俺たち庭師の仕事場、「プレジュデン」はかなりでかい。一辺約200mのガラスによって囲われた立方体であり、中に入ると本当に多種多様な植物がこれでもかと植えられている。生育する気温や気候によって細かく区間分けされており、虫や細菌などの天敵たちも入っては来られない。ここはまさしく、植物にとってのエデンである。それは、庭師(俺たち)にとっても同じである。
「あ、やっと帰ってきた!」
誰かが遠くから大きな鉢植えをもってこちらに走ってくる。
「そんなに急いで走ると転ぶわよ、ナタ。」
「ごめんごめん!あんまり遅かったから何かあったんじゃないかって心配で心配で~!」
ナタの心配性具合にはすこしうんざりする。
「あ!いまため息ついたでしょ!せっかく心配してたのに!」
「そんな心配されるほど子供じゃないだろ?第一、俺が戻ってこなかったことないじゃないか」
「そうかしら~?サボるたびにルカに連れ戻されてるから、てっきり自分一人だと帰ってこられないと思ってたよ~?」
「なんだと?」
「その辺にしときなさい、二人とも」
ナタとのにらみ合いは続く。
「ナタ。あなた自分の仕事は終わってるのかしら?」
「あ!水汲み!」
ナタは忘れていた仕事を思い出したらしく、すぐにその場を去った。
「さあ、あなたも作業場に戻りなさい」
しぶしぶ自分の作業場に戻った。作業場に広がる数々の盆栽を見ると深いため息が出る。
「さぁ…やるかぁ…」
憂鬱な仕事が始まる。




