三つの小窓
とある美術館に飾られている一枚の絵。
作品名は『三つの小窓』という。
作者は不明であり、描かれた年代や場所も不明。
わからないことだらけの絵画であるにも関わらず、それは不思議な魅力を持ち、何より奇妙な体験ができるということでその美術館の看板作品になっていた。
今日も美術館はその作品を見ようとする客で賑わっていた。
警備員のMはその様子を展示室の後方から眺めていた。作品は少し高い位置に飾られているため、Mの位置からでも作品がよく見えた。
客に注意を払いつつ、Mは作品を見る。ここの警備員になってから毎日のようにこの作品を見ているが、ずっと見ていても飽きない不思議な絵だと思っていた。
絵は題名のとおり三つの小窓が等間隔で並んでいる様子が描かれていた。それ以外の部分はオレンジ色で塗られており、他には何も描かれておらず、いたってシンプルな作品になっていた。
さらに三つの小窓の中、景色にあたる部分には色すら塗られておらず、キャンバスが丸見えの状態になっていた。
そんな一見すると制作途中のような絵画は長年の研究で完成した作品であると証明されている。
シンプルでも人を惹きつける不思議な魅力のあるこの絵にはもう一つ奇妙な体験ができるというオカルト的な側面を持ち合わせていた。
それは描かれている三つの小窓を全て視界に収めて少し待っていると、小窓の中に色が浮かび上がって見えるというものである。
しかもこの色は見る人によって変わり、ある人は左の小窓から青、緑、黄色に見えて、またある人は赤、青、ピンク色に見えるなど配色は様々だった。
それが何を表わしているのかまるでわからなかったが、その不可思議さが人気を博し、今では世界的に有名な絵画になっていた。
Mが小窓を三つ視界に収めてじっとしていると左の小窓から黄緑、深緑、赤色が浮かび上がってくる。
多少色味が変わることはあるものの、Mの目には小窓の中の色は常にこの三色だった。
訪れてくる客が自分の見えた色について話し合っているのを聞いても、全く同じという人は誰一人としておらず、皆、口々にこれは何を表わしているのだろうかと議論していた。
Mもあれこれ考えてみたものの、皆目見当もつかず、今では訪れる客の反応とかれらの考察にこっそり耳を傾けることが勤務中の密かな楽しみになっていた。
ある夜、この美術館に強盗が入った。
強盗は五人で綿密に計画を練っており、美術館のセキュリティを難なく突破した。
彼らの狙いはもちろん『三つの小窓』であり、入手後は裏ルートの海外オークションに出品する手筈になっていた。
彼らは『三つの小窓』の展示室に侵入して、すぐさま梱包用の箱を用意した。あとは作品を壁から外して箱に入れるだけだった。
強盗の一人が作品に手をかけた。
翌日、美術館は物々しい雰囲気に包まれていた。
『三つの小窓』の展示室に五人の男が倒れており、うち四人が死んだ状態で発見されたからだ。
四人は恐怖で顔が歪んでいて、関節が不自然な方向に曲がっていた。
残りの一人は意識があったものの、他の四人と同じく関節が不自然に折れ曲がっていて、病院に搬送されたものの死亡が確認された。
搬送時に男は「黒い、黒い…」とうわごとのように呟いていたがそれが何なのか結局わからなかった。
なお、『三つの小窓』は損傷がないかなどの確認のためスキャンにかけられたところ、作品の下部分に今まで発見されていなかった短い文章が見つかった。
『汝、我を穢すものに死を』
この作品には何か秘密があるのかもしれない。