第六章
王都に戻るとすぐに学院の授業が始まる。
新しい新入生が入ってきた私たちはついに最上級生になった。
久々に出会う「勇者パーティ」の面々はもう凶悪そうな顔をしてこちらを睨みつけてくる。
さすがにドミニク王子は全く表情を出さずに澄ました顔をしているが、マージーに目を向けると彼女はすっと俯いて視線を逸らしてしまった。
ルイスお兄様によると「勇者パーティ」もやっとのことで中級地下迷宮を踏破したらしい。
沢山のポーションを持って行ったらしいけれど、もう使い果たしたのでマージーが治癒魔法を使った結果、感激したパーティの面々はマージーに対してもはや信仰心に近い感情を持ち始めたようである。
学院内でも公然とマージーを中心に「勇者パーティ」の男たちが取り囲んでいる。
デレクなどはセレスティアの姿を見ると「貴様はマージー様を虐待した『悪役令嬢』だ!」と言い出すようになった。
「『悪役令嬢』って何よ。意味不明だわ」
「はっお前は偉大なるマージー様に無理やり魔法を覚えさせただろう!許されない罪人だ!」
セレスティアもさすがにどう返答していいかわからない。
「はあ?あんたらの手助けしてやっただけじゃない。意味不明なこと言わないで」
「悪役だからそんなことを言うのだ。我々勇者パーティはお前が魔獣に襲われても助けになど行かないからな」
「結構ですわ。そんな助けなどこちらから願い下げよ」
「後で助けてくれと泣きついてきても知らないからな」
はあ、頭痛がする。
マージーは口をぎゅっと引き結んで視線は下に落としたままである。
デレクやケビン達はマージーに「姫、ここは『悪役令嬢』がいるので空気が汚染されています。さあ清浄な場所に向かいましょう」とか言ってマージーを連れて教室を出て行ってしまった。
エオーラは「お嬢様も大変ねえ」と絶句している。
マルグリータやローズマリーは「私、アレと婚約解消したことを今ほど幸せに思ったことはないわ」と穏やかならぬことを言っているようである。
そもそも『悪役令嬢』ってなによ!いったいどんな意味があるのよ。そりゃ全くいい意味が入っていないのはわかるけれど私がなんの悪役なのよ!
さすがに声に出すことはできずに私は心の中で目一杯叫んだのである。
その後、何日かするとマージーのノートが破られたり汚物が机の上に置かれたりして、それが全て『悪役令嬢』である私の仕業だという噂が流れ出した。
もっとも誰もその破られたノートも机の上に置かれた汚物も見たことはないのである。
これは献身的な「勇者パーティ」の面々が素早く異常を発見して他の人が見る前に全てを回復したというのである。
ノーラも「さすがにひどい話です」と憤っている。
デレクは私の顔を見る度に『悪役令嬢』と嘲るように言ってくるようになった。
もう私はその言葉を聞くだけで頭痛がしてくるので何も言わないようになった。
エオーラはデレクに「で、どうしてうちのお嬢様が『悪役令嬢』なんだよ」と言い返した。
デレクは「そんなもの当然だろう。『悪役令嬢』なんだから『悪役令嬢』と言って何が悪い!」と怒鳴り返す。
エオーラはそんなことにこだわることなく「だからお前がそんな悪口を言う理由だよ。根拠もなしにお嬢様を誹謗するならば私が許さないよ」という。
デレクは今まで模擬戦で一度もエオーラに勝ったことはない。
そんなエオーラに凄まれてデレクはわずかに顔色を青くしながら「そ、それは俺がセレスティアを見たからだ」と言う。
「ほう、どうしてお嬢様だとわかったんだ」
「そりゃ後ろ姿を見たからだ」
「なぜその時捕まえなかったんだ?」
「お、追いかけたけれど廊下にはいなかったんだ。きっと魔女の魔法を使ったんだ。なにしろ『悪役令嬢』だからな」
「デレク、お前、お嬢様が魔法を使えないって知っているだろうに」
デレクは急にアワアワし出して「お、俺が見たのだ。騎士の言葉に二言は無い!」と叫ぶように喚く。
「つまり証拠はないってことじゃないか」
「黙れっ黙れっ黙れっ!」
「いくら強弁したところで証拠は出てこないよ」
デレクはもう顔色を赤くしたり青くしたりして取り止めのないことを喚き散らすだけになってしまった。
そこに現れたのがドミニク王子である。
彼を見たデレクは「王子〜!」と泣きつきに行った。
デレクの体たらくを見ていた人たちには王子の言葉に興味津々である。
ドミニク王子はセレスティアに向かって「最近は『悪役令嬢』という二つ名がついたそうだな」と口を歪めて吐き捨てるように言った。
周囲の多くの人が凍りつく。
ドミニク王子は周囲に向かって「我々勇者パーティは『悪役令嬢』に関わっている暇はない。『悪役令嬢』もいくら邪悪だからといってマージー嬢に意地悪をするのはやめてほしい。我々には大義があるのだ」と言ってデレクを連れて颯爽と教室を出て行ってしまった。
教室に取り残された人たちはむしろポカンと固まってしまった。
エオーラは「セレスお嬢様、もうこちらから婚約破棄した方がいいんじゃないですか?」と爆弾発言する。
「エオーラ、いくらなんでも臣下の側から王子様に婚約破棄はできないわよ。でも、あの別荘の準備をしておいて良かったかもしれないわね」
♢
勇者パーティの面々はそれからもことあるごとにセレスティアを『悪役令嬢』と罵ることをやめなかった。
そうなってくるとその悪口雑言を許可している王太子におもねる人も増えてくる。
いつの間にか勇者パーティ礼賛派が増えてきてセレスティアを支持する人たちを包囲するようになってしまった。
これは王太子に対立する人が増えては王家の権威が失墜することを恐れたセレスティアの意向であった。
セレスティアは自分の腹心であるエオーラとノーラ、そして勇者パーティの面々に婚約解消された三人の令嬢以外はできるだけ王太子派に追い遣ったのである。
多数派になった勇者パーティ派は調子に乗ってセレスティアを誹謗中傷することに力を入れていたが、セレスティアはそんな粗雑な挑発には乗らず、仲のいい友人達とお茶会をしたり楽しんでいたのである。
そんな中でもセレスティアは相変わらず王宮に上がってドミニク王子のために書類の決済を行い続けていたのである。
王妃様は辛そうな目で私を見て「セレスティア、あなたは私の娘なんだからね」と会う度に言ってくれた。
いや、『悪役令嬢』は王子様から婚約破棄されたら逃げ出すんですよ、とセレスティアは心の中で答えるのだけれど、王妃様の気持ちもわかるので声には出さないでいるしかなかった。
変なことを言って王宮に幽閉されたら逃げることも難しくなる。
セレスティアはもうひたすら貝のようにできるだけ身を隠して耐えていたのである。
年が明けてもう卒業が近くなってきた。
セレスティアは入学時から成績は一位を続けていた優等生である。卒業についてはもう問題ない。
それよりも問題なのは魔人の出現である。
魔人は魔王の手下と言われる種族で、強大な魔力を使う。そういう存在が緘口令は敷かれているのでおおっぴらにはされていないが、最近、度々目撃されたり遭遇情報が出るようになった。
伝説では300年前の魔王には四天王と呼ばれる部下がいて魔人達や魔獣達を統括して人間の領土に侵略を行っていた。
その中に魔界の王子と呼ばれる魔人がいて伝説でもかなりの強敵であったのだけれど、最近、魔界の王子を自称する魔人が目撃された様子である。
王家が緘口令を強いていてもその噂は漏れ出てきて王国中の人たちに噂が広まるのは時間の問題かもしれない。
勇者パーティはその魔界の王子に勝てるのかしら。魔王の子分の四天王だけれども。けれども、もはや自分たちから勇者パーティに何かアドバイスすることはできることではない。セレスティア自身が勇者パーティから『悪役令嬢』扱いされているのである。
時々帰宅するルイスお兄様によると王太子の周辺では魔人の出現も『悪役令嬢』の仕業になっているらしい。
さすがのルイスお兄様もだんだんと常軌を逸してきた王太子周辺には頭を痛めているようである。
王太子達は『悪役令嬢』を懲らしめれば全ての問題が片付くと考えているみたいで、それが学校での私への誹謗中傷の原因に繋がっているようである。
そりゃあ勇者パーティの実力では魔人に対抗するわけにはいかないよね。
私に悪口をいうくらいしかできないのも当然である。
王家も地方を巡察する第三騎士団を増強することにしたらしい。
国王陛下と王妃様は現実を見ていらっしゃる。
少なくとも勇者パーティに全てをかけるなんて愚策は取らないらしい。
私たちはあまり勇者パーティを相手にせずに上級地下迷宮に挑戦することを優先した。
なにしろ旧都に逃れるとしても、我が公爵領は黒の森に隣接しているのである。今のように魔の力が増大している時には自分たちで魔獣や魔人と対峙しなければならない可能性も十分ある。
魔物退治の実力は高いに越したことはない。
エオーラとノーラは頼れる戦友なのである。
勇者パーティからの悪口はどんどんとエスカレートしていって、私がマージーを呪い殺そうとしているだとか私が魔人を召喚しているだとか荒唐無稽も甚だしくなってきた。
学院の教授陣も一応は私を事情聴取するのだが、何の証拠もなく主張されている悪口なので少しすると勇者パーティの主張の矛盾が露呈したり、あまりにも根拠のない暴言が明らかになるために呆れ果てて撤退してくれるのである。