第四章
夏季の休暇が終わって再び学院に戻ってくると第二学年である。進級判定は厳しいので何人かのクラスメイトは第一学年に残されたし、第二学年から第三学年に進級できなかったものもいたが、おおよその親しいものは無事に進級することができたようである。
第二学年になると地下迷宮での魔獣との戦いが許可され、魔の森での探索も許されることになる。
セレスティアはエオーラや他の生徒会役員たちとパーティを組んで探索に加わることになった。
時々はあの婚約解消した令嬢たちと探索することもあった。
お茶会も何度か開き、もう嫌な記憶については話したくないという令嬢たちの意見をいれて美味しいお菓子や新しいファッションの流行などについても興味深い意見を交換することになったのである。
例の勇者パーティも私たちにライバル意識を燃やしているのか、盛んにマージーを連れて探索に向かっている様子である。
重傷ではないが、生傷を包帯で巻いて投稿してくる姿を頻繁に見かけるようになったのである。
マージーを連れて行っているのに十分に治癒していないのかしらと疑問に思うことがある。
けれども、デレクたちは名誉の負傷なのだ、これこそが騎士の勲章ではないかと強弁するのである。
所詮は別パーティの方針だろうということで文句を言う必要もないと放置していた。
けれども、もう秋も深まってきた頃に私は思い詰めたような表情のマージーから相談を受けることになった。
「セレスティア様、少しご相談があるのですが」
「マージー、一体どうしたの?」
「探索のことなのです」
「勇者パーティでよく探索にいっているようね」
「ええ。でもデレクたちは私に負担をかけてはいけないと治療魔法を拒否しているのです」
「はあ?」
「一年生の時の魔の森の探索の時から変わらず、私に治癒魔法を掛けさせずにポーションを使いますし、小さな傷も『騎士の勲章』といって治療を拒否するのです」
「それじゃあなたの技能は上がらないじゃない」
「そうなのです。私はお姫様扱いということで」
「それじゃ困るわね。本当に危険な時にあなたが使い物にならなければパーティは全滅よ」
「そうなのです」
「で、どうしたいの?」
「もしよろしければセレスティア様のパーティに臨時に参加させていただいて鍛えてもらえませんでしょうか」
「それは構わないけれど、勇者パーティにバレたらあなた裏切り者扱いよ」
「覚悟はしています」
こうしてマージーも秘密のうちに私の探索に加わることになった。
以前のマージーならば別だが、今では神殿の仕事も真面目にこなし、おそらくその中で魔獣の噂も聞いているであろう。
今のマージーは相変わらず「軽傷治癒」しか唱えられないが、真面目に取り組んでいるのがよくわかる。
私も公爵家の力で貴重な白魔石を大量に消費しているが、マージーのおかげで消費量が抑制できつつある。
以前はマージーに白い目を向けていたエオーラも真面目に探索に取り組むマージーを認めざるを得ず、複雑な感情を向けるようになっていた。
お茶会で勇者パーティの面々に婚約解消された令嬢たちにマージーの現状をお話しすると、皆口々に「そうなのですね。マージーは真面目に探索に取り組んでいるのですね」とマージーについては認識を新たにした様子であった。
「もちろん悪いのは私の元婚約者であったのでしょう」
「けれども、やはりまだ私はマージーを認めたくないのです。いつかは仲直りできるかもしれませんが」
私はそういう令嬢たちの言葉を聞いていつからこのお茶会にマージーを呼ぶことができればと思うのだった。
♢
勇者パーティではほとんど進歩しなかったマージーも私たちと一緒に探索するようになって、「軽傷治癒」だけでなく「重傷治癒」を唱えられるようになった。
少しずつ魔力量も増えてきているようで、治癒魔法の回数も増やせるようになってきた。
それとともにマージーのやや俯いた自信のなさそうな表情がいい笑顔になっていく様子も見られたのでそれは見ていて悪くなかった。
魔力が増えてくると治癒魔法だけではなく結界の張り方も教えられるようになる。
国の結界は大神殿で魔力を注入すればよい方式が構築されているが、個人的な結界が張れるようになると魔獣の攻撃や侵入を防ぐことができるようになるので探索には有用になる。
エオーラの技能も上達してきたのとマージーの結界構築も可能になったので中級の地下迷宮に挑戦し始めたのは年末の頃である。
その頃にはマージーはまだ初級地下迷宮を攻略しきれていない勇者パーティよりも私たちの中級地下迷宮の攻略を優先するようになってきたみたいである。
初級の迷宮では魔法を使うモンスターは少数であるため、騎士や勇者の力技が重要になるのだが、今に至るまで初級の迷宮を攻略しきれていない「勇者パーティ」については私は微かな不安を感じざるを得なかった。
まだまだ魔王再臨は先かもしれないが、この調子では魔王が復活した時に「勇者パーティ」は魔王を首尾よく退治できるのだろうか。
けれども、もはや王太子にそんなことを言えるような雰囲気はない。
密かにマージーとは修業しているが、勇者パーティの面々とはもう言葉も交わさないようになってしまっている。
夜会についてもいつの間にか王太子がエスコートしてくれることは無くなり、どうしても出席しなければならない夜会にはお兄様のルイスにエスコートしてもらうようになってしまった。
相変わらず王宮には通っていてもう一切の執務をしなくなった王太子の代わりに書類の決済は行なっている。
王妃様はこんな状況でも私のことを身内と呼んでくれている。
「あのバカ息子は勇者パーティなんてたいそうな名前をつけているみたいだけれど、名前に負けないようにやっているのかしら」
恐ろしくて本当のことは言えない。
「私たちは最近中級地下迷宮を攻略していますから王太子様も同じくらいではないでしょうか」
当たり障りのないようにいうしかない。
「救いはあの聖女とやらは最近真面目に神殿で修行しているってことくらいかしらね」
これは多分王妃様はマージーのことを知っている。
「ええ。心を入れ替えてくれたようで少し安心ですね」
セレスティアがそう言うと王妃様は私の方を見てなんとも言えない顔で口角を上げた。
「まあ、あなたには期待しているわ」
王妃様がどこまでご存知かはわからないけれどこれ以上突っ込んだ話は危険なので王宮を辞して学院に帰ることにした。
♢
年も明けて中級地下迷宮もなんとか攻略できるようになり、マージーは「瀕死の重傷の治癒」が可能になってきた。
上級の地下迷宮はドラゴンが配置されていたり魔族がいたりする危険な迷宮である。
もう少し頑張ればマージーも「浄化の奇跡」を習得できるかもしれない。
「浄化の奇跡」を会得すれば魔族に対抗できるようになるのでもう少し中級で頑張りましょうとみんなで話をしていたある日のことである。
マージーが真っ青な顔をして教室に入ってきた。
その後ろには怒気を露わにしたデレクやケビンなどが続き、最後にドミニク王太子が入ってきた。
マージーは「セレスティア様,申し訳ありません。中級地下迷宮に一緒に行っていたことがバレてしまって」と半泣きになっている。
デレクたちは「魔力も使えない半人前のくせに中級迷宮なんてどう言うことだ!どうせマージーをこきつかって自分だけ楽をしていたのだろう」とか様々な悪口雑言を浴びせかけてきた。
エオーラはその悪口に「はあ?」って反応しそうになったのでそれを止めているとドミニク王太子が進み出てきて「マージーは勇者パーティの一員だ。それを勝手にあなたが自分のパーティに組み込むことはルール違反だ」と言ってきた。
「そうね。あなたに許可を得ようとしても無理だったでしょうから」
「当然だ。無意味に聖女をこき使うなどということは許されない。二度とマージーには近づかないでもらおう」
「王太子様のいうことなら従わざるを得ないでしょう」
「私が何かいう前に自主的に従っていただきたいものだ」
マージーはもう泣きそうだったが、私は黙って首を横に振って教室を出てゆくしかなかった。
その後、王太子の命令によってマージーが神殿にゆくことも禁止されたという話をクララから聞くことになった。
王妃様にそのことは言ってみたが、勇者パーティのことについては王太子の意見が最優先であり、マージーのことには介入が難しいということであった。
勇者パーティの連中はもうマージーを姫に祭り上げてしまったので、彼女は私の方に視線をやることすらできなくなってしまった。