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第三章

年始には多くの貴族にとってデビュタントの季節である。王家主催の夜会にはその年に成人する若者が参加して社交の季節が始まる。

セレスティアは王太子の婚約者としてドミニク王子のエスコートで入場することになる。

その年に15歳になる男女が揃ってダンスを踊る中、ふと向こうを見ると「勇者パーティ」の男達とマージーは一団になって何やらやっているのが見える。ドミニク王子は「友人達にも挨拶しなければなりません」と席を外して「勇者パーティ」の方に向かったようである。

王妃様は「うちの息子は付き合い悪いわねえ。やっぱり思春期の反抗期かしら」なんて呑気に言っているが、王室の非公開会議では魔獣の被害についても議論されるようになっている。

王子も地方の魔獣を退治するために第三騎士団の増強が議論されていることは知っているだろうし、自分の「勇者パーティ」を気にかけたいということなのだろう。

さらに観察していると、マージーをちやほやしている「勇者パーティ」から少し離れたところではローズマリー・スペンサー伯爵令嬢とヴィニフレッド・ロザリンド公爵令嬢が勇者パーティを睨みつけているのが見えた。

彼女達はケビンとセオドレッドの婚約者である。

そりゃケビンもセオドレッドも婚約者を無視してマージーの恋人然としてちやほやしているのだから彼女達が居ても立っても居られないのはよくわかる。

そういえば私も彼女達と同じ立場だものねえ。

デレクの婚約者であるマルグリータ・ディアズ子爵令嬢はあちこち探したけれどその姿は見えなかった。もしかしてデレクってば自分の婚約者をエスコートしてこなかったのかしら。

ちょっと常識では考えられないけれど。

学院で彼女の様子をチェックしなくちゃね。



翌日学院でマルグリータを探していると、彼女は普段の快活さを失って俯いて席に座っている。

「ご機嫌ようマルグリータ。ご気分でもよろしくないの?」

「セレスティア様…」

こちらを見上げたマルグリータの目には涙がいっぱい溜まっている。

生徒会室にマルグリータを連れてきて事情を聞くと、彼女はデビュタントの時にデレクからエスコートされなかっただけでなく、婚約解消まで言われているらしい。

「デレクはマージーをエスコートしたようなのです」

エオーラは「デレクの奴、一度シメてやるべきじゃないか?」などと不穏当な発言を呟きはじめている。

私も「もし何か力になれることがあったら教えてね」と言ったが、マルグリータは「セレスティア様にお話を聞いていただいてスッキリしました」ともう諦めたように言うのだった。

「彼はもう一時の浮気というわけではなくマージーにゾッコンみたいですね。もうこっちには一瞥もくれないので諦めるしかないことはわかっているんです」

「あれは単に勇者パーティの結束を強くするだけなんじゃないのですか?」

「マージーの奴はうちのデレクだけじゃなくケビン様やセオドレッド様にも手を出しているみたいで、ローズマリー様やヴィニフレッド様も大変みたいですね」

「王太子様も私をエスコートしてくださったのはいいけれど、すぐに勇者パーティの方に向かわれたものね」

「私の家も商人上りで平民みたいなものですが、マージーは平民とはいえあまりに常識知らずではありませんか」

エオーラは「そうだそうだ、マルグリータは少しも悪くない」と言っているが、私も王太子がマージーに見せる態度を思うと返事のしようがなかった。



学院の奥には魔の森の一部があり、そこから魔物が出てこないように結界は張られているが、上級生はその結界を通り抜けて魔獣を狩ったり、地下迷宮に挑戦したりするらしい。

一年生も入学してほぼ一年の課程を終えて進級できるかどうかの確認の意味で魔の森に入って魔獣退治をする試練が課されることになる。

もちろん、魔獣といっても初心者用にレベルの低いものが飼育されていて、他の魔獣が入り込まないように結界で仕切られた「安全区域」の中で行われるものなのだけれども。

セレスティアは魔法が使えないのでジャッジ側になっているのである。

生徒達は何人かのチームでパーティを組んで森の中に入って魔獣と戦うことになる。

セレスティアはそれを遠見の水晶玉で監視して必要ならば救援の上級生や教員を派遣する役である。

一年生がそれぞれ森の前に待機すると教員が諸注意を確認したのち、それぞれのグループが森の中に入って行く。

エオーラは剣を振り回して快調に進んでゆく。日頃の鍛錬の成果でコボルドやノーマルウルフのような魔獣達は一撃で仕留めている。

他のグループも戦士や騎士と魔法使いが力を合わせて敵を倒して行っている。

「どのグループもそれなりに順調そうね」

と思って真ん中の水晶玉を見れば「勇者パーティ」は森の入り口でまだ最初に出会った三匹のジャイアントバットと戦っていたのである。

「えっ?」

と思ってよく見れば、前衛三人が全く連携の取れないまま蝙蝠を攻撃し、魔法使いであるケビンを誰も守らないのでケビンが魔法を打とうとしてもカウンターアタックで阻止されているのである。

聖女であるはずのマージーは攻撃もせず魔法もかけずにただぼーっと突っ立っているだけであった。

呆れ返って眺めてしまったが、デレクはもう出血で顔色も悪くなっておりフラフラである。

「これはストップね」

セレスティアは「勇者パーティ」の緊急ボタンを押した。

もう数分もしない間に上級生の騎士達が勇者パーティの救援に現れてジャイアントバットを倒し、彼らを安全地帯に連れて行った。

「よかった」とさらに見ていると、傷を受けた男達はバッグからポーションを取り出して傷の対処を始めたのである。

「はあ?パーティに聖女がいる意味ないじゃない」

セレスティアはあまりのことに空いた口が塞がらないのであった。

嫌な予感が止まらないので神殿に行ってみた。

聖女のクララに話をしてマージーについて聞いてみる。

「ああ、あの子ね。なーんにもしていないわ」

「え?」

「なんだか偉そうにしているけれど、ちょっと祈るだけで聖女の雑用事なんてやらないし、治癒の奇跡についても全く手伝ってくれないわね」

「それって大問題じゃない」

「最初は色々言ったんだけれどね。王太子から文句が来たからもう何も言っていないわ」

あーもうあいつ、バカ王太子って呼ぼうかしら。なんのために勇者パーティやってるのよ!

暗澹とした気持ちで「クララ,いろいろ教えてくれてありがとう」とお礼を言って学院に戻ることにした。

学院ではデレクやケビン達が相変わらずマージーの周りに侍って勇者パーティについて声高に自画自賛していた。

たかだかジャイアントバットに敗退した「勇者パーティ」が何を言っているのよ、と不意に頭痛を感じた。

けれどももう放置することもできない。

男どもを無視してマージーの前に立って言った。

「あなた、神殿での業務をやっていらっしゃらないそうね」

「あーそれは王子様がやらなくてもいいっておっしゃられたので」

デレクも入ってくる。

「聖女様には無理なことをさせてはいけないんだ。魔力を使えない女が偉そうなことを言うな」

「はあ、あなたは剣の練習もせずに達人になるつもりなのね。私はあの森の実習では監視役をしていたので全部見ているのよ」

マージーがおずおずと尋ねてくる。

「あの、もしかして魔法を使わないと上達はしないのですか?」

「そりゃそうよ。魔力を強くするためには魔力が空っぽになるまで使うことがおすすめとされているわ」

デレクは尚も魔法も使えない女が偉そうに言うなと言っていたがギロッと睨みつけて強制的に口を閉じさせた。

ボンボンのくせに舐めるんじゃないわよ。

「マージー、まずは神殿の雑務や治療はきちんとやること。パーティではきちんと治癒の魔法や他の魔法を使ってパーティに貢献するのは当然よ。自分ができることは何か、常に考えて」

マージーは結構真剣な表情で手を握りしめて聞いてくれている。

「あなたが悪いんじゃないわ。正しい鍛錬をこれからやればいいのよ」

デレクは「お、覚えてろ!」とドラマの三下のような典型的な捨て台詞を残して走り去った。

マージーは「セレスティア様,ありがとうございます。私、頑張りますっ!」と力強く言う。

エオーラは結構戸惑って「え?マージーっていい子ちゃん?」って言っている。

このままいい方向に向かえばいいのにと祈るしかなかったのである。

その後、神殿に行くとクララが「聞いて!マージーがまともになったの!」と興奮したように話しかけてきた。

あの話をしてからマージーが神殿の雑務や治療を積極的にやるようになったらしい。

「神様の思し召しね。彼女も聖女としての意識が出てきたのかもしれないわね」

「そうなの。もう諦めていたのだけれど、神様は忘れていなかったのね」

「心を入れ替えて修行するようになったのならばきちんと評価してあげなければね」

「もちろんよ。ついにマージーも神の愛を知るようになってよかったわ!」

クララは喜びを抑えられない様子である。

私もいい気分になって神殿を後にすることができたのである。



春の休暇の時に久しぶりに実家に帰るとお父様とお母様が喜んで迎えてくれた。

王宮で王太子の側近をやっている兄のルイスも珍しく帰ってきていた。

晩餐の後、ルイスはセレスティアのところにやってきて、王宮ではセレスティアの悪評が立っていることを告げた。

「王太子とその周辺は勇者パーティの聖女をセレスティアがいじめていると公然と言っているぞ。本当のところはどうなんだ?」

「神殿で勤める聖女様と同じ基準を求めることがいじめというのははじめてお聞きしましたわ」

「学院でもいじめているというぞ」

「マージー様の周囲には常に勇者パーティの皆様が侍っておられるのに私などが近づくなんてとんでもないですわ」

「それは本当なのか?」

「先日は魔の森の実習がありましたのでその時には一言申し上げましたわ」

ルイスもその話は知っていたとみえて、明らかに表情が暗くなった。

「そうだな。あれはいくらなんでも酷すぎた。国王様も王妃様もお困りになっている」

「ええ。なので勇者パーティの皆さんはもっと鍛えるべきなのです」

「どうやら今回はホンモノらしいという話になっている。勇者には頑張ってもらわねば困る」

「聖女様についてはこちらでできることはどうにかしたいと思っていますのよ」

「けれども注意は必要だ。やり過ぎると事実無根の言いがかりであっても失脚させられる可能性もある」

「気をつけますわ」



夏休み前にはローズマリーとヴィニフレッドも婚約解消になった。

二人とも「もう何も言うことはない」と言うことだった。

ローズマリーは私と同じように7歳からケビンと婚約していた幼馴染だったようだけれど、結婚する前に現実を知れてよかったとむしろサバサバしていた。結婚してから浮気されたらもっと大変だったと言い、もう涙も枯れちゃったのと寂しく笑っていた。

ヴィニフレッドもマージーが悪いわけではないけれど、勇者パーティの面々がひど過ぎる。貴族としても紳士としてもありえないという。

二人ともまた婚約者にはなんの未練もなく、新しい恋を探さなきゃと前向きだったことだけが救いであった。

「お茶会の時はぜひ招待するわ。新しい恋のことも聞かせてね」と私がいうと、二人とも「お呼びいただければ恋バナについてはかたりますとも」と最後は笑顔で帰って行った。


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