第二章
セレスティアと王太子はどちらも最上位クラスであるAクラスに属すことになったが、ドミニク王子は近衛騎士団の団長の息子であるデレクや魔法師団長の息子で風地火水の四種の魔法を操れるケビン、宰相の息子であるセオドレッドなど男子を側近のように扱いグループを形成していた。
彼ら王太子グループは同じクラスのセレスティアを露骨に無視していた。
彼らは勇者マハティールと勇者パーティを崇拝しており、自分たちは聖女を推戴して英雄になるのだというわけである。
未だ魔力詰まりで白魔法を使うこともできずにいて聖女認定されないセレスティアなどお呼びでないというのである。
ドミニク王子はさすがに直接言及することはない。けれども、騎士団長の息子であるデレクなどは、セレスティアが魔石を使って白魔法を使うことはインチキだと非難してくるのである。
エオーラは今時、300年前の魔王を撃ち倒した勇者パーティなど時代錯誤だと嘆いた。
けれども、王家の事務で魔王復活の可能性が示されていることを知っているセレスティアは当然極秘事項である魔王については答えることもできずにただ俯くばかりであった。
♢
白魔石は天然に産出することも少なく、神殿の聖女たちが魔力を込めてくれるものは高価である。
けれども、リンデン公爵は娘のためにと高価な魔石を惜しげも無く購入して愛娘の魔法の鍛錬のために使わせたのである。
鍛錬の結果、セレスティアは普通の治癒だけでなく重傷者を回復させる治癒魔法や瀕死のものまで回復させる魔法まで体得している。
けれども、高度な魔法を使う時には大量の魔力が必要であり、そのために貴重な白魔石を消費するのは非効率であるため、周囲には基本的な魔法しか使えないことにしている。
神殿の聖女たちとセレスティアは親交がある。
セレスティアの魔力詰まりを治してもらおうとリンデン公爵は彼女を連れて神殿にゆくこともあるのである。
残念ながら今、神殿に仕えて聖女の役目を果たしている神殿の聖女たちは魔力の強くないものばかりであり、セレスティアの魔力詰まりを改善することはできなかった。
けれども、聖女たちの奉仕の精神、民を差別せず癒しを行おうとする努力はセレスティアにも強い共感を与えた。
聖女の多くは7歳の魔力測定で聖女の印が出たものたちを神殿が集めてきたもので、そういう子供たちを神殿で教育する中で聖女の力が一定以上発現したものを聖女に認定しているのである。
現在の聖女をまとめるのはクララという20代の女性だった。
「本当はセレスティア様のように魔力が強い人が聖女になってほしいわ。私たちでは魔力が弱過ぎて国を守る結界も強くは張れないの」
「そんなことはないでしょう」
「今までは魔獣の力も強くなかったから弱い結界でも守れていたけれど、魔界が接近してきて魔獣の力が強くなると結界の綻びから魔獣が侵入してくるかもしれない」
「聖女の力で何とかならないのかしら」
「これまでは何とかなっていたのだけれど」
やはり最前線では異変を感知しつつあるようである。
♢
そんな中、ゼーレ男爵が新たな聖女を発見したという話が持ち上がった。どうやら平民の女性が魔力検査を受けておらず、15歳になって聖女の力を発揮し始めたらしい。
ゼーレ男爵は彼女を神殿に預けるべきなのか、それとも王立中央学院に預けるべきなのかについて意見を求めてきたのである。
一般には神殿の教育は7歳の魔力検査を受けて聖女の可能性がある子供達を受け入れて行うものである。既に15歳になっている聖女に神殿の教育が相応しいかについては議論がある。逆に学院に入学すると一般的な白魔法については学べるだろうけれど、元々白魔法の使い手は少ないため学院で学べることは少ない。
教員間でも受け入れに賛成するものと反対するものが対立してしまったため、学園会議が実施されることになった。生徒からは名誉生徒会長であるドミニク王子と生徒会長のセレスティアが出席することになった。
やはり教員たちは侃侃諤諤の議論をするばかりで一向にまとまらない。
困った学園長はセレスティアに意見を聞いた。
「当然、神殿で学ぶべきです。聖女としての能力は実際に聖女が働く場所で学ぶのが当然ではありませんか」
するとドミニク王子が立ち上がった。
「神殿における聖女のカリキュラムは小児向けに過ぎない。聖女は既に学院の入学年齢に達しているのだから我々の勇者パーティに入って実地で実力をつけるのが当然である」
セレスティアとドミニク王子はお互いに立ったまま睨み合ってしまった。
学園長は予想外の対立に困惑してしまって彼女を受け入れる代わりに週に一度神殿で研修させるという折衷案を出してきた。
セレスティアもいたずらに対立を深めたくはなかったのでその折衷案を受け入れることになった。
ゼーレ男爵の養女となったその娘は11月のやや寒くなってきた頃にやってきた。
マージー・ゼーレ男爵令嬢はピンクブロンドの髪を持ち、エメラルドの瞳を持つある意味平民らしい可憐な少女である。
登校初日には生徒会長であるセレスティアが学院内を案内することになっていたのである。
マージーは初めての学校ということでやや緊張して不安な眼差しを隠すことはできなかったようだった。
恐らくはゼーレ男爵家で行儀作法を叩き込まれたのであろう。必死に貴族の礼を行おうとするが、付け焼き刃のお作法はしばしば破れてしまっていた。
名誉生徒会長であるドミニク王子やセレスティアに挨拶する時にはもう右手と右足を同時に出しそうだったし、ご挨拶の声はもう裏返りそうだった。
けれど、彼女はそれでも天性の愛敬があったようで、周囲の人も不作法を咎めるというより微笑ましいという態度をとった。
挨拶の後はセレスティアが彼女を学園のあちこちを案内することになっていた。
マージーは学園を案内してもらいながらセレスティアと話すうちになんとか落ち着きを取り戻してきたようである。
けれど、案内した後、教室に戻ろうと渡り廊下を歩いていた時に向こうからドミニク王子とその取り巻きの一派がやってきた。
騎士団長の息子であるデレクはいきなりマージーの手を取ると「聖女様、勇者パーティにようこそ。こちらに勇者のドミニク王子がいらっしゃいますよ」とマージーを奪い取ったのである。
セレスティアは直接デレクに押されたわけではなかったが、バランスを崩してタタラを踏んでしまった。
後ろに控えていたエオーラは「デレク・スタッドマン伯爵令息、それはあまりにも作法を失していますよ」とデレクを非難したが、ドミニク王子の虎の威を借る狐であるデレクは「おや、魔法も使えぬ偽聖女の従者が何か言っているようです。カカシなら大人しく立っていれば良い」と更に暴言を吐くので怒ったエオーラはもう抜刀しかねないほど憤激してしまった。
ドミニク王子は「デレクも控えよ」と言っただけで踵を返してマージーの手を取って教室に戻ってしまった。
セレスティアはエオーラの肩を抱いて「とにかく落ち着きなさい」と抑えるのに精一杯であった。
二人で教室に戻るとドミニク王子とマージーの周りに王子の取り巻きや女の子たちが群がっていた。
セレスティアとエオーラに対しては彼らは意図的に無視で迎えた。
授業が始まっても彼らは完全にセレスティアを無視してマージーを歓待することに全力を上げていた。
♢
ドミニク王子とその取り巻きのマージーに対する態度についてはエオーラは相変わらず激怒している。
彼女はセレスティアが王子の婚約者としてドミニク王子に正式に抗議すべきだと考えている。
けれども、セレスティアはその意見に容易に頷くことはできないのである。
王家の書類からは瘴気の増大や魔獣の復活の報告を受けているセレスティアにとって、その話は極秘であるのでエオーラにも言えない。
ドミニク王子の勇者パーティは魔物退治や、もしかすると魔王が復活した時には魔王退治をしてもらわなければならないのである。
そう考えると自分の魔力で魔法を使えないセレスティアにとってはマージーが聖女として活躍してもらわねばならないことになる。
むしろ、ドミニク王子とマージー達が鍛えられて魔王に勝てるようになるということをサポートするのがセレスティアに与えられた仕事なのかもしれない。
その過程でドミニクとマージーがくっつき、セレスティアは捨てられるかもしれないけれど。
真っ暗な将来を思いやると、もう俯くしかない。
そんな絶望的な気持ちで学院の授業を受けて、午後からはもう完全にセレスティアの仕事になってしまった王宮の書類の決済をする毎日が続いていた。
魔法の授業では魔石を使って魔法の課題をクリアしているセレスティアに対してはドミニク王子は全く無視しているが、その取り巻き達は見下す視線を隠そうともしない。
彼らはマージーをまるで女王のように侍っているのである。
残念なことはマージーは白魔法についてはまだ基本的なものしか扱うことができないのであるが。
エオーラは「セレスティア様が魔石を使うことは学園長も認めておられるのに」と歯軋りして悔しがっている。
そのなかでセレスティアにとって喜ばしいことも起こった。
薬草学の授業でポーションを作ったのである。
ポーションの作成には適切な薬草の処理が必要だが、それに加えて適度な魔力の注入が必要である。
セレスティアはその時、魔石を使うことはせずにただ手をポーションの原料にかざしていただけなのだが、自然にポーションに魔力が浸透して、高性能のポーションを作ることができた。
薬草学の教授も前例のないことに驚いて様々調べることになったが、恐らくは魔力詰まりによって出口を失った魔力が漏れ出ているという可能性が考えられたわけである。
古代の大聖女達も溢れ出る魔力があって、そういう魔力を求めて大精霊やドラゴンが集まってきたという伝説があるということらしい。
「私は魔法の一つも使えないのに、そこだけは大聖女と同じなのね」
セレスティアは自嘲気味につぶやいたけれど、それまで何もできない無能扱いだったのがポーションを作れるということは彼女にとっての一つの救いになったのである。