第十六章
私はポーションや解毒剤、魔力回復薬を大急ぎで作らなくてはならなくなった。
けれども、今は安全のために王宮から出ることができない。困った私は実家に逗留しているノーラにこちらにきてもらうようにお願いした。
ノーラを連れてきてくれたルイスお兄様とノーラとでポーション作成について相談すると、それは魔法省にお願いするのがいいのではないかという。
魔法省の大臣にはお父様にお願いして貰えば公爵家の威光でなんとでもなるのではないかということである。
幸い、お父様も既に登城していたので頼みに行くと二つ返事で引き受けてくれた。
魔法省の大臣はすぐに倉庫にある原料の薬草とポーション作成用の器具、ポーションを詰める空瓶を提供してくれることになった。
魔法省の部屋は魔術師団のそばにあるので少し不安だったが、エオーラやノーラ、そしてルイスお兄様が護衛にあたって下さるということだったので、陽当たりのいいその空室をありがたく使わせてもらうことになった。
ノーラにも手伝ってもらって材料の薬草を切ったりして水の入った鍋に入れ、加熱してエキスを抽出したところに魔力を込めた。以前は自然に手から滴り落ちる魔力を使っていたが、今は自由に魔力を出せるので一瞬でポーションが出来上がる。
できたポーションの液体を空き瓶に詰めると完成である。
さすがに王宮の器具である。あっという間にポーションができてしまう。予想以上のスピードでポーション用の空瓶がなくなってしまったので解毒剤と魔力回復薬もその日のうちに作ることができてしまった。
魔力回復薬はその場で私が飲むと(ずいぶん美味しくない味がする)魔力の回復は実感できた。
ポーションについては王宮内の近衛騎士団の訓練場に持っていき、そこで発生したケガ人の治療に使ってみることにした。そうすると、結構深い切り傷がすぐに治ってしまった。騎士たちは「普通のポーションよりも効果が高いですね」というので10本ほどプレゼントしてきた。
自分たちが地下迷宮に持っていく分量を考えるとまだまだ余るのだけれど、とにかく準備ができたのでよしとしよう。
ルイスお兄様は私が大量にポーションを作ってしまったことに呆れていた。
「セレスのことを大聖女だという話を聞くようになったけれど、これをみると本当にお前は大聖女になったんだなあ」
ポーションは鍵のかかった倉庫にしまってから私たちは部屋に戻ることにした。
夕食は国王夫妻とフレッドと一緒に城の食堂で摂ることになる。
夕食の時には王妃様は私が戻ってきてくれたことに大層ご満悦であった。
国王陛下は私がポーションを作ってそれが近衛師団で好評だったことを聞かれたようで、そのことを聞いてこられた。
私も緊急時にポーションを作ることにはやぶさかではないのだけれど、商売でポーション作りはしたくないので、ということを言ったがそこには理解を示された。
ポーションを売りまくって稼ぐ王太子妃というのはちょっと外聞が悪いだろう。
フレッドは自分が勇者特性を持っていないので聖剣に選ばれなかったらどうしようなんて言っている。
王妃様はそんなこと気にすることないないって笑っている訳である。
こういうところが王妃様とフレッドで反りが合わないところかもしれない。
けれども私はこのフレッドの真面目さは嫌いではない。まあ、聖剣を取れなかったら偽の聖剣で誤魔化してもいいとは思うけれど。
聖剣探索はフレッドと私、そしてエオーラとカールで行うことになった。
それに加えてプラタとゼフィル、そして私以外の人にはあまり見えないけれど大妖精のエアルが付き添いとなる。
地下迷宮は城の図書館にある秘密の通路から下に降ってゆくことになる。その下に迷宮の入り口がある。
秘密の合言葉を唱えると入り口の扉はゆっくりと開いてゆく。
最初にいるのは守護のゴーレムである。ゴーレムは魔力で動く人形である。基本的には創造者である魔術師の命令通りに動くため番人や警備のために作られる。
エオーラとカールはすぐさまゴーレムに打ち掛かって行ったが、残念ながら魔法のかかった剣以外は弾き返されてしまうようでゴーレムの体は傷一つつかない。
ゴーレムはゆっくりと起き上がるとカールとエオーラに向かって腕を振り回し始めた。
私はプロテクションの呪文を唱えてカールとエオーラを守り、エアルにかまいたちを唱えるように頼んだ。フレッドは火球を放つ。
魔法はゴーレムのクレイの体を切り裂いた。
ゴーレムは体のバランスを崩したのでフレッドは剣を抜いて接近戦を始めた。王子であるフレッドには魔法の剣がある。
足にダメージを受けて暴れているゴーレムの隙をついてフレッドが魔法の剣を振り下ろした。
クレイの体は削られて遂には魔核が剥き出しになった。フレッドはニッコリして魔核に魔剣を突き刺すとゴーレムの体は乾燥した砂粒となって崩れてしまった。
ゴーレムに対して普通の剣で戦って傷ついたカールとエオーラには治癒の魔法をかけた。
ゴーレムの後ろにはさらに階段があり、下に続いている。私はライトの呪文を唱えて明かりをつけるとエオーラを先頭に下に降っていった。
その後はグリズリーベアがでてみたり、マンティコアに襲われたり、カタコンベで亡者たちアンデッドが出てきたり、リビングアーマーに襲われたりしたが、カールやエオーラ、フレッドの活躍で乗り越えてきた。
アンデッド退治には私の浄化の技が役に立ったのは間違いない。
リビングアーマーを倒した後には大きな扉があった。
扉を開けて中をそっと覗いてみると暗い中に強烈な異臭がする。
ライトの呪文で部屋を明るくすると、多くの頭を持ったヒュドラが立ちはだかっている。
エオーラとカールが部屋に入って全力でその首を切り落として行くが、ヒュドラの魔力で切り落とすそばから頭が再生して行く。
切っても切っても生えてくるヒュドラにエオーラはちょっと焦り気味である。それが隙を産んだのかもしれない。エオーラの背後からヒュドラの頭が毒液を吐きかけてきた。
カールがエオーラを突き飛ばして守ったが、カールが毒液をまともに浴びてしまいのたうち回っている。
私は慌ててプロテクションの呪文を唱えるとカールのところに走ってゆき、解毒剤のポーションを手渡した。
もう毒液のかかった部分は鎧も泡立って溶けかけているし、皮膚は青緑色に変色してしまっている。
「カール、これを使って」
エオーラが体勢を立て直してカールを安全地帯まで引きずって来た。
カールは震える手でポーションを開けて飲むと、次第に顔色がマシになってきた。直接毒液がかかった部位はまだ変色が強い。
「どうすればあのヒュドラをやっつけられるのよ!」
「そりゃ切った首の切り口を火で焼けば再生しないというよ」とエアルが言う。
「そうね。フレッドの火球を使えばどうかしら」
フレッドはエアルの声が聞こえないので戸惑った様子を見せている。
「フレッド、あなたの火球の魔法でヒュドラの首を切った切り口を焼けるかしら」
「それは可能だけれど」
「エアルがヒュドラの首を切った切り口を火で焼けば再生できなくなるって言っているのよ」
「話がわかった。やってみよう」
カールは命は助かりそうだが戦闘には参加できないだろう。
エオーラには隙をついてヒュドラの首を切り落とすことを命じて、エアルにはかまいたちでやっぱりヒュドラの首を切りまくれと言った。
切れた首の切り口はフレッドにお願いする。
「じゃあみんなやって!」私の掛け声と共にエオーラが駆け出し、エアルがかまいたちを唱えた。
ザクっとヒュドラの首が切り落とされ、そこにフレッドの火球が打ち込まれる。
火球で焦げ跡のなかったヒュドラの首は再生してこない。
「別の首をやって!」
またエアルがかまいたちを唱え、フレッドが切り落とされた首の切り口に火球を打ち込む。
エアルは何発もかまいたちを唱えて疲れを見せている。フレッドも脂汗を浮かべるようになってきた。
私はフレッドに魔力回復薬を渡し、エアルには私の魔力を流すことにした。私がエアルに魔力を流すとエアルはいきなり元気になって「いーねー」なんて言って踊っている。
「さあ、気合いを入れて別の首も切っておしまい!」
エアルがかまいたちを唱えてフレッドが火球を唱える。
フレッドも魔力回復薬を飲んだようである。
「相変わらず魔力回復薬はまずいなあ」
その間、エオーラは残った首の相手をしてヒュドラがこちらに向かってこないように防いでくれている。
それからはエアルのかまいたちとフレッドの火球で首を焼いて行くことで処理が進んでいった。
最後はのたうち回って暴れるヒュドラの尻尾をフレッドが剣で切り捨ててヒュドラ退治は終了した。
ヒュドラの尻尾からは剣が一本出てきた。きっと魔法の剣だろう。
私もエアルに魔力を渡していたのでもう自分で魔力を唱える余力はなく傷だらけのエオーラにはポーションを使ってもらうことにした。異臭を放つヒュドラの向こうには丸い祭壇があり、一段高いところには剣が突き刺さっている。
「えー?あれが聖剣なのかな。もし抜けなかったらどうしよう」
「抜けないかどうかはやってみなければわからないでしょう。早くいってらっしゃい」
「まあ、やってみますか」
フレッドは渋々剣のところに向かってゆき、両手で剣を引き抜こうとした。
「あれ、うんともすんとも言わない」
剣を引き抜けないフレッドは硬直している。
「フレッド、もっと力を込めて剣をゆすってみなさいよ!」と私は叫ぶ。私も剣が抜けなかったらどうしようかと考えると恐ろしくてとてもフレッドの近くには近寄れないわ。
フレッドが無駄に見える努力を続けていると、急に剣のつかに嵌め込まれていた宝石が七色に輝き出した。声が聞こえてきた。
「聖剣No. 1、エアボーン、再起動します」
と、いきなり剣が抜けてしまい、そのはずみでフレッドは後ろにのけぞって尻餅をついてしまった。
私は思わずフレッドに駆け寄ってその肩をだき、「大丈夫?」と聞いてしまった。
フレッドは力なく「はは、聖剣が抜けちゃった」と呟いた。
よ、よかった。フレッドがちゃんと聖剣の担い手に選ばれたようである。
私も腰が抜けたようになってフレッドの横に座り込んでいたらエアリプとカールが周囲を調べて祭壇の奥に転移陣を見つけた。横には共通語で「地上へ」と書いてある。もう疲れ果てた私たちは魔法陣を起動させることにした。
魔法陣に魔力を流し込むとふわっと白い光が私たちを包み込み、気がつくと城の謁見の間に出てきていた。
その場にいた国王陛下夫妻や大臣たちが驚いている。
「無事フレッド様は聖剣を獲得されました」とカーテシーをして優雅に挨拶した私がそう言うと、国王陛下も「おおっ」と驚いた声を上げる。
「フレッド、聖剣を抜いて皆にご披露して」と小声で彼に言うと彼も「ああ」と言ってから、聖剣を抜いて掲げてくれた。
聖剣も場を読んだのか眩く輝いて盛り上げてくれる。
王妃様も「こ、これは伝説の聖剣に間違いないわ!うちのフレデリックは間違いなく勇者に認定すべきよ!」とちょっとハイになって叫ぶ。
国王陛下も「うむ」と頷いて嬉しそうだ。
お父様を含めた大臣たちも「フレデリック殿下万歳!王国万歳!」を叫ぶ。
フレッドは剣を鞘に戻して国王陛下に「つつがなく命令を果たしてまいりました」とご挨拶した。
魔法省の大臣が「戦利品の鑑定と怪我人の処置を行う必要があります」と国王陛下に申し上げたので私たちも御前から下がって獲得品の鑑定と怪我をしたカールとエオーラの処置をお願いすることにした。
聖剣はすぐに鑑定できたようで、あとの剣などの鑑定は翌朝になるということだった。
エオーラとカールはそれぞれ部屋で休むことになり、私は自室に戻ることとなった。ノーラは部屋の前でサラと一緒にお出迎えしてくれた。
「聖剣探索のご成功おめでとうございます」
服はもう返り血でベタベタだったので速やかに湯浴みをして衣服を着替えていると、国王陛下から夕食を共にしたいという使者がやってきた。
お召しを受けて食堂に向かうとエオーラとカールは傷のため参加できなかったので結局は私とフレッドと国王夫妻というメンバーだった。
今日は王妃様と国王陛下がめっちゃ大喜びでハイだったのでそのお返事だけで食事は進んでいった。
時々はフレッドと目が会うことがあってちょっと恥ずかしそうだったけれど、フレッドも聖剣を獲得したことが自信になっているのかしら、しっかりと私の目を見返してきてくれた。
翌日はいくつかの戦利品を鑑定してもらっていた結果を聞きに行くことになった。
魔法省の担当者は女性の人で魔法の武器だけでなく様々なアイテムを鑑定する部署の人らしい。
彼女によると、魔法の剣はあのヒュドラの尻尾に収まっていたものとアンデッドのスケルトンキングが持っていたものの二振りだったそうである。
この剣はエオーラとカールに渡すことにした。
渡された剣を持ってフレッドの執務室を伺うことにした。
ドミニク王子と違ってフレッドはちゃんと執務室にいて仕事をしていた。
ちょうどルイスお兄様がいたので取次を頼むとフレッドはすぐに出てきてくれた。
彼は魔法の剣をカールとエオーラに渡すことに賛成してくれた。
フレッドは真面目に仕事しているねと褒めるとフレッドはちょっと照れて「やっぱり慣れないのでまだまだ見よう見まねのところがあるよ」と謙遜していた。王妃様がわたしに執務室を手伝えと言わないのは彼が真面目に書類仕事をやってくれているからであろう。
ルイスお兄様は午後にお父様と一緒に私に会いたいということだった。
私はエオーラの部屋に行くと、既にエオーラはベッドの上で起きていた。彼女に魔法の剣を渡すと彼女は感激していた。
その後にカールの部屋に行って同じように魔法の剣を与えようとした。けれどもカールは自分はヒュドラの毒で倒れたのにこんなものをもらっていいのかと固辞したが、ヒュドラ相手に戦った英雄だよ、主君のフレッドも聖剣を得たのだから護衛騎士が魔法の剣を装備しても何の不思議もないと結構説得する必要があった。
午後からはお父上とルイスお兄様が部屋に来た。
お父様は「で、殿下とは上手くゆきそうか」と聞いてきた。
私は「そうね。フレッドは優しさがあるわ」と答えた。
ルイス兄様も「彼は主君としては仕えやすいよ」という。
父上は「以前のようなことがないように。それだけが心配なんだ」と言う。
「彼は大丈夫だと思うわ、お父様」
「それだけだよ」
「ただ、あのトカゲ男の話では魔王が存在するようだったし、あいつの調査もしなければならないので、今回婚約ということになってもすぐに結婚というわけにはいかないかもしれません。かつては四天王というものがいたらしいですし、別に魔人が隠れている可能性もあります」
「では結婚式は一年後か」
「そうなりそうですね」
お父上とルイスお兄様は帰って行った。
そこから数日はポーション作りに精を出した。王宮の在庫やそれぞれの騎士団に送る分として作る必要があったのである。
そのうちにエオーラやカールもベッドから出て再び鍛錬できるくらいに回復してきた。
彼らの剣戟の音が聞こえてくるとやっと安心することができたのである。
久しぶりの夜会だからとダンスのレッスンをやったりしていると、もう夜会の日が近づいてきた。




