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第十四章

しまった、しくじった。

私はあの後,つい二度寝してしまった。そして、私がフレデリック様の膝を枕にしてぐーすか眠ってしまっている時にフレデリック様が私の頭を撫でている姿を侍女たちに見つかってしまったのである。

そりゃフレデリック様は何が問題なの?って言うし、もう別荘中の人に知れ渡っていて使用人もみんな私に向かって微笑んでくれているので「何が悪いのよ」って開きなおってしまうという手はあるのだけれどどうにもいたたまれないのである。

エアルに相談しても「はあ?女は度胸だよ?こうなったらちゃんとフレデリックを捕まえるんだよ」としか言わないので聞いても無駄である。

ノーラに言わせると私の魔法は魔王の四天王を叩きのめすほど強力なので大神殿の保護も王家の保護も必要だと言うのである。さもなくば悪人に誘拐されるかもしれないとまで言う。

こんな辺境までわざわざ誘拐しにくるような物好きはいないんじゃないかなあ。それよりもフレデリック様は優しいけれど本当に私のことを愛してくださるのかしら。

聖女たちは「一緒に大神殿に行って大聖女の認定を受けましょう」と言ってくれる。

エオーラに至っては私がフレデリック様と婚約してくれればエオーラとカールがデートし放題になるというのである。

「王都でお嬢様とフレデリック様がデートするなら護衛騎士の私とカールも同行するわけですからダブルデートですよね」と無邪気に言われては怒る気にもなれない。

フレデリック様はもう私を王都に連れ帰る気が満々である様子である。

けれどもこのままなしくずしに王都に連れてゆかれてフレデリック様の愛妾にでもされたら私が困る。

でも私から彼に話しかけたら怒るかもしれない。

私はフレデリック様の私室を訪れて彼に告げた。

「私は王都には参りません」

「えっ?どうして?」

「私は見せ物ではないのです。異界の王子を斃した栄誉はあなたと騎士団が受ければ良い。私はそんな栄誉など欲しくはないのです」

「私はあなたに王都に来て欲しいんだけれど」

「理由がありません。私は人間兵器ではないのです」

「私はあなたが兵器だなんて思っていないよ」

「じゃあどうして?王妃様にお褒めの言葉をもらいたいためですか?」

「そうじゃない」

「私は公爵令嬢ですからこのままこの別荘で暮らし続けることに何の問題もありません」

「それは危険だよ。あなたの力は既に発現しているわけだから」

「つまりあなたは私ではなくて私の力が欲しいのでしょう」

「そうじゃない。私はあなたと一緒にいたいだけだよ」

「じゃあここで一緒に暮らしませんか。騎士団なんて辞めればいいじゃないですか」

「どこで住むかはあまり重要じゃないな。それよりも私とあなたが結婚することが重要だよ」

「政略結婚じゃないのよ。あなたは私を一生愛してくれるの?」

「私はあなただけを死ぬまで愛すると誓うよ」

「私、それを信じるわよ」

「もちろん、いくらでも信じて」

彼は私を抱き寄せると額にキスを落としてくれた。

「はわわ」

思いがけないキスについ狼狽えてしまった。

「じゃあ、婚約式は王都でやろう」

「え?」

「だってあなたのご両親も兄上も王都にいるでしょう。みんなが集まれる場所でやるのが当然だよね」

「は、はい」

キスのショックが消えていなかった私は雰囲気に呑まれて思わず承諾してしまった。

し、しまった、言質を与えてしまった。

フレデリック様は蕩けるような笑みを浮かべていた。

夕食の時にはフレデリック様は満面の笑みを湛えていた。

「明日はセレスと一緒に王都に向かうので各自準備を行うように」

私はそりゃあ婚約式を王都で行う事についてはもう納得せざるを得ないけれど、それ以外のことについては複雑な心境だった。とてもじゃないが笑っていられる気分じゃない。なので表情を消してスンとしていた。

夕食が終わるとエオーラは単純に喜んでいた。ゼフィルも一緒に連れてゆく気らしい。まあ、うちのタウンハウスに置いておけばいいか。タウンハウスにも大きくはないが温室はあるのでプラタの餌の花はあるだろうから連れてゆくつもりである。

ノーラはちょっと青い顔をしている。「セレス様、王都に行かれるということはドミニク王子やマージー、それに国王夫妻とお会いする覚悟が必要だと思うのです。大丈夫ですか?」

マージーは歌を歌っているだけだしドミニクもぼーっと病室で寝ているだけだという。王妃様とは既に大神殿の外でお会いしていたわけである。何とかなるかなあ。

「ま、まあ何とかなるんじゃないかな」

「それでは私も王都まで同行させてもらいます」

「婚約者殿は大丈夫なの?」

「そりゃ少しは離れることになりますけれど、私が公爵家や王家と関連を持つ方が彼にとっては有利になりますからね」

「あなたがいてくれたら安心するわ。本当はぜひお願いしたかったの」

リビングに行くとマシューとマーサが泣いていた。

「どうしたの?」

「お嬢様がお幸せになれることをお祈りしています」

「婚約式はさぞ盛大になることでしょう」

「でもここを離れられたお嬢様が大丈夫か心配で」

夫婦二人で泣いているマシューとマーサに私は「大丈夫。フレデリック様には私を一生愛することをお約束させたから。きっと幸せになるわよ」と優しく声をかけた。

「そ、そうですね。明日のお見送りは笑って手を振らせていただきます」と二人は私に約束してくれた。

自室に戻ると侍女のサラが荷造りをしていてくれた。

「お嬢様、何かどうしても持っていかなければならないものはございますか?」

「特にはないわね」

「では明日の朝までに荷造りを終えておきます」

サラは有能な侍女である。

私は再びフレデリック様の部屋に向かった。

「ねえフレデリック様、王都に行くのはいいけれど、まずは大神殿に行きたいのよ。フレデリック様はそれでも構わないかしら」

「もう婚約するのだから私のことはフレデリック様ではなく様を取ってフレデリックと言ってほしいな。フレッドなんて愛称でもいいよ」

「わかったわ、フレッド」

フレデリックは何だかむず痒げにはにかんだ顔をしている。

フレッドはもうあっさりと私のことをセレスって愛称で呼んでいるのだからお返しよ。

「ねえフレッド、それで、大神殿に行くのは構わないのかしら」

「セレス、王都についたら騎士団の遠征隊の解散式をする必要があるんだ。だから大神殿に君を送った後、騎士団で解散式をして、それからまた迎えに行くよ」

「フレッド、そうしてくれると嬉しいわ」

私はフレッドの頬にちゅっとキスをして部屋を出て行った。フレッドはキスされたところに手をやって膠着しているように微動だにしない。

(額へのキスのお返しよ)

私は久しぶりにいい気分になってフレッドの部屋を後にした。

翌日は早朝から王都への帰還のための準備があって別荘中が落ち着かない気分である。

慌ただしく朝食を済ませるともう騎士団の先遣隊の部隊が別荘に到着している。

先遣隊は騎士団幹部の騎馬の準備や荷物の運び出しを行っていた。

うちの使用人たちは公爵家の馬車の準備をしていた。私とエオーラとノーラとサラの四人は公爵家の馬車で移動することになっている。

サラや他のメイドたちは私たちの荷物を馬車に積み込んでくれた。

馬車の準備ができた頃には街から騎士団の本体や聖女たちの馬車も到着していた。魔術師たちはあの異界の王子の攻撃で怪我をした人もいたようだが、幸い、命に別状のある人はおらず、私のポーションで傷は回復しているということだった。

みんなが集まると前庭に集まってフレッドが訓示を行った。

異界の王子を撃滅した騎士団の団員たちの士気は高かった。

私たちも馬車に乗り、順に別荘から出発して行った。

マシューもマーサも今日はニコニコして手を振ってくれていた。私たちも馬車の窓から彼らに手を振ったのである。

帰途の宿では聖女様たちが遊びに来て聖女の技について色々意見を交わしあったり、魔法師団の人たちと魔法や魔道具について話をすることもあった。

そうして数日の旅の後、王都の城壁が見えてきたのである。

王都の門の所には国王夫妻とうちの両親、ルイスお兄様など王宮関係の知った顔がずらっと並んで騎士団を出迎えていた。

「……なかなか仰々しいセレモニーね」

門のところで国王陛下が「よくぞ異界の王子を討ち果たしてきた!」と大音声で口上を述べた。

騎士団の面々は最敬礼でその前を通り過ぎて行った。

私はお父様とお母様に手を振った。

さすがに我が公爵家の紋章の刻まれた馬車である。お父様もお母様も私に気がついて手を振りかえしてくれた。「よく無事で戻った」と泣いていた。

騎士団は大通りを進むことになった。沿道には王都の住民や兵士たちが大声援を送ってくれた。

「え、このまま行けば王宮じゃないの」

「お嬢様、これは王家に図られましたね」

ノーラがすまし顔で言う。

私たちだけ大神殿に向かうわけにもいかず、騎士団も聖女たちも魔法師団も皆王宮に誘導されてしまった。

おそらく国王陛下は騎士団の後に着いてきたのだろう。我々が城の中庭に案内されてから程なく城のバルコニーに姿を現して皆に労いの言葉をかけてくれた。

平民も多い騎士団の兵士たちの中には感激して泣いている人もいる。

王室も私たちの手柄を活用するのに必死よね。

王太子妃教育を済ませている私は国王陛下の行動の意図が透けて見えちゃうのが悲しい。

大神殿に先に行きたかったのに私たちは馬車から下ろされて城の謁見室の方に案内されることになった。

フレッドと私、その他の主だった人たちが謁見室に招待されたようである。

多分下っ端連中は無事に帰されたということだろう。サラはさすがに呼ばれていないがきっと彼女は私の侍女として室外に待機していることだろう。

国王陛下と王妃様が現れてお礼を言ってそれぞれに勲章を授けてくれるそうだ。

参加した人には全員に金一封が送られるということで、兵士たちにはそちらの方が嬉しいかもしれない。

そのセレモニーの後、私は王妃様に個人的に呼ばれることになった。

「セレスティア、お久しぶりね、といってもあの大神殿以来かしら」

「王妃様、お久しぶりにございます。大神殿では満足なご挨拶ができずに申し訳ありませんでした」

「別にいいのよ。あれを見て私はあなたが妖精の愛し子であることが確信できたわけだしね」

「はあ」

「ジェラルディンにもそちらに行かせて確認させたから間違い無いでしょう。これは王家にとって大きな宝よ。国民も大聖女様が現れたとなれば大喜びするし安心もするでしょう」

「大聖女の条件って妖精に好かれることですからね」

「後で大神殿に行って大聖女の認定をもらってくるといい」

いや、そちらを先にやるつもりだったのですよ。

「時にうちのフレッドと婚約するんだって?」

「そうですね。婚約式をするということで王都に来たんです」

「あいつは頭も良くて優しいけれどヘタレなんだよなあ。いざという時に日和る奴には国王は任せられないと思って弟を王太子にしたんだが…」

王妃様の嘆きには口を挟めない。

「お前が王妃としてフレッドを補佐するならなんとか王としてやって行けるかもしれん。いや、尻に敷いてもいいぞ」

「は?フレッドが王になるなんて話は聞いていないのですが」

「ドミニクは出奔した」

「どういうことですか?」

「あいつは急に正気を取り戻したんだ。それで大神殿で療養していたマージーを連れてきて『真実の愛を成就する』と宣言して王子の身分を捨てて平民として生きることに決めたらしい」

「それをお許しになったのですか?」

「許すも許さぬも、あいつらはさっさと国外に逃げ出したからもう追いかけることもできない。それにそうやって手を繋いでいる二人は最高に幸せな顔をしていたからな。こちらも何も言えないじゃないか」

「つまり今は王太子の位は宙に浮いてしまったと?」

「一応、フレッドは公爵として臣籍降下させる予定だったんだけれど、この事態では王太子をやってもらうしかない。あなたも王太子妃として頼んだよ。あなたがフレッドとくっつくというから安心してあいつに王太子をやらせられる」

「…………」

「とにかくあなたには王家の一員になってもらう。王太子妃教育の費用が無駄にならずに済んで良かったよ」

「…………」

「これからはいくらでも王宮に来ていいからね。大歓迎よ」

何が大歓迎だ。こんなことならフレッドの求婚を受け入れるんじゃなかった。しまった、しくじった。

その後、再び謁見室で国王陛下から婚約を認めるというお言葉をいただいた。父上とルイスお兄様も同席されていて、父上は婚約について国王陛下にお礼を言っていたからこれで正式に婚約が認められたということであろう。

体の半分はフレッドと結婚できるということで嬉しいのだけれど、体のもう半分は再び王太子妃になるというショックで麻痺してしまっていた。

フレッドと手を繋いで国王陛下にお礼を申し上げて退出したが、ショックはまだ続いていた。

フレッドは騎士団の方に向かうということだったのでお城から退出するようだった。

私は大神殿に行く元気もなく、父上とルイスお兄様と一緒にタウンハウスに戻ることにした。

フレッドは「そうだね。家族とは積もる話もあるだろう」と優しく言ってくれた。

うん、この優しさはいいんだよね。だけれども王太子妃?

久しぶりにタウンハウスに着くとそれなりに懐かしさを感じる。

お父様は私が帰ってきたことと王太子はになることで大喜びしていることを隠さなかった。ルイスお兄様は「お前、王太子から婚約破棄されたのにまた王太子と婚約するなんて余程王太子妃になりたいんだなあ」と呆れ顔をしていた。

私だってね、フレッドが公爵だというから婚約を受けたのよ。彼が王太子になるなんて聞いていない。公爵夫人として静かに生活することを望んでいただけなのに。

お父様は「うん、セレスは王妃になる運命なんだ。だから何があってもこうなったんだと思うよ。お前は国王陛下ご夫妻にも気に入られているのだから王太子妃ひいては将来の王妃になるようにもっと研鑽を積む必要があるということだよ」とウキウキした口調で仰る。

私はテーブルに突っ伏したい気分を抑えてスンと表情を消して座り続けていた。

ルイスお兄様は「フレッドはいい奴でそれなりに賢いからドミニクみたいに『真実の愛』で騒ぎを起こすことはないだろうけれど、今後は公爵家が全力でセレスのバックアップをするから心配しないでいいよ」という。

どうしたのだろう。ルイスお兄様が優しい。

父上も「そうだな。フレデリック王子は賢くて優しいけれどその分消極的なところが不安だった。けれどもセレスティアの夫として王位につくのなら我が家もセレスティアの幸せのために全力で支援する必要があるだろう」と言う。

きっと私の不安を拭い去るためにお父様もお兄様もいろいろと言ってくれているのだろう。

「お父様、お兄様いろいろとありがとう。私はもう疲れたので休みます」

と二人に挨拶してソファから立ち上がって部屋を出ようとすると、母上に抱きしめられてしまった。

「セレスティアは私の可愛い娘ですよ。大丈夫。家族のみんながあなたを応援していることを忘れないで」

「はい、お母様。けれども、私はもう成人しております。幸い王妃様も応援してくれるとおっしゃっています。フレッドともうまくやっていけますとも」

「さすがは私の娘よ」

母上に抱きしめられるなんて小さな子供の時以来じゃないかしら。

部屋に戻るとサラが控えていた。

久しぶりに古巣に戻った気分である。

少し違うのは龍のプラタが部屋の隅で丸くなって眠っていることくらいだろうか。

ゼフィルの方はエオーラがタウンハウスの中庭に寝床を作ったらしい。

旅の疲れだろう。ベッドに入るとすぐに眠ってしまった。

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