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6 アランの誘い

アランは娼婦の母と客の間に産まれた。

父の顔は知らないが、自分と同じ青い瞳のろくでなしだったらしい。黒髪は母譲りだ。

長い髪が自慢の母は、よくアランに髪の手入れをさせた。


「女は髪が命だからね」が口癖の母は、ある日路地裏で冷たくなっていた。アランが6歳の時だった。。。と思う。


死んだ母を娼館の主人は弔ってくれた。

墓も立ててくれて、アランにこの後どうしたいかと尋ねる。


「食っていければそれでいい」

アランは自棄になってそう言ったが、主人は許さなかった。

アランに字を教え、行儀作法を叩き込んだのだ。

「役に立つには最低、教育が必要だよ」


15歳になる頃には、平均よりずっと高い身長に、母譲りの美丈夫に成長したアランは、娼館の主人に闇ギルドに売られる。

「せいぜい役に立っておいで。食っていくぐらいできるだろ。」


家族の愛情も知らず、親代わりと勘違いした娼館の主人に売られて、アランはすっかり人を信用しない人間に育っていた。

無表情で、何を考えているかわからない。

持って生まれた見目の良さと口の旨さで人の懐に潜り込む腕は良い。

金のためなら微笑んでもみせよう。


守るもののないアランは無敵だった。

人の命もアランは食べていくための商品にしか思えない。


レティシアの依頼も眉ひとつ動かさずに引き受ける。

ああ、この女も狂ってるな。

自分と同じ狂気を孕んだ瞳だ。


***********


「対象に接触、作戦開始ー」

水に濡れると溶ける紙に定期報告を書きつけると、アランは子爵家の塀のブロックを外して滑り込ませる。外したブロックは中が空洞になっていた。

本当は、書き物なんか残したくないのだが、報告も報酬の条件だったので、これも仕方ない。


アランは再び商人のアラン・ボールドになりすまして裏口へ向かった。


***********


ミュリエルは、今日も裏口で本を持って座っていた。

読んでいない。本を持っているだけだ。

あれから週に一度は、アランがミュリエルに会いにやって来る。


ジュリエッタの朝の支度を済ませると、昼からは自由な時間も多い。嫌がらせは相変わらずだが、最近物を投げられることが少なくなった。

その替わり、ジュリエッタはミュリエルに興味を失ったように夜会へ通っている。ミュリエルが、若い青年のアランと会っているのを知っているのは裏口のすぐ隣で働いている厨房の主、サムだけだった。


サムはミュリエルに同情的で、食べ物を融通してくれることも多いが、ミュリエルが娘らしくアランと会っているのを知ると、張り切って応援してくれるようになった。


今も夕飯の仕込みをしながら、窓から通りの先を見て、ミュリエルに声をかけた。

「ミュリーお嬢さん、来なさったよ。ほら、お茶菓子を。一緒に食べたらどうかね。」


ミュリエルがはっと顔を上げると、裏門の向こうからアランが笑顔でやってきた。


「アラン!」

この数ヶ月で、ミュリエルはすっかりアランに夢中になっていた。アランは自分の呪われた色を見ても笑顔が消えない。汚い灰色の髪をを、銀糸のようだと言って褒めてくれる。こんな人は初めてだ。


「ミュリエル。今日も素敵だ。」

アランは爽やかに微笑む。

「あの、お菓子を、頂いたので、、」

「サムの手作りか。楽しみだ。あちらの木の影で座らないか?」


屋敷の庭に大きなポプラの木が立っており、先代に仕えた手先の器用な使用人が、暇潰しにと作ったベンチもある。

二人はいつもここで1時間ばかりを過ごす。


「ミュリエル、体調はどう? 辛くない?」

アランはミュリエルが子爵家で大切にされていないことを知って、いつも真っ先に心配してくれる。彼女の両手を自分の手に包んだまま、怪我はないかと全身に目を走らせる。


「大丈夫よ、ありがとう」

人に心配されることも、乳母のマリアがいなくなってからは初めてだ。それだけで嬉しくてたまらない。花が綻ぶような笑顔を見せるミュリエルに、アランはほうっと見惚れたように固まる。


「アラン?」

「ん? ああ! 良かった。今日は実は、、、、ミュリエル。大事な話があるんだ。」

アランは背を伸ばして座り直し、真剣な眼差しを注ぐ。


「アラン? 」

「こんな家でいつもミュリエルが辛い思いをしていると思うと堪らないよ。どうか、家を出て一緒に新しくやり直さないか。」

今までにも何度かアランはミュリエルを家から出すことを仄めかしてきたが、はっきり言われたのは初めてだ。


ミュリエルは10歳の時に父から家を出るか使用人になるか選べと言われたことを思い出した。あの時は、知らない世界に出ていくことが考えられず、使用人へと身を落としたが、今は違う。

たくさん本を読んで、こっそり新聞も読んで、世間のことを学んだ。

アランから仕事や色々な人の話を聞いて、世の中には仕事を持つ女性もいることを知った。料理だってサムに習ったのだ。


あの時とは違う。


初めて家を出る不安より、期待が勝っている。

「アラン、私、一緒に行くわ。 でも父は許さないでしょう。」

最後は涙で震えた声になる。


アランがきっぱり言い切った。

「カーマイン子爵は君が外に出ることを恐れているからね。正面から言っても許されないだろうね。ミュリエル。」

「どうか勇気を出して。3日後は新月だ。夜にこっそり出て来れる?

このポプラの下で待ってるよ。何も持って来なくていいから。僕に全部任せてほしい」


ミュリエルの涙をそうっと指で拭うと、ミュリエルの手にそっと口付ける。


「一緒に行こう。ミュリエル」

嬉し涙が止まらないミュリエルは、言葉にならない気持ちを、アランに伝えるために、アランの人差し指にそっと口付けを返した。


「私を連れて行って、アラン」

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