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ミュリエル・カーマインは17年前に生を受けた。
裕福な子爵家の待望の第一子であったが、この国では不吉とされる灰色の髪と目を持って生まれたため、生まれた子が大切にされることはなかった。
そうは言っても家から出すことも世間体を考えて憚られたため、決まっていた乳母と共に屋敷の離れに追いやられてしまう。
「その子を私の目に触れさせないで」
産後まもない夫人は、生まれた子が女で、しかも不吉な色を揃えていることに大変ショックを受け、子を産んだことを記憶から消そうとし、現在もその努力を続けている。
「私が産んだのは、このかわいいジュリエッタだけよ、そうよね」
国は男女平等を謳っているが、女子より男子に優先的に爵位が継承される仕組みは、頭の固い古参の議員によって変えられることはなく、貴族の家ではやはり長男の誕生を待ち望む空気が濃い。
しかしながら、救済措置もあり、女子しかいない家では、婿を取り、爵位を存続させることは可能だ。
本来は長女のミュリエルが爵位を差し出す嫁となる権利を持つはずだったが、産まれたことを認めようとしない夫人の頑なな態度に折れて、カーマイン子爵もミュリエルの出生をとうとう届け出ず、2年後に生まれたジュリエッタの妹として貴族院に申し出たのである。
これが公になれば公文書偽造を問われるところだが、それに気がついて指摘する者はいない。
海に面したこの国の、主要な港町を牛耳るカーマイン家は、爵位こそ下位でも、非常に潤沢な資産を持ち、貴族の中でも一目置かれる存在だ。使用人の給与も他家に比べて破格であり、家の中で見聞きしたことの口止め料も入っていることは暗黙の了解であった。
「カーマイン家の長女に関しては口外してはならない」
どの使用人もこれだけは理解していた。
ミュリエルにとって唯一の救いは、乳母が優しかったことだ。
「忌み子だなんて、そんな子はいませんよ。時々、こうして色の薄い子が産まれることはあるもんですよ。」
家族の誰も顧みないミュリエルを憐れに思った彼女は、既に生まれた自身の子にしたように、ミュリエルに愛情を持って接した。
ミュリエルも自分に優しい乳母のマリアによく懐いた。
「まりあ、子爵ふじんに怒られたの。私は悪い子なんですって。」
「お嬢さまは良い子ですよ。このマリアが保障します。だけど、静かに過ごしましょうね、今日はお客様の来られる日ですから」
本邸で食事会など催される日は、特に離れから出ないようにキツく言いつけられていた。
気味の悪い色の娘がいると、公には知られていなかったし、次女のジュリエッタを後継ぎ娘として世間に認知させたい子爵夫妻は、ミュリエルを生涯閉じ込めておくつもりだった。
ミュリエルと乳母マリアは離れの部屋で、まるでそれだけが世界であるかのように暮らしており、他の世界を知らないミュリエルも、それが普通の幸せだと感じていた。