1 カーマイン家の日常
「このシミは何! わざと手を抜いたのね!」
ガチャーン!
カップの割れる音が響く。
カーマイン家の晩餐ではいつもの光景が繰り広げられていた。
子爵家とはいえ、豪奢なダイニングルームには色とりどりの料理が並べられ、食事の開始を待つばかりである。
真っ白いテーブルクロスには凝った模様の刺繍が輝くばかりの白い絹糸で施されており、細部にまで手を抜かない贅沢な暮らしが窺える。
食卓に着く面々も贅を尽くした衣装を纏い、品の良い笑みを浮かべているが、先程紅茶のカップを投げた子爵夫人は鬼の形相で側に立つ少女を睨みつけていた。
問題のシミは子爵夫人レスティア・カーマインの豪奢な衣装の袖口にあり、おそらく本日の食卓に出されたメインディッシュに添えられていたバジルスープだと思われるが、それを言い出す者はいない。
俯いて許しを請う以外、ここから無傷で出ていく手段はないのだ。
一方的に責められている少女はこの国では珍しい灰色の瞳に白銀の髪を持つ。と言ってもボサボサの髪は手入れもされずにいるため、ほとんど白髪のように見える。くすんだ灰色のワンピースに、かつては真っ白だったに違いない、けれど今はうっすら黄ばんだエプロンをつけており、この家のどの使用人よりもみすぼらしい格好をしているのは、実はこの子爵家の長女、ミュリエル・カーマインである。
「食事を始めようか」
まるで今までの会話など聞こえなかったように晩餐の開始を告げるのはこの邸宅の主人、カイウス・カーマイン子爵である。
夫人はふっと表情を無に戻すと、
「片付けて、部屋に戻るのよ」
面白くなさそうに短い指示を出すとそれきりミュリエルの方を見ることはなかった。
もう1人、もっとこの場面が醜悪に盛り上がることを期待してみていた子爵家のもう1人の娘、ジュリエッタは、期待外れの終幕にがっかりしたように、食事を始めた。
この家族が長女をこのように扱うのはいつものこと。
他の使用人も慣れたもので、ミュリエルを庇うと同じ嫌がらせを受けることはよくわかっているので、いつも見ぬふりであった。
ミュリエルは慣れた手つきで割れたカップをエプロンへ包み込むと、音も立てずにそっとその場を後にした。