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沈黙と願望者  作者: 寺田夏丸
9/14

沈黙と兄妹

 「願望者ちゃぁぁぁぁぁぁん!!!」

享楽は大急ぎで願望者の教室に走っていた。長身の美女が必死の表情で走る様は大迫力で、モーゼの如く道は開き、注意しようとした英雄はビビって壁に張りつきながら「廊下は歩きなさーい」とか細い声で言っただけだった。流石の騒がしさに願望者も廊下に顔を出していたので、原因が享楽だとわかるとすぐに教室から出た。

「ど、どうしたの享楽」

「ち、ちちちち」

「父?教祖?」

「ちち」

目をぐるぐるとさせながら同じ音を連呼する彼女を落ち着かせようと、願望者は彼女を担いで中庭へ向かった。ジロジロと2人をみる生徒に「ごめんなさーい」と断りながら。道中沈黙の射抜くような目線が飛んできて、騒がしいことが嫌いな彼は今俺たちをぶち殺したい気分なんだろうなと苦笑する。是非ともそのまま自分だけ殺してほしいなと思いながら享楽をベンチに座らせる。

「少しは落ち着いたかな」

背中を撫でると、半泣きの彼女は願望者に抱きつきながら叫んだ。

「沈黙君を信者がしつこく勧誘したらしいのよぉぉぉぉ」

しばらく享楽の言葉にポカンと呆けていたが、今度は意味を理解した願望者が先程までの彼女のように動揺した。


「な、なんだってぇぇぇぇぇ」


 廊下がやけに騒がしいなと気付いたのは2限目が終わった頃だった。誰かが叫んでいるようで、廊下に出た人が反応している。うるさい人の声は俺が最も嫌いなもので、イライラと感情が乱れるのがよく分かった。収拾のつかない気持ちをなんとか落ち着けようと懸命に努めていると、ボールペンが折れインクが漏れる。小さく舌打ちをして深呼吸した。このムカつきの原因はすぐにわかることになる。

 昼休憩に入った途端の出来事だった。また廊下が騒がしいことに気づき早く屋上にでも行こうと教室を出る。誰かが走ってくる音がしたが、またどこかのクラスの誰かがふざけているのだろうと思っていた。しばらくして、その足音が自分に向かっていることに気づく。一瞬ダンボールを被ったチビを思い出し、またイチャモンでもつける気かと振り返ると同時に両肩を強く掴まれた。

「ち、沈黙〜!!!!!」

立っていたのは半泣きの願望者と、彼にひっついてベソベソと泣く享楽だった。用件を言わずただ「沈黙〜!」と泣いている。訳の分からない周囲の奇異の目線を感じた。とてつもないむかつきが俺を襲い、硬く拳を握る。

「沈黙ぅぅぅぅぅぅ」

「うるせぇぇ!」

ゴッと鈍い音が廊下に響いた。顎に拳を喰らい願望者が吹っ飛ぶ。舌を噛んだのか血が飛び、享楽が「やったわね願望者ちゃ〜ん!」と泣きながら祝福していた。ギャラリーと化していた生徒が悲鳴を上げたあたりで、キーキーとうるさいダンボールが現れた。

「現行犯だ!」

俺の腕を掴んだので一瞥もせず無言で振り払う。願望者は案の定すぐさま起き上がり、周辺にあったはずに血は消えている。ダンボール女が首を傾げていた。享楽は「残念だわ…次は私がやるからね」と願望者の背中を撫でて慰めている。もうこの場を爆破してしまいたい。


 ひとまずこいつらの用事が終わらない限りは解放されないのだろうと、屋上へ行くことにした。なぜかダンボールも着いてくるので追い払おうとするが、享楽曰くこいつも関係があるらしい。彼女に肩を組まれてチビは震えていた。屋上は幸い開いており、風が強いため人もいないようだった。早く話せよと願望者を睨むと芝居がかった動きで享楽と肩を寄せ合う。英雄が風で飛びそうなダンボールを脱いで怪訝そうに2人を見ながら俺にささやいた。

「この2人はどうしたんだ…」

頭がおかしいとジェスチャーで伝えると「そんな感じはする」と納得したように頷いた。流石の2人もこいつにだけは言われたくないだろう。異様な雰囲気の2人が怖いのか、英雄は俺の後ろにこっそりと隠れた。放り投げたい。勿体ぶりながら享楽が口を開く。

「教室で〇〇ちゃんが話しているのが聞こえちゃったんだけど」

「え?私?」

〇〇って誰だと思ったらこのバカ女の名前らしい。キョトンとするそいつを「お前が元凶か」と睨むが、首を振られた。

「この間、〇〇教に勧誘されたって…本当?」

「あー、それね。うん、そうそうコイツとね」

英雄が納得したように話すので、思わず後頭部を平手で叩いた。「痛っ」という声とともに願望者が女の子を叩いたらダメだよと抗議してくるが、もはやそんなことはどうでもよかった。

「巻き込んできたんだろ」

「だって怖かったんだもん!」

もんじゃねぇよと額をすっぱたくと、また願望者が抗議してきたのでそちらも殴っておいた。享楽が英雄の肩を抑えて宥めた。

「つまり、先に〇〇ちゃんが勧誘されていて、通りかかった沈黙君に助けを求めたってことね」

「うん。それがどうかしたの?」

英雄のもっともな問いに、また享楽たちは顔を見合わせた。言葉を選んでいるようで、歯切れが悪い。

「その、私たち…〇〇教のことを少し知っていてね。あまり良い宗教団体じゃないから、関心を持っていたら大変だと思ったのよ。逆もまた然りで、あちらが貴方達に関心を持ってしまっているのであれば、全力で避けた方がいいと伝えようと思ったの」

「あちらが声をかけたのはたまたまかも知れないけれど、押したら行けそうだと思われた場合また見かけたら声をかけられるかも知れない。とにかく〇〇教とは関わらない方がいい」

いつもニコニコヘラヘラしている2人にしては緊張したような硬い表情で、流石の英雄もふざけるのはやめたようだ。困ったように俺の顔を見た。「押しに弱い」に心当たりがあるのだろう。

「お前終わったな」

「う、…お前こそ世界の終わりみたいな顔してるんだから、救ってやりたい気持ちになるかも知れないぞ」

額に向けて指を弾こうとするとさっと広いそれを手で隠して「デコデコデコ」と叫んだ。さながら防御呪文である。

「あちらが俺たちに関心を持っているかは分かるものなのか」

「まぁ、そうだね…やけに絡まれるようになったら目をつけられている可能性はあるかな」

「あれ以来ないが」

チラリと英雄を見ると青い顔で俺に隠れていた。図星のようだ。

「〇〇ちゃんはよく会うのね」

享楽が確認すると、彼女は何度もうんうんと頷いた。思わず大きなため息を吐いてしまう。

「なんとかしてくれ…」

英雄は俺の服を掴んだ。屋上の床を触った手は汚いから離して欲しい。

「パス。コイツに頼め」

願望者を指さすと、彼も彼でやけに大袈裟に肩を揺らした。

「ぼ、僕ぅ?」

図体デカイし神なんかいらないレベルで不謹慎なんだから適任だろと続けたが、享楽と2人して全力で拒否してきた。

「僕らは逆効果というか…ご家族に頼れそうな人はいないかな?しばらく送り迎えしてもらうとか」

「…母に言ってみるよ」

「しばらくはそうした方がいいだろうね。無理なら沈黙に送ってもらいな。腕っ節だけは強いから」

「よく知ってる」


 昼のことなどすっかり記憶の片隅に追いやり下駄箱を出る。しばらく進むと、隣に小さい茶髪の女が見えたが気のせいと思い無視する。校門を出て、帰路につくがどうにも視界に茶髪が入る。右に行っても左に行ってもいる。存在を気づかせるように「おーい」と呼びかけたり、跳ねたりする様にむかつきを覚えてその広い額を指で弾いた。

「何もデコピンしなくていいじゃないか!」

引っ付いてくるなと睨むが、「うぐぐ」と唸りながら後ずさるものの逃げる気はないらしい。

「母は今日忙しいらしい。それならお前と帰ったほうが寄って来ないかと思って」

相変わらず面倒くさいことばかり持ってくるやつだなと頭を抱えた。この女の性質上ずっと着いてくる気だろう。ビビリなくせに図々しい。

「今日だけでいいから、頼む!!」

そのあたりに放り投げたらまた勧誘されるのだろうか。別に俺には関係ないので構わないが。無視して歩き始めると、ヒナのように「頼むよ〜」と言いながら着いてくる。

「…とっとと帰るぞ」

「大丈夫!うちすぐソコだから!!」

通行人にジロジロと見られることに耐えられなくなり渋々了承すると、英雄は飛び跳ねるように喜んだ。気を緩めたのか「こっちだぞ〜」と言いながら英雄だけ先をズンズンと進む。真っ白な服の女に気づいた時にはもう遅かった。

「神の奇跡を体感してみませんか?永遠の命の素晴らしさを多くの方に知っていただきたいのです」

即刻勧誘されていた。もう捨てて行ってもいいのではないかと巨大なため息を吐く。

「あ、えっと、いや、結構です…」

英雄はキョロキョロと周囲を見渡したり、やけに髪を触ったりしながら小さな声で断る。いつもの強引さで行けば断れそうなものだが、なぜか失速するようだ。

「いえいえ、初めは皆さん懐疑的なのですが、実際に見ると感動してくださるのです。是非!あなたには特別なものを感じます!」

「と、特別…」

困ったように何度もこちらをみる英雄にムカついたので声をかけようと一歩踏み出す。しかし、俺が辿り着く前に見覚えのある男が英雄にのっしりと寄りかかった。

「結構デース」

「あ、あなたは…」

英雄は自身の頭を鷲掴みにして笑う人物に気づくと石のように硬直した。なぜか〇〇教の女が動揺している。赤い番傘を指した白い男は、間違いなく喧嘩屋だった。

「あなたは連れていかねばなりません」

女は喧嘩屋の独特な威圧感に体を震わせながらも、なぜか引くことはなかった。

「まだそんなこと言ってんだ、お前ら」

「教祖様があなたには神の子の素質があると」

「その話題には興味ないんだよ。とっとと消えな…俺は気が短いんでね」

今にも喧嘩屋が女を殴りそうな動きをすると、慌てたように英雄が彼の手を掴んだ。

「兄ちゃん!女の人殴ったらダメだよ」

「元はと言えばお前が捕まってんのが悪いんだろ」

喧嘩屋の呼び方が気になったが、埒が明かないので咳払いをして割り込む。

「あー!沈黙君だ、久しぶりだね!君から声をかけてくれるなんて珍しい」

「お前!助けてくれる約束だったのに全然助けてくれないのひどいぞ!」

2人は女の存在を忘れたかの如く俺に詰め寄ってきた。喧嘩屋の爽やかで整った顔と、英雄のパッとしない薄い顔は似ていないようで並べてみると確かに血のつながりを感じさせた。

「うるせぇぞ」

英雄の額を叩くと、喧嘩屋が彼女に「お前沈黙君と仲良かったなら言えよ」と二発目を食らわせていたので妙な気分である。英雄に兄がいることは分かっていたが、まさかコイツだったとは。うるさい2人にため息を吐いて周囲をみると、まだ女が喧嘩屋に声をかけようとタイミングを見計らっていた。

「おい」

俺が声をかけると、女は警戒したようにこちらを睨んだ。

「他を当たれ」

語気を強めると女は唇を噛み「あなたは地獄に落ちますよ」と言い捨てて去っていった。言われずとも地獄には落ちるだろう。今更である。

「なんで沈黙君はこのチビといたの?」

「付き纏われてる」

「おいチビコラァ!」

喧嘩屋が英雄の頭を再び掴んだが、「お前もさして変わらねぇだろ」と突っ込むとなぜかニコニコと笑い始めた。半泣きの英雄を見てなぜか姉の姿を思い出した。見た目の美しさは全く掠りもしていないが。

「喧嘩屋」

「なになに?あ、喧嘩する?いいよ!」

「ちげぇよ。家族なら殴ってやるな」

「えぇ…うーん、沈黙君が喧嘩してくれるなら検討するかな」

「じゃあいい」

あっさりと引くと、英雄が喧嘩屋から逃げて俺の後ろに回りながら叫んだ。

「もっと粘れよ!」


 「ち、沈黙〜!!」

翌朝、願望者が勢いよく教室に滑り込んできた。うるささのあまり再び殴り飛ばす。先日と違い生徒が少なかったため、目立ちすぎずに済んだ。

「また絡まれたって本当!?無事!?殺してない!?」

あのチビがまた話しやがったなと思ったが、やけに必死な願望者に文句が言いにくかった。そもそもどっちの心配をしているんだ。

「お前、〇〇教とどんな関係なんだ」

「だ、誰かそんな感じのこと話していた…?」

「いや、態度見てれば誰でもわかるだろ」

「うぅ…」

願望者はしばらく唸り、顔をあげたかと思えば鼓膜を破る勢いで懇願した。

「早く僕を殺してよぉぉぉ!!」

「うるせぇ」

ゴッと鈍い音が教室に響いた。



【沈黙】

絡んでくる変な奴らが増えていてむかつきが止まらない主人公。最近英雄が自分を盾にしてくるのが最もイラつく。〇〇教と沈黙、享楽が関係していることに薄々気づいている。英雄と喧嘩屋が兄妹なことには驚いたが、なんとなく納得した。最近文句ばかりだが割と話すようになった。


【願望者】

沈黙たちが勧誘されたと知り激しく動揺している。〇〇教潰さなきゃと早く死ななきゃと焦りまくり。沈黙にウザ絡みする頻度が増える。


【享楽】

動揺する人その2。子供は狙うなと父に言いまくっているが効果がない。願望者と半泣きで沈黙に突撃する頻度が流れる。


【英雄】

〇〇教に目をつけられて日々怯えている。沈黙はゴリ押せば助けてくれるし、喧嘩強いから何かと助けてもらおうと勝手に思っている。兄に色々とバレた。


【喧嘩屋】

アホの妹を見かけたと思ったら〇〇教に絡まれていて内心すごく驚いた。仕方なく助けたら沈黙までいてさらにびっくり。妹が目をつけられているとわかり〇〇教に殴りこみに行こうかと思い始めた。


【〇〇教】

最近信者の子供が減ってしまったので確保しようと一生懸命。押せばいけそうなカモがいたので頑張ろうとしたら、ずっと探していた喧嘩屋が来るし殺意高めの沈黙も来て怖かった。カモネギだった。

沈黙、願望者たちと〇〇教の関係に疑問を持ち始めるの巻。英雄と喧嘩屋兄妹が出張り始めます。〇〇教との話が増えます。

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