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沈黙と願望者  作者: 寺田夏丸
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願望者と享楽

若干胸糞が悪いかもです。

 願望者は、生まれながらに「自殺願望者」だったわけではない。少しばかり周囲の子供より頭が良く丈夫な子として大切に育てられていた。初めは両親のどちらにも似ていない色素の薄い癖毛や白い肌、彫刻のように整った顔立ちに驚きはされたが、DNA的に間違いなく自分たちの子供だとわかると、それも「個性」として受け入れられた。彼の両親はとある宗教団体に入信しており、毎月の集まりに幼い彼を連れて行っていた。なんでも家族全員で信仰しなければ、バチが当たるとかよくわからないことを話していた。教祖は坊主頭の温和な笑みを浮かべた男で、願望者を見るたびに「まるで天使のようだ。大きくなったね」と声をかけてくれていた。それがどこかくすぐったかった。教祖には願望者と同い年の娘がいて、彼女も父とよく似た優しい微笑みを浮かべていた。しかし、彼女が話す姿を一度も見たことがなく、父とお揃いの白い服を着てただニコニコと隣に座っているだけだった。


 ある日、願望者は両親の目の前で車に轢かれた。それはもう見事な弧を描いて吹っ飛び地面に叩きつけられた。彼の細い手足はあらゆる方向に曲がり、打ちつけた頭からは止めどなく血が流れた。母親の絶叫も父親の怒号も何も聞こえず、意識が遠のいたーかと思えば、数分すればすっかり景色がクリアになった。痛みもどこかへ行ったようで、ケロリとした顔で「びっくりしたね」と話しかけると、両親は石のように固まっていた。彼らはすぐに彼を病院へ連れていきあらゆる検査を受けさせた。怪訝そうな顔をする医者にヒステリックに母が問い詰める姿を子供ながらに怖いと思った。彼に「超健康児」という判決が出てから、今度は教祖に会いに行った。「この子は何かに取り憑かれているのではないか」と不安そうにする父の声に、教祖は耳を傾けた後驚いたように願望者を見た。そして今までに見たことがないほど満面の笑みを浮かべると、願望者の頭を撫でた。

「あなた方が信心深いからこそ、神の子が生まれたのでしょう。きっとこの子は神に似たのだ」

この言葉が全てをおかしくさせた。


 その日以来、彼は毎日宗教施設に通う羽目になった。「神の子」を一眼見ようと群がる信者に、果てしない恐怖を覚えた。母に助けを求めようと手を伸ばしても「いい子にしなさいね」と元に戻される。ニコニコと覗き込んでくる大量の顔に目を背けると、教祖の娘がその美しい顔を1ミリも動かすことなく、ただじっと彼を見つめていた。それが責められているようで、なお苦しかった。

「他の子供たちも、彼のように神の子になっているのではないか」

誰かがそう言い放った。同意の声がチラホラと上がった時の血の気が引いた感覚は、数年経っても生々しく思い出せるほどだった。

 そこからは地獄のようだった。大人は子供たちを故意に傷つけ「神の子になれる、きっと治る」と言った。当然治るはずなんてない。今度は願望者を傷つけた。彼の傷はみるみると癒えていく。

「彼を崇めれば、きっと不死になれる」

いつの間にか、宗教団体は願望者を崇める組織になっていた。狂った大人たちは彼の体質を羨み、子供たちはただ犠牲になっていた。ニコニコと変わらない笑顔の教祖が恐ろしかった。いつの間にか、彼の娘は姿を見せなくなっていた。


 中学生になる頃には、すっかり内向的になっていた。積極的に人と関わると、またおかしなことになるのではないかという恐怖が拭えなかった。ただ背が高く美しい彼を周りが放っておくことなどなく、どこへ行っても注目された。ある日、教室の隅で縮こまっていた彼の前に1人の女子生徒がやってきた。セーラー服の裾から伸びる細く美しい形の腕にはいくつもの傷跡が残っていた。

「久しぶり」

顔を上げると、いつからか見なくなった教祖の娘が変わらぬ笑顔で見下げていた。初めて聞く声は、鈴の音のように美しい。思わず願望者は身構えた。きっとこの傷も自分のせいだと思うと、罪悪感で吐き気を催した。

「あら、〇〇君よね?随分と雰囲気が変わったみたいだけど、大丈夫?」

彼女は困ったような顔で首を傾げた。

「大丈夫…。君こそ、その、大丈夫なの?」

恐る恐る尋ねると、彼女はすぐにまたいつもの顔に戻った。

「平気よ!最近はお父さんも諦めてくれたみたい。不老不死なんてなれるわけないのに、面白い人たちよね」

彼女は他人事のように笑っていた。その様子はどこか歪で、願望者は思わず顔を下げた。

「ごめん。僕が変な体だから」

「え?」

「どれだけ怪我してもすぐ治る…僕だって、好きでこうなったわけじゃないのに、なんで…」

彼女は願望者の言葉にしばらく目をパチパチと瞬かせたかと思えば、堰を切ったように笑い声を教室に響かせた。驚く願望者を涙目で見る。

「あははははは!お父さんたちはあんなに必死になってるのに、本人はすごく嫌がってたなんて、おかしい!全部空回ってて、見てて面白いったらないのよ!あはは」

「えっ、え?」

「それが愉快だったから見てたんだけど、あはは、すごく嫌がられてて面白い!」

「な、何が面白いんだよ!殴られたり、その、切られたりしてただろ!」

思わず願望者が言い返すが、彼女はヒーヒーと腹を抱えている。

「確かに最初は嫌だったけど、途中で気づいたのよ。”この世の全ては面白いか面白くないか”で決まるって。今の状況は父が惨めで見ていて面白い。だったら、面白いと思うことをずっと見てた方がいいじゃない?私は父を止めなかったし、逃げもしなかった。今あなたに話しかけたのも、そっちの方が面白そうだったから。実際すごく愉快だった」

ここにきてようやく、彼女は完全におかしいということに気がついた。初めからそうだったのか。いや、途中で気付いたということは、父からの仕打ちに心が耐えられなくなったのか。願望者は忘れかけていた吐き気に襲われていた。全て、全ては自分の体がおかしいからだと思うと、目の前で楽しそうに笑う彼女から一刻も離れたい衝動に駆られ、思わず荷物を手に走って逃げていた。後ろから彼女の声が聞こえたが、それすらも恐ろしかった。


 走り続けていると、いつもの宗教施設が見えた。今日こそ勇気を出して、子供たちを助けよう。そう誓ってドアノブを握ると中から話し声が聞こえた。

「教祖様、私たちはこんなに信仰しているのになぜうちの子は不死にならないのです?神秘的な力をあの子も持つと思っていたのに」

「あぁ、▲▲さん…。きっと何かしらの条件があるはずです。気を落とさないで」

条件なんてものはない。願望者の体質はこの世界では唯一のものだった。

「しかし、いつまでもこうだと私はだんだんあの子の腹が立ってくるのです。なぜそうもダメなのかと」

この言葉を聞いた途端、身体中が沸騰したように暑くなった。怒りで手が震える。子供を一体なんだと思っているんだ!と叫ぼうとドアノブを掴むと、背中の一部が異様に暑い気がした。ゆっくりと振り返ると、泣き腫らした目に怒りを含んだ瞳の小さな少年が、願望者の背中を包丁で深く深く刺していた。

「お、お前のせいで」

彼は震える声でそう呟くと、自分より何十センチも大きな無抵抗の願望者を押し倒し幾度も刺した。彼の体は傷だらけで、願望者の胸すら抉っていた。ただ彼を見ていると、奥から先ほどまで会話していた教祖の娘の声が聞こえた。ここに住んでいるのだから来て当然か、とどこかぼんやりと考えていると、騒ぎを聞いた教祖たちが慌てたように外へ出てきた。

「なんてことをしているんだ!」

少年の父親らしき人物が彼を殴り飛ばした。小さく軽い彼はすぐに飛んでいき、鈍い音を立てて地面に横たわった。流石の教祖の娘もこれには悲鳴を上げた。願望者は緩慢な腕を動かして、なんとか少年の元へ行こうと体を起こす。大丈夫、こんな傷5分も経たずに治るさと笑うと、少年は怯えたように涙を流す。少年の両親が願望者を支えながら、みるみる傷の消えていく体に小さく感嘆の声を漏らした。

「〇〇様。早く部屋にお入りください。ここにいるのは危険です」

少年の母親がそう口にして、願望者を部屋に押し込もうとする。怪我が治り動けるようになった願望者はすぐに抵抗し、少年の方を見た。ちょうど、少年が彼の父親に殴られた瞬間だった。ただ殴られたのではない、父親はどこからか持ってきた角材で殴ったのだ。少年の頭から血が飛び出すのが、やけにゆっくりに見えた。


 それから少年はぐったりとして動かなくなった。それでも両親はニコニコしていた。「もう大丈夫ですよ。それにしても、やはり素晴らしいお体ですね」とまで言ってきたのだ。願望者の手は震え、恐る恐る少年に近づく。まだ息はあるようだが、意識はなかった。そっと抱きしめると、教祖の孫が救急車と警察を呼んだらしい。早く来い、早く来いと念じていると、願望者の手を彼女が握りしめた。いつもの笑顔はスッカリと引っ込んでいる。願望者を安心させるような暖かな手だった。少年の両親が騒いている。教祖はいつの間にかその場から離れているようで、姿が見えなかった。少年の顔をじっと見ていると、どんどん苦しくなっていった。自分のせいだと思うと、どうしようもない申し訳なさが押し寄せてくる。なぜ自分はこんな体になのだろう。なぜ自分は死なないのだろう。彼にこの体をあげて、今すぐにでも消えてしまいたかった。

「僕は…」

声を漏らした願望者を、同じように少年を見ていた教祖の娘が見やる。

「生きていたらいけないんだ、きっと。2度とこんなことが起きないよう、早く僕は僕を殺さないといけない」

彼女はお馴染みの花が綻んだような笑顔を浮かべた。

「死なない体を殺すなんて、面白いこと言うのね。面白いことって大好きだから、手伝ってあげる」

あまりにも場違いな言葉に、願望者は少年を抱きしめる力を強めながら何年かぶりに笑った。死のうと思うと、心が軽くなった。世界に認められる気がした。


かくして彼は「自殺願望者」となったのである。


【願望者(小→中)】

 相変わらず不死身の美少年。初めは普通の子供だったが、特異体質により両親の頭も教団もおかしくなった。享楽に出会うまでは内気な少年。自殺願望者になってからはお馴染みのテンションになった。おそらく享楽に性格が寄った。教団をいつか潰したいし、早く消えたい。享楽には感謝しているし、特別な存在だと思っている。


【享楽(小→中)】

 相変わらずのぶっ壊れ美少女。教祖の娘。教団による虐待で一時期精神を病んでいたが、突然享楽主義の境地に至った。完全に頭がぶっ壊れたとも言う。全ての行動原理が「自分的に面白いと思ったか」になり、面白いと思えば倫理観などすっ飛ばしで正く素晴らしい行動や事象だと思い込む節がある。虐待を受けていたときも「哀れなこの人達の姿を見るのが面白い」と途中から思うようになったことで願望者を恨む気持ちなどは抱かなくなった。願望者といると面白いから大好き。高校生になる頃には彼そのものも大好きになった。不死身が死ぬって面白いから早く殺したい。


【〇〇教の教祖と愉快な仲間たち】

 願望者達が住む街を本拠地にしている宗教団体で、神とか語ってるだけの虐待集団。元々は教祖が適当なこと言って金巻き上げてるカルト。洗脳は得意技。最近活動範囲を広げているかも。今も子供がよく出入りしているとかなんとか…??

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