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沈黙と願望者  作者: 寺田夏丸
14/14

沈黙達と〇〇教 下

 願望者の頭がボールのように跳ねる中、会場は静寂に包まれた。2、3秒して悲鳴が上がる。教祖や側近らしき男が俺を止めようと駆けてきたが、喧嘩屋がどちらも殴り飛ばした。その隙に願望者の髪をつかんで享楽に向かって投げると、彼女は傍に置いていたスーツケースに頭を詰めた。

「君たち何を考えているんだ!」

喧嘩屋が笑い声を上げながら、喚く教祖の側頭部を番傘で殴打する。側近が喧嘩屋に掴みかかったので、今度は俺が側近を投げた。この辺りから信者数人がステージに登ってきたため、しばらく乱闘である。

「おいおい、何をそんなに慌ててるんだよ。不死身なら平気だろ?」

喧嘩屋が執拗に側近に構いながら高笑いした。側近は何か武道の心得があるのか、押されながらも教祖を守ろうとやり返している。

「信仰は救いをくれるんなら、問題ないよなぁ!!!」

教祖を煽りながら、喧嘩屋は床に転がったままの願望者の体を蹴り飛ばした。完全に頭が飛んでいる。目的はそこじゃないんだがと呆れながらも、俺も信者を殴ったのであまり変わらないかもれれない。

「おい、なぜ体が戻らないんだ…?」

ステージから距離を置いて固まっていた信者の誰かがそう呟くと、次々に疑問の声が上がる。喧嘩屋がしつこく願望者の体のことを叫んでいたのは、これが狙いだったのかもしれない。

「いつもなら戻られているはずなのに」「おかしいぞ」「何が起きてるの」

 混乱が広がる会場で、焦ったのは教祖である。彼は床を張って逃げつつも、信者を落ち着かせようと声を張った。

「皆さん、落ち着いてください!神の子は必ず戻られます!神の前ですよ!落ち着いて」

神というのはどこにいるのだろうか。思わずステージをぐるりと見渡す。教会であれば十字架でもあるのだろうが、ここには何もなかった。ただ白い壁があるばかりである。俺は依然として転がっている願望者の体を持ち上げると、ステージから落とした。邪魔であるのと、信者たちにより「神の子の死」を感じさせたかった。信者はワッと動かない彼に駆け寄る。俺を勧誘した自称同級生がこちらを睨んでいたので、胸がスッキリした。

「所詮人間だよ、そいつは」

「君は!呪われてるんだ!なんてことを、自分が何をしたのか分かってるのか」

「当然だろ」

気分が良くなったので、近くにいた信者も殴って下に投げる。あまりの惨状に、情けない声を上げながら逃げていく教祖の姿が見えた。俺や喧嘩屋が捕まえる前に、ステージ傍に控えていた享楽が飛び出し、彼をスーツケースで殴った。

「やるな!」

喧嘩屋がやたらと嬉しそうに歓声を上げて、拍手の代わりに番傘の先端を床に叩きつけた。享楽は満面の笑みで父親を見下ろしている。

「お父さん、私こっちの方が面白そうだから彼らと同じことするわね」

「お、おい、一体何を…」

享楽は俺が早々に手放したチェンソーを拾い上げた。端っこに飛ばしており、殴り合っていた俺たちはすっかり存在を忘れていたので、誰かが「あ」と声をあげる。

「大丈夫よ、お父さん。だってこの中で誰よりも信仰心が厚いのは教祖である貴方ですもの」

「やめろ、やめろ」

教祖は繰り返し静止するが、彼女は構わずチェンソーを震わせた。

「ね、皆んな思うでしょ?信仰心のおかげで不死になるなら、教祖様が不死じゃないのはおかしくない?不死なはずよね?そう思うよね?」

享楽はよく通るソプラノの声を張り上げて、満面の笑みで信者に問うた。

「この教団を立ち上げたのは教祖様。神と誰よりも近いはずだわ!だってあの人が不死なことを、すぐに信仰心と結び付けたらおかしいもの。自分がそうだから思ったんじゃないの?そうでしょ?そうなんでしょ?」

「落ち着きなさい!」

享楽が楽しそうにチェンソーを振り上げる。俺は逃げようとする教祖に足を引っ掛けて転ばせて、地面にうつ伏せになる状態で拘束した。

「次はこいつでよろしく」

喧嘩屋が便乗して側近をこちらに飛ばしてきた。喉を傘で突いたらしく、側近は首を抑えて苦しそうな呼吸を繰り返している。

「確かに、教祖様も不死なのでは?」

願望者を抱え上げていた信者が言葉をこぼす。期待の眼差しが集まると、教祖は脂汗を浮かべて体を震わせ始めた。享楽のチェンソーが首に近づくにつれ、彼の震えは大きくなっていく。哀れなものだなと眺めた。いよいよ、といった時に彼の耳に顔を近づけて呟く。

「今、白状するなら許されるぜ」

な?と享楽に目配せすると、彼女は「もちろんよ!」と声を弾ませた。それでも教祖が口を開かないので、さらにチェンソーは近づく。いよいよ首に当たるかという時に、ようやく教祖が叫んだ。

「待て!待て!死んでしまう!そんなことしたら、し、死んでしまう!」

「あら、お父さん。どうして死んでしまうの。神様は救ってくださるのでしょう?」

「神なんているわけないだろ!!!!あんなの全部嘘だ!!」

会場は願望者の首が飛んだ時以上に静まり返った。チェンソーの音だけが空気を震わせている。信者の視線が教祖に注がれている隙に、願望者の体を確認するが、まだ首は5センチほどしか回復していなかった。意外と時間が経っていない様である。よく見れば分かってしまうが、この混乱時に気づく信者はいないだろう。享楽がチェンソーを止めると、いよいよ耳が痛いほどの静けさが俺たちを包んだ。


「神は嘘なのね?」

確認するように切り出したのは享楽である。彼女は落ち着いた柔らかい言い方をしていて、微笑みながらステージのライトに照らされる姿は美しかった。チェンソーを片手に持ったまま父親の前に膝を着くと、彼の頬に残りの手を添える。

「嘘なのね」

確信を持ったように言葉を重ねると、教祖は彼女の手に握られた凶器を見ながら「そうだ」と繰り返した。

「あの人の体質を利用したんでしょ?神を信じさせるにはちょうどいいなーって」

「…そうだ」

「今までの不死に見せかけた手品だったんでしょ?」

「そんなことは…そ、そうだ」

願望者の不死性は本当のことなのだが、彼女はこの機に乗じて手品だったことにするらしい。否定しようとした気配を察して、チェンソーをチラつかせるあたり享楽も結構強引だ。願望者の両親を名乗る人物がここで意義を唱えた。

「で、でも私たちが目の前で彼の体が戻るのを確認してます!」

「そもそも本当に撥ねられたのかしら?証拠は有るの?」

「そ、それは…」

「ほら、ないのでしょう?貴方たちも皆んなに神を信じさせるために細工したのでは?だって信仰心で報われるなら、今頃皆不死になってるはずでしょ?ね?教祖様」

享楽が説き伏せて、再度教祖に視線を落とす。

「初めから、彼が不死かなんて信じてなかったわよねぇ?嘘だったわよね」

「お、お前…父親相手に…!!」

「私父親になんて話しかけてないわ。教祖様に話しかけてるのよ。それで、マジックだよね?」

口を金魚のように開け閉めする教祖に、痺れを切らしたのか享楽は真顔になった。

「さっさと言いなさい」

三度チェンソーが空気を切り裂いた。喧嘩屋が口笛を吹く。そろそろ願望者の体が戻ってきてしまうので、信者に囲まれる彼の体を回収しなくてはいけない。享楽にエールを送る喧嘩屋を肘で突いて伝えると、彼はすぐにステージ下に飛び降りた。モーゼのごとく信者が離れる。ついでに願望者まで遠ざけられそうになったので慌てて彼の腕を掴んで引っ張った。肩が外れた様な音がしたが、聞かなかったことにする。

「この後どうするの?」

喧嘩屋は願望者の右手だけを持って階段を登る。段差ごとに鈍い音がしていた。俺は盛り上がっている享楽に顎を向ける。

「それはさっき享楽が言ったろ」

「え?」

チェンソーの音がけたたましく響く中、教祖の情けない声が会場中を駆け巡った。

「マジックですぅぅぅぅぅぅぅ!」

「あははははははは」

享楽は楽しそうに頬を染め、のけぞって笑いながらチェンソーを振り上げていた。そのまま教祖の左横の床に叩きつけた。木屑が飛び散り、教祖がいよいよ気絶したらしく脱力する。

「享楽、ケースを開けろ」

「あら、戻っちゃうわよ?」

「マジックなんだろ」

俺の言葉に彼女は飛び上がらんばかりに喜んだ。チェンソーを止めて放り投げると、スーツケースを抱える。

「さぁ!皆様!こちらウチの伝統芸、生首再生マジック!タネも仕掛けも、ありまぁあぁす!」

芝居がかった口調で、大きな身振りでスーツケースの封印を解いた。霧のように霧散した生首は、一瞬にして願望者の首の上で再生していく。何度見ても嘘のような光景だった。キョトンとした願望者に状況を耳打ちすると、彼も享楽の横に立つとお辞儀をした。

「今まで騙していて申し訳ありませんでした。ただのマジックです。教祖様が自白なさるとは!本当の刃物で切ったら怪我しますよ、当然ながらね」

会場がどよめき、段々と熱気が上がっていく。興奮ではなく、怒りで顔を赤くする信者たちはひどく醜いものだった。騙されていたからなんだ。子を殴ったのはこいつらの意思である。

「おい、あのチビに合図だせ」

今後の展開にため息を吐いて、喧嘩屋に指示を出した。チェンソーを回収して、うつ伏せのまま意識が戻らない教祖を置いて俺たちはステージ脇に走った。構造を熟知している願望者と享楽に先導してもらい、裏口を目指す。

「待て!!」

追いかけてきたのは、健気にも自称クラスメイトの彼だ。彼は青白い顔で歯軋りをしている。

「よくも、よくもめちゃくちゃにしやがって!」

叫んでいるが、俺たちは構わずに逃げた。

「どんな思いで我慢してきたと思ってるんだ!!」

彼が吐き出した言葉に思わず足を止める。振り返った3人を先に急がせ、俺は彼と対峙した。

「お前の我慢なんて俺は知らないしどうでもいい」

「君なら分かってくれると思ったのに」

「分かってくれる?俺があのクズどもにやられてたからか?」

聞き返すと、彼は気まずそうに肯定した。思わず鼻で笑い飛ばす。

「お前と一緒にするなよ。俺はちゃんと原因を消したんでね」

「それって」

満足したので、深追いされる前に願望者達の後ろ姿目掛けて再び足を進ませた。彼は言葉の意味に気づいたのだろうか。これ以上追いかけてくることはなかった。


 外へ出てしまえば、中の混乱具合など何一つ聞こえなかった。相当防音性が高いらしい。願望者が皮肉まじりにそう言い捨てた。

「いやぁ、面白かったね。ひとまず大混乱させて警察を突入させようなんて、よく思いついたなぁ。俺らも捕まるかもね」

喧嘩屋が満足げに笑う。正直俺は捕まろうが、唯一の家族も刑務所にいることだしそれほど支障はない。彼は一般家庭なので、大丈夫ではないだろう。本人は気にしなくとも、あの妹は確実に卒倒するだろから、なんとかその事態だけは避けなければと頭を掻いた。

「大勢が証言するだろうから面倒だけれど、あのこの建物って正面の出入り口以外監視カメラがないの。映ってたら即刻捕まるのはあっちだからね。入ってきたところはバレるけど、シラを切ろうと思えばなんとでもなるわ。どうせ皆頭がおかしいんだもの」

享楽の言葉に、なんとかなるだろうかと思案しつつ喧嘩屋を先に帰宅させることにした。

「お前は凶器を持ってるから先に離脱しろ」

「えー!遊んでくれるんじゃなかったの!?」

こいつの言う遊びは「=喧嘩」だ。こんなところでやったら苦労が水の泡である。

「…終わったらお前の家に行ってやる」

「分かったじゃあね!」

清々しい切り替えで、彼は人混みに消えていった。目立つ頭と番傘を手にしているのに、見事なものである。サイレンの音が聞こえてきたので、英雄は手順通りにやってくれたようだ。


 俺たちは1人づつ事情聴取を受けた。チェンソーのことは伏せて願望者の置かれていた状況や、子供に行われていた虐待を見て、なんとかせねばと詐欺であることを皆に知らせたのだと口々に話す。警察官はそれなりに気持ちを汲んでくれたらしい。俺のことはすぐにバレたので「虐待されていることが許せず、解散させるだけならと手伝った」と証言すると、過去を鑑みて理解はしてくれた。教団のやっていた罪が重いとはいえ、信者を混乱させて怪我を負わせたとして、それはもう「厳重に」注意されたし保護者に連絡された。親戚は実に御冠で、姉が姉ならと文句を言ったが、俺が悪いことに変わりはないので拳を握ったまま黙って受け入れた。


 結局、喧嘩屋の家へ行けたのは3日後の夜である。学校にも行けずじまいだったためか、呼び出し鈴を鳴らして先に出てきたのは英雄だった。今や彼女もある程度わかっているらしい。近づいてくるなり早々に俺の腕を何度も叩いた。

「バカ!バカバカバカ!犯罪には手を出すなって、あれ程言ったでしょ!!」

「言われたことないが」という言葉を飲み込む。言ったら確実に燃料になってしまうと、心を無にして彼女の怒りがおさまるまで足元の砂利を眺めた。英雄は一区切りついたのか肩で息をしている。良いタイミングで喧嘩屋が姿を表した。いつだったかの紫色のつなぎを着ているので、作業していたのかもしれない。

「いやぁ、色々と被ってもらって悪かったね。一応俺も事情聴取受けたんだけどさ、適当に誤魔化しちゃった。教団のゴタゴタと頭のおかしさがなけりゃ、俺たち全員お縄だよね」

「お兄ちゃん!!!!」

また暴れ出した英雄を、喧嘩屋はつまみ上げて家の中に放り投げた。コロコロと上手く廊下を転がった彼女は、先でまたキーキーと何やら喚いている。

「さて、いつも通り喧嘩と行きたいところだけど、そんな気分でもないんでしょ」

俺の顔を見てから彼は苦笑した。まさにその通りで、一応行くと言ったから来ただけである。あの時は喧嘩してもいい気分だったが、今はそうもいかない。

「まぁいいよ。俺もそれなりに疲れているんだ」

彼は肩をすくめていつもの倉庫に案内された。いつの間にかポットやらお菓子やらが揃っていて、部屋の様になっている。

「最近ここで勉強してるんだよね。誘惑も多いけど、集中しやすいんだ」

そういえば受験生だったなと記憶が蘇る。確実に内申点でアウトだろうと思ったが、こいつならどうにかしそうでもあって、複雑な気持ちである。

「お姉さんとは話せた?」

彼は見透かしたように尋ねてから、インスタントのコーヒーをカップに入れてお湯を注いでいく。俺はその間何も発言しなかった。

「まぁ、難しいよね」

気にした様子は一切なく、喧嘩屋は自分のカップにミルクをたっぷりと注いだ。喧嘩が絡まなければ、真面そうに見える男である。実際は真面ではないのだが。

「姉には黙っておく」

「バレないの?」

「親戚が話したら終わりだが、姉とは話したがらないだろうから平気だ」

「君のことを愛してくれている姉なら、言っても受け入れてくれると思うけどな」

喧嘩屋の不意の発言に閉口した。俺は姉を愛しているけれど、姉は俺を愛しているのだろうか。正直、俺には人からの愛情というものがわからない。姉はこの世で一番優しい人だと思うけれど、彼女は誰に対しても聖女のように振る舞える人だ。止まらない思考に言葉が飲み込まれていく。緘黙する姿に、喧嘩屋は「沈黙君は沈黙君だねぇ」としみじみと呟いた。彼の入れたコーヒーは、安物のインスタントのくせしてやけに美味かった。


 家に帰ってから、心を落ち着かせようと本を読んでいると携帯に何件も着信が来ていることに気づく。遊惰やら潜水で、学校で姿が見えないから心配をしているという旨の…いや、ただ単に「カウンター当番が面倒くさい」「勉強を教えてくれる人がいない」が彼らの本音である。一旦無視したが、あまりにも届くので「明日は行く」とだけ返した。倍になって返事が来たが、もう読むのも面倒で携帯の電源を落としてやった。

 翌朝真っ先に絡んできたのは遊惰である。玄関口でわざわざこちらに寄ってきて間の延びた声で「センパーイ」と声を発した。

「もう、先輩がいないからカウンターで寝ちゃった時すごいおこられたんですよぉ」

「自分で起きろ」

「嫌です嫌です〜」

彼は俺の左腕を掴むとブンブンと振って図書室まで連れて行った。別に朝は委員的に行く必要がないのだが、そんなことお構いなしらしい。すでに学校司書が来ていて、カウンターで忙しく動いていた。遊惰は気にも止めず話しかける。

「先輩が復帰しました〜」

緊張感のない報告に、司書は若干苛立ちながらも反応を示した。俺に顔を向けると「ちょっと!」となぜか怒っている。

「あなた、しっかり面倒みてよね。この子全然ダメなんだから!」

俺の仕事ではない。反論したいがあまりの気迫と切実さに、グッと口を噤んだ。

 駄々をこねる遊惰を教室に連行してから、2年の教室に向かうと、今度は英雄と並んで潜水が歩いてくるのが見えた。彼は前髪で半分隠れた顔を嬉しそうに輝かせ、恵まれた大きな体格を存分に使って手を振り駆け寄ってきた。

「も、もう来なかったら、どうしようかと思ってた…」

大きな影が出来てムカついたので脛を蹴ってしゃがませる。廊下は走るなー!と注意する英雄が遅れて追いつくが、うるさいので無視した。

「数学だろ」

「そ、それもあるけどさ…ほら、友達が、来なかったら寂しいし…」

脛を撫でながら、彼は恥ずかしそうに顔を伏せた。友達?と首を傾げる。英雄が「お前、お兄ちゃん以外に友達いたのか」と肩を叩いてきたので額に向けて張り手した。

「んぎぃぃぃ!」

彼女が奇声をあげてひっくり返ると、先にしゃがんでいた潜水が大袈裟に体を震わせて腰を抜かした。

「数学はまたな」

俺が何事もないように潜水に告げると、彼はコクコクと頷いた。お人好しの潜水は怯えながらも英雄の額を撫でてあげる。キョトンとする彼女は愉快だった。

 

 この日、願望者達の姿は見えなかった。学校には来ているのだろうが、すれ違うことも、話すこともなく1日を終える。よく晴れた空のせいか、思いつきでいつだったからか通らなくなって路地を歩いて帰った。もう少しで大通りといったところで、デジャビュを感じて立ち止まる。目の前には、大きな男が寝転んでいた。色素の薄い髪が風に揺れている。違うところといえば、彼の周りに血が飛び散っていないことと、隣で笑う女性がいることだろう。

「何してやがる願望者」

顔を顰めると、彼は顔をあげた。

「いや、享楽がそこの隙間にキーホルダーを落としたからさ」

今日は死んでいたわけではないらしい。彼は寝転んだまま室外機と壁の間に腕を突っ込んで、手探りで探し物をしていた。

「あはは、もう教団も解体されたし、享楽が今死なれたら悲しいっていうからしばらくは生きることにしたんだ」

「へぇ」

適当に相槌を打つと、享楽が「願望者ちゃんったらねぇ、私が寂しいって言ったら抱きしめてくれてぇ〜!」と弾丸トークを始める。勘弁してくれ。うんざりして天を仰ぐと、願望者がいまだに地面に体を引っ付けた状態で微笑んだ。

「沈黙はさ、前より話すようになった気がする」

「確かにそうねぇ。初対面の時なんてほとんど口聞いてくれなかったもの」

彼らの指摘に顔を歪ませると、2人していいことだと頷いた。

「僕はもっと君と話したいよ。よく殴られるけど」

「今回のこと、本当に感謝しているわ。友人としこれからもよろしくね」

また出た、友人。俺は本日何度目かの単語に眉根を寄せた。不機嫌な顔をしているはずだが、2人は満足そうだった。きっと彼らは明日以降も絡んでくるのだろうなとどこか諦めた気持ちになる。いつだったか吐いたような言葉を、俺は無意識に繰り返していた。

「じゃあな、願望者」

家に向かって歩き始めると、彼らは息ぴったりに「「また明日!!」」と手を振った。大通りは相変わらずの騒がしさである。大嫌いだが、自分の周りも十分騒がしくなっていることを思い出すと、この程度平気な気がしてきた。慣れとは恐ろしい。人混みをかき分けて、一歩一歩家に向かう。ふと、上を見上げると澄んだ青空が広がっていた。なぜか無性に姉を思い出す。彼女に、俺が厄介で面倒くさい友人達と巻き起こした、一連の騒動について話してみようと思い立った。なぜか笑ってくれるような気がして、小さく口角をあげてしまった。


                                                   完



【沈黙】

大乱闘を巻き起こしたが、それを誤魔化してしまうほど教祖同士の乱闘が激しかったのでなんとかなったらしい。自称「友達」がたくさんいることに気づいた。姉には1から説明して、心配もかけたがその分安心したように笑ってくれたので胸が暖かくなったらしい。相変わらず短気だし無愛想だが、どこか丸くなったかもしれない。


【願望者】

晴れて「神の子」を卒業した。教団をつぶせてハッピー。全部マジックだったことにして有耶無耶にして、人間生活を楽しんでいる。体質は変わらないけれど、享楽のためにしばらく生きようと思うようになった。


【享楽】

今回のMVP。頭のネジがよりぶっ飛んだ。願望者が名目上ただの人になれて、今では2人で楽しく過ごしているらしい。願望者が死んだら楽しくないと訴えたので、きっと彼女が死ぬまで一緒にいる。死ぬときは願望者も全身バラバラにして埋めるんじゃないかな知らんけど。その頃には彼も本当に人になってるかもしれない。


【喧嘩屋】

お兄ちゃん。沈黙とはなんだかんだずっと友達してる。真面目に受験勉強したので大学は受かったらしい。


【英雄】

よくわからなかったけど、とにかく危ないことをしたと気づいているので激おこ。ただし怒りを受け流されてしまう。最後まで騒がしいが、ある意味沈黙の鬱々とした部分を吹っ飛ばす女。


【遊惰】

先輩がいないと委員会活動中の生活力がゼロの男。復帰してとにかく嬉しい。しばらくついて回って可愛い後輩。


【潜水】

〇〇教のニュースを見た時に、以前の体験と照らし合わせてピンときていた。沈黙がしばらく休んだ理由も察していて、本当に心配していた友達。元気そうでとにかく安心した。英雄のことは奇声をあげる変な人だと認識している。

最終回です。沈黙達の最後の奮闘と、成長が描けていたら嬉しいです。

とても悲しいような、嬉しいような不思議な心持ち。

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