沈黙達と〇〇教 上
願望者と喧嘩屋の一悶着があった日以降、3度ほど同様に願望者を切断する会が開かれた。喧嘩屋のスイッチが突然入り願望者を殴ることがあるが、比較的穏やかに物事は進んでいるように思えた。集会は平日の夕方に開かれるので、下校ついでに赴くことになる。元々教団の関係者である願望者達は先に向かい、俺と喧嘩屋は最寄り駅で合流することになっていた。
集会当日、どこか落ち着かない願望者や享楽の姿が校内で見られた。2人は寄り添うようにベンチへ腰掛け、弁当を広げている。幼少期から〇〇教に関わっている彼らはそれぞれ思うところがあるのだろう。
「おい、不良」
教室前の廊下から願望者達を観察していると、キンキンとした高い声が鼓膜を揺らした。視線をそちらに向けると、英雄が仁王立ちしている。風紀委員に文句をつけられるようなことはしていないが、と彼女を睨むと少し怯みながらもまた一歩近づいてきた。
「お兄ちゃんと何を企んでいるの」
彼女は携帯を片手ににじり寄ってくる。いつも通り額を指で弾くと「痛ぁい!」と悲鳴をあげた。
「何かしてるのは知ってるんだから!怪しすぎるのよ!」
子犬のように叫び散らすので、黙らせるために口元を押さえた。そのまま人通りの少ない4階の踊り場に引き摺っていく。口を押さえられたまま呻く女と無表情のままそれを運ぶ男の図を、他生徒は距離を開けて観察していた。道中、図書館帰りらしい遊惰が「あー、また先輩に迷惑かけてるんですかぁ」と動けない英雄にいちゃもんを付けていた。
「もがもがもがもが!もぐぐぐぐ」
「いちいち声がデカい」
「お前が!!いったぁ」
手を離した直後にまた大声を出したので頭を押さえてしゃがませる。
「もう少し優しくしてくれたっていいだろ」
「お前が騒がなければな」
間髪入れずに彼女の要望を切り落とすと、流石に心当たりがあるのか彼女は唸っただけだった。
「お兄ちゃんから、今日の夕方携帯に連絡が入ったら通報しろって言われた」
喧嘩屋のやつ、絶妙に妹を巻き込むことにしたようだ。こいつは台風の目のように周りを掻き回すことに定評があるのであまり賛同したくはないが、外部で緊急避難装置として機能する存在も確かに必要といえる。
「お前はどこまで聞いてる」
「それだけよ、それだけ!何を企んでいるの」
「とりあえず今日は寄り道せずにまっすぐ帰れ。携帯をしっかり見張っとけよ」
「私も連れて行きなさいよ」
「ダメだ。お前がこの件に介入したいって言うなら、決して俺たちについてこず外部で自由に動けるようにしておけ」
「家にいろって言うの」
「そうだ」
ここまで言っても彼女はまだ納得していないようである。俺はひどく苦々しい気持ちで、彼女が喜ぶであろう言葉を探して脳内に散らばるワードを探る。
「俺たちの作成が失敗した時、頼れるのはお前だけだ」
「私だけ?」
「………そうだ」
血を吐きそうである。だが彼女が言う通りに保険として機能してくれれば助かるのは本当だった。英雄は途端に頬を赤くして目を輝かせた。鼻息荒く俺の背中を叩く。
「そこまで言うなら、仕方ないわねぇ!!私に任せなさいよ!あはは!」
こめかみがピクリと動く感覚がしたが奥歯を噛んで耐える。この女が前線に出てくることの方が大問題だ。全てが頓挫してしまう。喧嘩屋はそれを危惧してあの指示を出したのかもしれない。さすが長年英雄の兄をしているだけある。英雄はすっかり気を良くして自宅待機を引き受けた。なんとか最初の危機は乗り越えたようだ。
「妹を言いくるめるの大変だったんだぞ」
喧嘩屋と待ち合わせ場所の駅で合流するなり早々苦情を申し立てると、彼はケラケラと笑っていた。
「絶対首突っ込んでくると思ったから、せっかくなら使ってやろうと思ってね」
「中途半端に情報を与えるなよ」
「ごめーん」
全く反省した様子がない。
「あの野郎は?後から来るの?」
喧嘩屋の言う「あの野郎」とは願望者のことである。神の子だのなんだの名称がフラフラした結果、この呼び方に落ち着いたようだ。
「先に教団に向かってる」
「ふーん」
聞いてきた割に関心は薄そうで、彼は気の無い返事をよこした。ムカついたので、彼が我が家に置いて行ったチェンソーを入れた袋でど突いてやった。
「それ買ったばかりのバッテリーチェンソーだから大事に使ってね」
「お前が運べ」
押し付けると「我儘だなぁ」と苦笑される。そもそもはこいつの持ち物なのだから、現地まで運ぶのは当然である。これは軽量だがハイパワーなタイプで…といつだったかに聞いた説明を始めたのでウンザリした。
教団の建物はやけに白く箱のような四角形で、見慣れた道路や標識の中に突如異物が混ざり込んだような違和感があった。金色の文字で教団名が書かれているので、夕陽を反射していて目に刺さる。入り口前に受付があり、チラシを見せて入っていくようだったのでそれに倣うと、いつぞやの信者が出てきた。
「▲▲君!」
自称俺の元クラスメイトである信者は、嬉しそうに破顔して駆け寄ってきた。喧嘩屋がチェンソーを入れた袋を一瞬動かそうとしたので、脛を蹴り飛ばして止める。
「顔が見れて嬉しいよ。あなたも、まさか本当に来てくださるとは」
信者はどこか敬った様子で喧嘩屋に視線を寄越した。当の本人は嘘くさい笑みを浮かべて無言である。口をひらけば鬱憤が放出しそうなので、今日は無口なキャラを通すらしい。よくよく周囲を見ると、信者達が喧嘩屋へ向ける視線は妙なものだった。確かに真っ白な男が赤い番傘を差し、大きな荷物を抱えている様子は妙だろう。それにしては、何処か畏怖を含んだ目が不思議だった。早速目立っていることに喧嘩屋を睨むと、耳元で「昔ちょっとここで暴れたんだよね」と白状した。もう一度脛を蹴ってやった。目立つ手荷物に関しては、工業高生なので荷物が多いと適当なことを言って躱す。幸い、中身の確認はないらしい。
建物に入ると、信者に広い部屋へ案内された。壁や天井は白く、床だけ木製であることを主張する茶色。シャンデリアのような照明が五つも照らされている。奥には1メートルほど高くなったステージがあった。なぜか喧嘩屋は別室に誘導されかけたが、また暴れちゃおっかなと脅しを入れて回避していた。彼はかなり殺気を纏っており、前回ここへ来た時に相当嫌なことがあったのだろうと推測できた。子供を虐待するような団体にいい思い出があるわけないか。ここにいる大人は基本的に頭が飛んでいると思っていいだろう。家族連れが多く、白い服を着せられた子供の姿も散見された。どこか不安そうな顔もいれば、無表情の子もいる。大人達は浮き足立つように会話しているのに、子供は誰も声を出していないことがここの異様な空気を作り出していた。彼らが口を閉ざしている理由を、俺は「身をもって」理解できた。
「今日はあの方が出席されるんですって」「最近は来られなかったものね」
会場内のどこへ移動しても同じ会話が聞こえてくる。願望者の人気は凄まじいものらしい。
「今日は神の子がいらっしゃるんだ。君と同じ高校なんだよ」
信者は頬を染めてうっとりと告げた。ここに来る様に言ったのは俺だが、さも初めて聞いたかの如く「神の子か」と復唱する。
「素晴らしいんだ!どんな怪我でも一瞬で治る神が与えた肉体。見目も美しい。信仰の賜物だよ」
「じゃあここにいる人間は少なからず不死性を持っているのか」
俺の言葉に、彼は気まずそうに口籠もった。
「いや、残念なことに…あの方以外では見られていない現象だよ」
「教祖は?ここにいる誰よりも神を信仰しているはずだが」
今度は黙り込んでしまった。5分ほどたっぷりと間を置いて、彼は会話を再開させた。
「君は初めて来たばかりだからわからないこともあるだろう。きっと君の心はまだお姉さんからの悪影響を受けているんだ。今日帰る頃にはいくらか救われるだろう」
硬く握った拳を気づけば信者目掛けて下ろしていたが、割って入った喧嘩屋が片手でいなした。
「ご存知の通り血の気が多くてね。是非とも救ってもらいたいもんだ」
喧嘩屋は俺を抱えるとそう言い放って、ざわついた人混みを分けて歩く。チェンソーを持っているのが俺たちである以上、前方にいないことには話にならない。イキリ立っている俺を一瞬も地面につけることなく、喧嘩屋は最前列へたどり着いてみせた。
「もう、ここで暴れたら意味ないでしょ。あとで俺が相手してあげるからさ」
「…お前だってさっき」
「はいはい」
こいつ、完全に自分のことを棚に上げてやがる。そう思うとより腹が立ったが、喧嘩屋の指摘はもっともなのである。頭では理解しているのだが、やはり姉を侮辱したことは許せない。
「終わってからやればいいじゃん」
この喧嘩屋の提案に乗ることにした。落ち着いた?と尋ねてくる彼は、確かに長子らしかった。短絡的な行動だったと自覚しているので、大変不服だが謝るとヘラりと笑われる。
「あのアホに比べたらずっといいよ。沈黙君が弟だったらなぁ」
あれと比べられるのは不服だと思ったが、むっと口を詰むんだ。それがまた彼のツボに入ったらしく、楽しげに頭をかき回される。
「犬じゃないんだぞ」
奥歯を噛み締めて言葉を絞り出すと、喧嘩屋はまた「はいはい」と返事した。
時刻が17時になったと同時に、会場の照明が落とされた。一泊遅れて、ステージのみライトが当たる。脇から白い服の小太りの大男と、側近のように穏やかな笑みを浮かべた男がゆっくりと歩み出た。喧嘩屋が小さく「あいつ…」と目を見開く。どっちを指しているのかは知らないが、知った顔らしい。
「みなさん、こんにちは」
小太りの男が落ち着いた声で挨拶すると、信者達が声を揃えて返事する。小学校のお遊戯会の様だった。
「今日は見学に来てくださった人が多いですね。ようこそ〇〇教へ!ぜひ、神の奇跡を見てお帰りください。信仰は心を救います」
俺と喧嘩屋は黙って話を聞いていた。どうやらこいつが教祖らしい。享楽を思い浮かべると、確かに顔立ちや身長の高さは共通しているかもしれない。しばらくは説教が続き、俺と喧嘩屋は若干意識を飛ばしかけていたが、突如会場が沸いた。何事かとステージに再び注目すると、見慣れたあの男がポツンと立っている。絵画のように整った顔には、いつもと異なり微笑みはない。こうしてみると、どこぞのアーティストが作った芸術作品の様だった。なるほどまさに神の子。それだけ彼の容姿は人並みはずれていたのである。願望者は何やら有難いコメントをするように求められていたが、全て流して俺たちを見た。
「今日は、僕の友人が来てくれたんですよ」
会場中の視線が俺と喧嘩屋に集まる。喧嘩屋が小さく「友達だぁ…?」と呻いた。
「そうでしたか!是非ともお上がりください」
教祖はやけに大袈裟な身振りで俺たちを壇上へ誘った。俺たちは一瞬顔を見合わせてから、揃ってステージに繋がる階段を上がっていく。ライトの光が顔に当たってあまりの眩さに少し視界が白ずんだ。姿が見えなかった享楽はステージ脇にいたらしい。キャリーケースを片手に、無表情のまま教祖を見ていた。壇上からは、俺たちに羨望の眼差しを向ける信者たちの表情がよく分かった。願望者が先程までとは打って変わって満面の笑みを浮かべながら近づいてきた。喧嘩屋が俺にチェンソーの袋を差し出してきたので、無言で受け取る。願望者は両手を大きく広げて口を開く。
「さぁ、始めようか」
その言葉を皮切りにチェンソーが轟音を響かせ、彼の首を跳ね飛ばした。
【沈黙】
跳ね飛ばしました。姉を侮辱されて激おこ。この騒動が終わったら信者君を顔の形が変わるくらい殴り続ける予定。願望者が想像以上に人気で驚いている。〇〇教の子供たちの無口な様子に自分を重ねてしまった。弟属性を爆発させた。
【願望者】
跳ね飛ばしてもらった。相変わらずの信者たちに内心うんざりしているが、上手くいけばこれで最後だと思えば耐えられた。
【喧嘩屋】
お兄ちゃん属性を遺憾無く発揮させた。沈黙は大切な友達だが、弟だったらいいのにとも思っていたりする。〇〇教の雰囲気にイライラが募っているので、多分大暴れ(2回目)する。願望者の首が自分のチェンソーで飛ばされて結構スッキリした。
【享楽】
容赦無く願望者の首が吹っ飛ばされて少し笑ってしまった。父の説教は適当なことを言っていると知っているので、まんまと騙されている信者たちを哀れなバカだと思っている。ステージ脇でスタンバってます。
【英雄】
何が何だか全くわからないが、私しか頼れないなら仕方ないなガハハ!と言った調子で策にハマった。遠ざけられていることは最後まで気づかない。ちゃんとお家で携帯をガン見している。
〇〇教集会編です。2話に分けることにしました。このシリーズももう終盤です。




