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8 村?

「あり、がと、う」


 地上で仰向けになり、激しく喘ぎながら俺は言った。

 暗い洞穴にいたせいで森のなかも明るく見える。


「どういたしまして!」


 俺の頭のそばで腰に手を当てて得意そうに小滝が言った。

 あとの蔓で助かったのは間違いないが、もうちょっと太い蔓はなかったのか。しかし、口には出さない。


「そう、だ、藤井、は?」


 俺は体を横に回すとうつ伏せになってから起き上がった。腹筋がうまく動かないからだ。

 忘れていた体の痛みも蘇ってくる。

 みんなが集まっているところによろよろ行くと、乾いた場所に藤井は寝かされていた。

 汗の浮いた青い顔を歪めている。


「怪我はどう?」


 声をかけると藤井の横に膝をついていたマモルが顔を上げた。傷をていたのだろう。


「思ったより深くはないみたい」


 藤井は制服を傷が見える程度捲り上げられていて、真っ白い肌に穿うがたれた三つの傷を晒していた。ちょうどウエストのあたり。

 いまでも血がにじみ出ている。


「止血と消毒をしたいけど、ないよね」


 マモルはちょっと考えて、


「ヨモギを集めてもらえるかい?」


 と、みんなを見回した。


「ヨモギで血が止まるの?」


 馬場くるみが可愛い声で言った。


「うん、止血作用があるし、いろいろ使えるんだよ」

「探してくる」


 馬場は森のなかに走って行った。


「ヨモギってどんなのだっけ?」

「見ればわかるだろ」


 そんなことを言いながらみんな森を探索に行った。

 榊を留守番に残し俺も探しにいく。


 しばらく探すとヨモギと思われるもの見つかった。

 戻ってマモルに渡す。

 マモルはじっと観察すると、にっこり笑った。ほ、よかった、当たってたようだ。

 みんなが戻ってくる。


「馬場さん、藤井さんのバッグからバスタオルと普通のタオルを出してもらえるかな?」

「うん」


 馬場はマモルの言う通りにした。


「じゃあ次はヨモギをよく揉んで」


 自分でやって見せる。手のひらに挟んで擦り合わせ、指先にまとめて、ぎゅっぎゅっと押す。

 馬場も同じようにする。


「傷口に押し当てる」


 馬場がぎょっとしてマモルの顔を見た。ちょっと顔色が青くなる。


「くるみ、大丈夫だよ。やって」


 藤井が弱々しい笑みを浮かべて言った。

 馬場はこくんとうなずくと、震える手で潰したヨモギを傷口に押し当てる。

 藤井は声を出さないように必死で堪えているのが、眉間のしわと力の入った手足でわかる。

 馬場が罪悪感を持たないように気を使っているのだろう。

 しかし、ついに声が漏れた。


「ああ、ごめん。ごめんね、若菜ちゃん」


 馬場の目から涙がポロリとこぼれ落ちた。


「ううん、くるみのおかげでよくなるんだよ。ありがとう、くるみ」


 藤井はにっこり微笑んだ。


「じゃあ次はバスタオルを当てて固定――あ、なんで固定しよう」


 秋葉がするりとズボンのベルトを抜いた。高木もそれを見て慌ててベルトを外す。


「ああ、ありがとう。じゃあベルトで固定しよう。穴が合わないだろうから結ぼうか」


 藤井の体の下にバスタオルを通しベルトで結ぶ。

 足も同じようにヨモギを当て、こちらはタオルを蔓で巻きつけて固定した。


「うん、これでとりあえずの処置はできたかな。馬場さん、お疲れさま」


 マモルが馬場に向かって微笑むと馬場は青い顔でこくんとうなずいた。


「じゃあ一旦帰るか」


 上原が伸びをしながら言った。


「このまま何人かで煙のところまで行ったほうが早いんじゃないか?」


 杉浦が言った。


「でも長澤がいないし」


 煙を見たというのんきなサッカー部員だ。捜索隊にはいたはずなので、声が聞こえず予定通り戻ったのだろう。


「あいつ、いないのか。仕方がない、帰るか」


 杉浦の決断は早かった。

 動けない藤井と榊を杉浦と秋葉が背負う。

 上原が先導して森のなかを進んだ。



  ◇◇◇◇


「遅いじゃないの! なにしてたのよ!」


 熱い出迎えの言葉をかけてくれたのは清水蛍だ。

 休みながら戻ってきたので三十分くらいかかっただろうか。


「もう予定の時間はとっくに過ぎてるのよ! 早くこんなところじゃなくて――どうしたの?」


 怪我人の存在に気づいてようやく清水の勢いがおさまった。何人かの女子と駆け寄ってくる。


「一体なにが――」

「話はあとだ」


 杉浦が清水をさえぎる。

 比較的乾いた平らな場所に藤井を降ろす。

 藤井はほとんど意識がなく、横にされた時わずかに呻いたきりだ。


「怪我をした」


 心配そうに集まって来た女子たちに杉浦が言った。それ以上なにも言わないのでマモルが口を開く。


「なるべく安静にして、水分と栄養を与えてくれるかい。栄養といってもあまりないだろうからみんなと同じに。熱が出ると思うので頭を冷やして。患部に水はかけないようにね。不衛生かもしれないから」

「水って――」


 女子のひとりが不安げな顔をマモルに向けた。

 水は貴重だ。頭を冷やすのに使えるほどは――ない。

 この近くで水といえば。


「草原から取ってこれるんじゃないか?」

「そうなんだけど、緑色のやつらがね」


 マモルが草原を不安そうに見つめる。


「なーに、急いでいきゃ大丈夫だ」


 杉浦がにやりと笑った。あんた、藤井をおぶって帰ってきたばかりでしょ。そう言うと、


「じゃあトラに行かせるか」


 トラも捜索に出たが洞穴にはいなかった。いまは洞穴にいた何人かの話を聞いている。

 杉浦がトラのところに行ってなにやら話すと、トラは笑ってうなずいた。


「俺の出番か」


 空のペットボトルを二本持ってトラがやってきた。笑っている。

 すぐに草原に出て行こうとするトラにマモルが声をかけた。


「中西くん」


 トラの名字だ。


「ん?」

「もし怪物に見つかったら反対側に逃げてね」


 草原の向こうを指差す。

 トラの顔がちょっとだけ真面目になった。




 結局怪物に見つかることもなく、トラはペットボトルに水を入れて戻ってきた。

 その水を看護する女子に渡すと、煙を探しにいく相談をみんなですることになった。

 藤井と榊を連れて行くのは難しいし、人がいるのかもわからないので半数ほどで行くことになった。移動したほうがよければ迎えに戻ればいい。

 元から洞穴にいた者たちは残ることになった。ほとんど眠れていなかったからだ。

 意外なことに痩せっぽちの絶世の美少女、早川愛梨が行くと言い出した。

 俺は身体中が痛かったが行くことにした。

 慎ましい食事を済ませ、十二時半ごろに出発した。


 長澤を道案内に森のなかを進む。

 地面がだんだん乾いてくるようだ。地を這う根も少なくなり歩きやすい。

 木もまっすぐ伸びるものが増えてきた。草原から遠ざかったからだろうか。


「煙だ!」


 四十分ほど歩いた頃、前方から声が上がった。十メートルほど先から向こうはやや開けているようだ。

 俺からは煙は見えない。

 思わず駆けて行く。足が痛いとか言っていられない。

 見えた!

 樹木の葉に大きな隙間があって、そこにふた筋の煙がまっすぐ上がっている。

 急いで進みたいが草の丈が高くなり、なかなか森を抜けられない。笹だろうか。

 必死に搔きわける。

 やっと抜けるとまぶしい陽光が周囲を照らして一瞬目が眩む。

 森を抜けると大きな岩があちこちに転がっている草原があり、その先に――。


「村……?」


 人の背丈ほどの粗末な板塀があり、その上から草葺きの屋根が見える。

 四角く囲った塀の角が見えるところに出たらしく、塀の二面が見えている。

 塀は長いほうで百メートルほどだろうか。もう一面は五十メートルほどだ。

 きっちり囲むのではなく、ところどころが数メートルほど開いている。

 その塀のなかからふた筋の煙が上がっていた。


「村だ!」

「なんだこりゃ」


 みんなの思いは様々だった。

 単純に喜ぶ者。俺たちが暮らしていたような街を期待していた者。

 多分そういうことだろう。

 俺はといえば、正直ちょっとショックだった。なんというか、森を抜けたら現実に戻る的な? そんなことを期待していたのだろう。

 こんな、森に囲まれた小さな集落だとは。

 立ち尽くす俺を、後ろから手のひらがどんと押した。


「ちょっとどいてよ!」


 清水蛍だ。俺は二、三歩前に踏み出す。


「後ろがつかえてんのよ! そんなところに立っていたら――なによ、これ!」


 清水が茫然と立ち尽くす。

 気持ちはわかる。でもそんなところに立っていたら邪魔なんだろ?

 案の定、後ろから手が伸びて清水を前に押し出す。


「うほー、こうきたか!」


 小滝日菜子だった。清水の肩を掴んだまま、なんだか楽しそうだ。


「行こう」


 杉浦が言った。

 いつまでもこうしているわけにはいかない。助けを求めるのだ。

 しかし、この村に住むのが人間だとは限らない。住人の姿が見えないのだ。

 人間じゃないかも、なんて思うのは馬鹿げている。自分でそう思いながらも不安から逃れられない。

 トンネルを抜けてから起こった恐ろしい出来事のせいだ。

 ここではなにが起こるかわからない。


 俺たちはゆっくり草地を進んでいく。

 下には水があるんじゃないかと思ったが、地面はしっかりしているようだ。

 よく見たら岩とか転がってるし、下が水とかないか。


「人だ!」


 誰かが声を上げた。

 塀の角に開いた隙間から籠を持った人が出てきたのだ。

 金髪で顔は白人のようだ。たぶん女の人。俺たちよりいくらか年上だろう。

 汚れたような白っぽい布の服。ワンピースっぽい。

 その上に毛皮をまとっている。ベストのようなものと、腰の周り。

 足には――草履?

 その人は俺たちに気づくと驚いた顔を見せた。慌てて塀の中に戻っていく。


「あ、ちょっと!」


 俺は思わず声をかけたが、その人は塀の中に消えてしまった。俺たちは顔を見合わせる。


「怖がらせちゃった」


 マモルが言って、俺は思わず杉浦の顔を見た。


「なぜ俺を見る」


 杉浦がそう言った時、金髪の人が消えた隙間から別の人が飛び出してきた。

 茶色い髪のヒゲモジャの男だ。日本人顔じゃない。

 着ているのは革で作った服のようだ。

 身長はそう大きくはないが、がっしりした体つきをしている。

 裸足だ。

 手に長い棒を持っている。棒の先には尖ったものが付いていた。槍だ!

 男は驚いた顔で俺たちを見た。腰を落とし、槍の先を俺たちに向ける。堂に入った構えだった。

 彼我の距離はおよそ二十メートル。

 俺たちはわっと言って数歩下がった。

 俺は半歩。後ろのやつに押されたからだ。

 男の後から数人の男たちが駆け出してくる。

 最初の男と同じような格好の者や、毛皮をまとった者、上半身裸の者もいる。

 手には槍、棒、クワ、柄杓ひしゃくなど。

 相手は五人になった。みな殺気立っている。


「待ってくれ!」


 杉浦が両手のひらを相手に向けて叫んだ。

 それを聞くと同時に、俺は相手の中に黒髪の男がいるのに気がついた。ヒゲが長いが日本人顔だ。言葉が通じるかも!


「俺たちは日本人だ! 日本の高校生だ!」


 杉浦の声に日本人顔は驚いた顔をする。が、なにも言ってこない。

 驚いた顔をしたのは他の四人も同じだった。

 最初の男が叫ぶ。


「――――――――――!」


――日本語じゃない。多分英語でもない。聞いたことのない言葉だった。


「怪我人がいるんだ! 水も食べ物もない! 助けてくれ!」


 杉浦が続けるが、相手はわからない言葉で怒鳴ってくる。槍をちょっと高く構えてつんつんするのは、どこかへ行け、という意味だろう。

 人数はこっちが圧倒的に多いが相手は武器を持っている。戦いになったらたとえ勝っても何人かは怪我をする。

 いや、怪我じゃ済まないだろう。ここは穏便に済ませるしかない。

 その後しばらくねばってみて、マモルが英語で話しかけたりしたが、相手の態度は変わらない。

 むしろヒートアップしてきた。


「ダメだな、こりゃ」


 上原が言った。


「諦めよう。これ以上は怪我人が出そうだ」

「くそう」

「なんでわかってくれないの」


 俺たちは森に向かってとぼとぼと引き返した。何人かは泣いていた。

 戻りながら振り返って見るが、相手は怖い顔でこっちを睨みつけている。

 森に入ってしばらくすると、


「なによ、あいつら! あたしたちが困っているってわかってたくせに!」


 清水が怒鳴った。


「人情ってものがないのかしら! 親の顔が見てみたいわ!」


 俺はちょっとカチンときた。合流できなかった秋葉たちを探しに行く俺たちに『ばかみたい』と言った清水が人情とは。

 延々と続く清水の愚痴を聞きながら、俺たちはうつむいて森を歩いた。





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